無法の終わり


「えええええええええっ!? ほ、本当にそんなことできるんですかっ!?」

「なるほどねぇ……それでわざわざ俺んとこに来たってわけか」


 クロムから提案を受けてから二日後。

 時は正午を周り、高く昇った冬の太陽が燦々さんさんと江戸の空で輝いている。

 

 クロムへの返答まであと一日と迫る中、茜色あかねいろの着物姿の奏汰かなたと、浅葱色あさぎいろの着物を着た新九郎しんくろうは、今や歌明星うたみょうじょうの若旦那となったカルマの元を尋ねていた。


「クロムの話を聞いた時、すぐに思い浮かんだんだ。俺だけじゃ絶対に無理だけど、カルマとエルミール……他のみんなの力も借りれば出来るかもしれない」

「す、凄いですよ奏汰さんっ! もし本当にそんなことが出来れば、クロムさんだって死なずに済みますし、母上や静流しずるさん……カルマさんの妹さんだって助けられますっ!!」

「けどよ。成功するかどうかで言ったら〝クロたん〟の作戦の方が確実だろ? かなっちのそれは、どれも出来るかどうかをやる前に確かめる方法がねぇ……しかもこの世界に関わってる奴ら〝全員の力〟が必要になる。難しさで言えば桁違いなんじゃねーの?」


 今日ここに奏汰が訪れたのは他でもない。

 クロムの提示した自らを初めとした神の犠牲にる現状の打開。

 しかしそれを良しとしなかった奏汰は、この二日間、こうして新九郎と共に江戸中を駆け回っていた。


「それはわかってる……だけど、俺は〝クロムを絶対に死なせたくない〟。それに俺が今まで会った神様の中には、信用できる人も、色々悩みながら一生懸命頑張ってる人も沢山いたんだ……今の世界の仕組みが間違ってるっていうのなら、そんな神様までまとめて死んでいいはずがない」

「そうですよね……僕はクロムさんしか神様のお知り合いはいませんけど、神様って言うくらいですから、きっと色々と大変なお仕事もしているでしょうしっ!」

「……とっくに覚悟は出来てるってわけか」


 神としての力を取り戻したクロムは、またたく間に時臣ときおみの企みと無条むじょうの闇を暴いて見せた。

 その力は正に高位神として相応しい強大なものだったが、だからといって、神であるクロムの考えが正しいとは限らない。


 今も、そして出会った時も。

 

 奏汰は神であるクロムに対しても正面から自分の意見と意思を堂々とぶつけてきた。

 そしてそんな奏汰だからこそ、クロムもまた彼の言葉に耳を傾けてきたのだから。


「実は、この二日でエルミールと幕府の人たちには確認を取ってあるんだ。これでカルマも協力してくれるなら、今度は俺の策が形になる……だから頼む、俺たちに力を貸してくれ!」

「にゃはは! そう気合い入れなくたって、今さらかなっちの頼みを俺が断わるわけねーっしょ? 俺もクロたんには妹のことでむちゃくちゃ世話になってっからさ……最後の最後で恩人に死なれでもしたら、〝胸くそ〟どころじゃねーっての!」

「カルマ……」


 あっさりとそう答えるカルマの顔に、もはや仮面をつけていた頃の軽薄な笑みはない。

 晴れやかかつ明快なカルマの返答に、奏汰もほっとしたのか、ようやくその表情を崩した。


「ありがとな、助かるよ」

「そりゃこっちの台詞っしょ……初めて会った時もエグいと思ってたけど、今のかなっちはあの時よりずっと〝エグい奴〟になったよ。おかげで俺もついに盗賊だの無法だのから足を洗って、明里あかさとと一緒に真面目に働くことになっちまったわけだし――」

「――ふふ。風吉かぜきちさんがそうしたいなら、私は盗賊でも無法でもご一緒しますけれど?」

「ふおおっ!? 明里っ!?」


 互いの決意を確認し合うと、カルマは改めて奏汰の成長と自身の変化に感慨深げに頷く。

 しかしそこに、人数分の茶を持った明里が柔らかな笑みと共にやってきた。


「お、俺はもちろん今の方がいいんよ!? 昔に戻るなんてまっぴらごめんってやつで……!」

「うふふ、わかってますよ。私も、貴方との今が一番ですから」

「こんにちは、明里さん」

「お邪魔してまーすっ!」

「その節は、主人共々大変お世話になりました。大したおもてなしもできませんが、どうぞごゆっくりしていってくださいね」


 現れた明里は、まるで暖かな木漏れ日のような笑顔と共に勇者屋の二人に茶を配ると、カルマと目線のみで確認しあい、そのままごくごく自然な所作で夫の隣に並び腰を下ろした。


「ま、まあ……そういうわけでさ、俺も無法の勇者なんてヤバそうな称号は返上ってわけよ。これからは、〝飯屋歌明星のカルマ〟だ。こんな俺でもいいってんなら、いくらでも使ってくれ」

「私どもでお二人の力になれることがあれば、どのようなことでもお言いつけください。私も主人も……お二人には返しきれないほどの大恩がございますから」

「はいっ! いつもこんなに美味しいお茶やご飯を食べさせて貰って、僕たちもとーってもお世話になってますっ!」

「あはは、そうだな!」


 それまでの緊張とは打って変わり、穏やかな冬の日差しが差し込む歌明星の二階で、四人は軽口を叩き合いながら笑みを浮かべる。


「やろうぜ……! ここまできたら、もう神も魔王も勇者も関係ねぇ。俺たち全員がこれからも笑ってられるように……やれる奴が、やれることをやるんだ!」

「ああ!」

「ですねっ! 僕も奏汰さんとの明日のために、もっともっと頑張っちゃいますよーっ!」


 その光景は、いつの間にか訪れていた〝無法の終わり〟。


 百年以上暗い闇の中に迷い込んでいたカルマの道が、再び日の当たる場所に帰還したなによりの証だった――。


 ――――――

 ――――

 ――

 ――

 ――

 ――



〝舞へ舞へ勇者

 舞はぬものならば

 魔の子や鬼の子にゑさせてん 

 踏みらせてん

 まことに美しく舞うたらば

 生まれし世まで帰らせん〟


 しゃらん。

 しゃらん。


 鈴が鳴る。  


 どこまでも続く暗闇を抜け。

 悩み惑う迷い路を抜けて。


 たとえその先に、逃れ得ぬ終末の深淵が待っていようとも。


 神と勇者。そして闇と人。

 

 千年の迷宮の先で相まみえた数多の願いは、ついに収束の時を迎えようとしていた――。



 勇者商売

 カルマ編――完。



 最終章に続く。



※次回の更新は三日後を予定しております。

 引き続き全力で頑張ります!!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る