最後の決別


「この世界に集められた勇者たちは、〝無条むじょうを殺すための爆薬〟なのさ。この男は……闇に捕えた〝数万の勇者の命を犠牲にして〟、無条という存在を跡形もなく消し去ろうとしているんだ」

「なっ……!?」

「なん……だって……っ!」


 当事者である時臣を鋭く見つめ、言い放たれたクロムの言葉。

 

 この世界は時臣ときおみの言う勇者の処分場などではなく、それどころか時臣自身が勇者をこの地へと捕え、さらには無条を滅ぼすための人柱にせんとしている。


 その驚愕の事実を、すでに反目したとは言え今でも時臣を友であり恩人だと信じていたエルミールとカルマは、共に時臣からの否定の言葉を待つように……半ば縋るようにして時臣の巨躯を見つめた。しかし――。


「さすがは高位の神と言ったところか……まさか、分霊如きの闇からそこまで深く全てを探り出すとはな」

「たとえ個としての戦闘力では君や奏汰かなたに劣るとしても、全知全能は私たち神の専売特許だ。無条の闇から外界に触れ、こうして力を取り戻した私に隠し事は不可能なのさ!」


 しかし時臣は事も無げに鼻を鳴らすのみ。

 クロムの言葉を否定するどころか、不敵な笑みすら浮かべて肯定したのだ。


「時臣……っ! まさか、貴方は本当に……!?」

「ふざ……けんなよ……っ! 俺は……あんたの言うとおりにすれば、ツムギを助けられるって……!!」

「今さら言い逃れをするつもりはない。この神の話は事実……お前たちを利用し、取り込んだ万を越える勇者もろとも無条を滅ぼす。それが俺の目的だ」

「ちょ……ちょっと待って下さいよっ!! そんなことして、一体なんになるっていうんですか!? 貴方たちは、捕まった勇者さんたちを助けるために僕たちの世界を壊すって言ってたじゃないですか!! でもそれで勇者さんまで死んじゃうなら……なんのためにそんなことをする必要があるんです!?」


 クロムによって晒された時臣の真の目的。


 新九郎しんくろうの言葉通り、それは大勢の勇者たちも、現世に生きる全ての命をも道連れにする破滅の企てそのものだった。だが――。


「いいや……ところが〝そういうわけでもない〟のさ。むしろ、私のような神や、異世界に生きる大多数の命は、この男に感謝しないといけないだろうね……」

「感謝って……」

「どういうことだ、クロム」

「簡単なことだよ。ここにいる私たちにはさっぱりわからなかったけど……無条はすでに、〝他の異世界を次々と滅ぼし始めている〟」

「なっ……!?」

 

 そう言って、本来の姿を取り戻したクロムの美しい相貌が悔恨に歪む。

 だがそれ以上にその表情を絶望に落としたのは、傷ついたその身を緋華ひばなに支えられたエルミールだった。


「ま……まさか……っ! それではまさか……私が闇の中で見た祖国の光景は……シェレン様のお姿は……まさか!?」

「……私は君があの闇でなにを見たかはわからない。だけど、すでに無条の闇は隣接する異世界を次々に飲み込んで破壊している……世界も、そこに住む命も……何もかも飲み込んで大きくなっているんだ」

「そ……そん、な……っ」

太助たすけ……っ! しっかりしてっ……」


 絶望。


 クロムが最後に明かしたその事実は、エルミールだけでなく、その場で事情を知る全ての者に極大の絶望を叩きつけた。

 一度は立ち上がり、もはや惑わぬと決意したはずのエルミールは愕然とその場にくずおれ、奏汰は拳を握って押し黙ることしかできない。


「どうやったのかは分からないけど、ここにある無条を封じる結界……あれを作ったのも君だろう? 結界だけじゃない……他にも君は、ありとあらゆる手を尽くして、無条の闇が他の異世界に及ばないように防いできたはずだ」

「そうだ。無条を滅ぼす力を集めるには膨大な時がかかる。その時を稼ぐため、俺は奴をこの地に深く結びつける必要があったのでな」


 そう……クロムの言葉が正しければ、時臣がこの地で成してきたことは〝数多の異世界の守護〟そのものだったのだ。


「前に彼岸ひがんが見たっていう、この世界への〝攻撃を準備する神々の軍勢〟というのも、真相は全くの逆……彼らはここを攻撃しようとしてたんじゃない。無条の闇に〝恐れをなして逃げていただけ〟さ。たとえ全ての神が力を合わせたって、この闇を止めることなんてできっこないからね」


