宴の夜
「では……今宵の祝言、
それは今から半年前。江戸に落ちた奏汰と、奏汰に助けられた新九郎が初めて二人で訪れた料理処である。
本来、正式な祝言となれば新郎である〝奏汰の家が取り仕切る〟のが礼儀。
しかし奏汰は江戸においては根無しであり、新九郎の身元についても、〝とある名家の末娘〟とだけ明かされた。
そんな二人にならばと手を差し伸べたのが、奏汰が江戸に落ちたその日より世話になり続けた木曽同心と、神田屋の
今、神田屋は晴れて結ばれた奏汰と新九郎を祝うための宴で貸し切りになっており、貸し切りとなってなお足りぬほどの大勢の来賓を、神田屋総出でもてなしている最中だった。
「はうぅ……僕たちの祝言に江戸中からこんなに沢山の人が来てくれるなんて……っ!! や、やっぱり僕は……〝江戸一番の愛され天才美少女剣士〟だったんですねぇぇぇぇっ!?」
「いつも自分でそう名乗ってるくせに、今さらなに言ってんだいこの子は?」
「お待たせしました皆さん。お食事が出来ましたので、どうぞ食べて下さいね」
両手に山ほどの料理を抱え、神田屋の女将であるおひまと、板橋は
二人の祝言にあたり、神田屋の人手だけでは全く足りぬと相談を受けたカルマと明里が、歌明星を一晩閉めてまで手伝いを申し出てくれたのだ。
「あんたみたいにどこに行っても歓迎されるお侍さんなんて、江戸どころか日の本中を探したってそういやしないよ」
「うう、嬉しいです……っ! でも実は……僕も自分でそうだろうなって思ってましたぁああああっ!! どやーーーーっ!!」
「ありがとうございます。おひまさん、明里さん。こんなに凄いご馳走を頂いてしまって……」
「ふふ、主人も今日の祝言をとても楽しみにしてたんですよ。一段落付きましたら、改めて二人でご挨拶にうかがいます。
完璧な着付けを施された
そしてそんな二人の前に並べられた皿の上には、黄金色の衣でさっくりと揚げられたどじょうに、目を見張るほどの大海老。
さらには茄子や〝うど〟といった冬野菜の天ぷらが豪勢に盛り付けられ、神田屋自慢の香ばしい味わいの秘伝のタレに、色鮮やかな七味が彩りを添えていた。
「
「十次郎さんも、無理を聞いて下さってありがとうございました」
「馬鹿言うなって。これだけの客入りだ、儲けさせてもらってんのはこっちだよ」
「今日だけじゃないよ。あんたら夫婦のおかげで、あたしらがどれだけ助けられたことか……これからも、二人で頑張るんだよ」
「……はい!」
時刻はまだ日が暮れて間もなくだというに、宴の賑わいは夜半かと思うほど。
神田屋の店内に収まりきらなかった人々は勝手に軒先で酒を飲み始め、特に奏汰や新九郎に縁やゆかりのない者たちまでもが、その賑わいを見て次々に集まってくるのだ。
「めでてぇめでてぇ! まさかあの〝きゅうり侍〟の新坊が女で、しかも〝神田の
「ぜんぜん気付かんかったわ……女子だって知ってりゃ、あんなにしつこく飯食え飯食えなんて言わなかったんだけども。悪いことしちまったなぁ……」
「その上、新九郎はこの席ですら明かせぬ〝由緒ある上級武家の生まれ〟と聞いた……複雑な生まれ故に男子の名を与えられ、懸命に男子としての振る舞いに務めていたと……そのような事情を知らず数々の非礼を述べたこと、どうか許されよ」
「ええっ!? ぼ、僕の方こそ、
「俺たちがここまでやってこれたのも、二人で勇者屋を立ち上げられたのも……どちらも岡っ引きのみんなのおかげです」
「かっかっか! こちとら
「うむ。
「そ、そんなぁ~!? 最近は僕もそれなりに気をつけてるんですよ~!?」
途切れることなく続く祝福の列。
ころころと表情を変えて大騒ぎをする新九郎と、訪れた一人一人に丁寧に応対する奏汰という構図は、すでに馴染みとなった勇者屋夫妻の日頃の姿とまったく同じ。
これからも。
そして明日からも。
ずっと二人はこうしていくのだろうと誰もが思い描く、あまりにも微笑ましい光景だった。そして――。
「
宴が続く神田屋の隅。
己の意思で自らの道を歩み始めた〝最愛の妹〟の晴れ姿を穏やかな心持ちで見つめていた
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