 そして一方のクロムもまた、確かに無条の闇の中で全てを見ていた。


 千年前、時臣が暴走した無条――〝神と勇者を取り込んだ少年〟と対峙し、力及ばず片目を失い敗れる様を。


 しかしそれでも時臣はなんとか少年の闇を分断し、彼の自我と記憶を封じ、数多の異世界に訪れる破滅を先延ばしにすることに成功したことを。


 そして今。無条を滅ぼすための力が満ちつつあると同時に、限界まで膨れあがった時臣の結界はついに綻びを生じ、わずか半年足らずの間に数多の異世界を飲み込み始めているのだ。


「待てよ……っ! じゃあなんだって俺たちを仲間なんかにした!? どうして俺たちに、あんたが自分で作った結界を壊させるような真似をしやがったんだ!?」

「この地に力ある者が増え争い、無条の闇に落ちることは俺の計画には好都合……事実、お前のような異世界の勇者以外にも、この地は独力で多くの力ある者を生み育んだ。なにもかもすべて……〝俺の狙い通り〟よ」

「勇者さん以外の、ここで生まれた力ある者って……」

「きっと、〝あなたと上様〟みたいな人のこと……わたしだって、負けるつもりはない」


 激昂げきこうするカルマに対し、時臣はその視線を新九郎と緋華……そして周囲を囲む、鬼にも恐れずに挑む〝勇者屋の剣士たち〟へと向ける。


 時臣は、無条を滅ぼすための力を少しでも早く集めるために、あえて異世界の勇者たちを現世の人々の敵対者として互いに争わせていたのだ。

 現世に生きる人々すら、無条を滅ぼすための礎として利用するために。


「時臣さんの目的は大体わかった……けど俺たちは、ここのみんなも、捕まった勇者のみんなも犠牲にするつもりはない!!」

「だろうな。だからこそ、俺もここまで黙っていた」


 怒りと混乱。

 疑念と衝撃。


 明かされた事実に様々な思惑が渦巻く中、奏汰は一人時臣の前に立つ。


「けどそれでも、無条をなんとかするってとこでは俺たちも時臣さんも目的は同じはずだ。納得出来ないことも沢山あるけど、まずは全員で協力して――!」

「ふん……甘いな超勇者。ここで有無を言わさず俺に刃を突き立てていれば、少しは見込みもあったであろうが」

「っ!?」


 奏汰は、最後まで時臣に共闘を呼び掛けようとした。

 だがその思いが時臣に届くことはない。


 刹那、悠然と立つ時臣の周囲に無条の闇が溢れ出し、それはまるで彼を包み守るようにして奏汰たちを押し飛ばしたのだ。


「あのわらべを殺すに、お前たちの力など不要……! すべてが計画通りではないが、成長したお前とそこにいる神の力を含めれば、奴を殺すに十分な力は事足りる!!」

「なんでだよ……っ!? ここまできて……どうしてあんたはまだ一人でやろうとするんだ!?」


 現れた闇。それはまるで、巨大な八岐の黒龍。

 黒龍の頭部から奏汰たちを見下ろし、時臣はどこまでも強固な拒絶を口にした。


「愚問だな……俺は奴を殺すために千年の時をかけて備え、数多の命を犠牲にようやくあと一歩の所までやってきたのだ。今さらお前たちがいかなる策をもちかけようと、俺は俺の道を突き進むのみよ!!」

「待てよおっさん……っ!! 俺もエルきゅんも彼岸ちゃんも……他のみんなも……!! みんなあんたを信じて……っ!! あんたのために、命だって放り投げて頑張ってきたんじゃねーかよ……! それを何もかも裏切って……あんたはそれで……本当に満足なのかよッ!?」


 溢れる闇の暴風。

 現れた黒龍と共に闇の向こうへと去って行く時臣に、カルマはなおも呼び掛けた。


「今日までお前たちを騙していたこと……心が痛まなかったと言えば嘘になろう。だがそうだとしても、俺は無条を……あのわらべをなんとしても滅ぼさねばならん。ここに集めた全ての命を犠牲に数多の世を救う……それ以外に、もはや道はないのだ」

「おっさん――――ッ!!」


 伸ばされたカルマの手は虚空を掴み。

 闇に消えた時臣に、カルマの悲痛な声が届くことはなかった――。


 

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