真に滅ぼすのは


「はわわ……っ!? 見て下さい奏汰かなたさんっ! あの光――!!」

「あれは……クロム?」


 所は現世。荒川河川敷沿い。

 カルマの捨て身によって無条むじょうの闇はその勢いを大幅に弱めたものの、闇が残した鬼と無条の残響とも言うべき闇の津波は残されていた。


 奏汰たちは先に闇の阻止に向かった時臣ときおみとも〝一時共闘の形〟となり、江戸に迫る闇の津波を押さえ込まんとしてる最中。


 突如としてその場に残る無条の闇から眩いばかりの光芒こうぼうが天に昇り、はらはらと舞い落ちる光の羽を辺りに散らす。


 やがて光が収まった時、そこには荘厳そうごんな法衣に身を包み、その背に七枚の純銀の翼をはためかせた絶世の美青年と、その青年に抱えられた隻腕のカルマの姿があったのだ。


風吉かぜきちさん……っ!!」

「この男のことなら大丈夫。奏汰、治癒の緑を!!」

「わかってる!」


 その場に居合わせた全ての者が驚きに目を見開く中、ただ一人奏汰のみが青年の声に即座に動く。

 奏汰はゆっくりと舞い降りた青年から傷ついたカルマを預かると、すぐさま緑の輝きで負傷部位の治療に当たった。


「も、もしかしてもしかすると……クロムさんですかっ!?」

「そうに決まっているだろう!? 数万を超えるどの異世界を探したって、これほどの輝きと美しさを兼ね備えた存在なんて、私以外にいるわけないのだからねっ!! なーっはっはっは!!」

「はわぁ~……! すっかり大きくなっちゃってますけど、間違いなくクロムさんですっ!」


 新九郎しんくろうの問いに限界まで胸を張り、神の高笑いを響かせる青年――もとい、クロム・デイズ・ワンシックス。

 その姿は新九郎が良く知るわらべの物とは似ても似つかぬ大層立派な姿だったが、一度口を開けば即座に納得出来るほどにクロムであった。


「お前が元に戻ったってことは、うまく行ったんだな」

「もちろんさ。この私が策を立て、それを君が遂行する……成功するに決まってるだろう?」

「あははっ! そうだな!」


 本来の力を取り戻したクロムがもたらした光。

 それによってすすきヶ原周辺に残っていた鬼の群れはまたたく間に浄化され、闇の残響も今度こそ途絶えた。


「鬼が、消えた……? もしかして、私たち勝ったの……っ!?」

「ようやく終わったか……いやはや、流石の俺も此度は肝を冷やしたぞ……」

「しっかりしろ! 生きておるか、三郎さぶろう殿!?」

「へへ……この程度の傷、〝道場でお前にぶん殴られた時〟の方がよっぽど応えたってもんよ……!」

「皆、見事な戦い振りであった!! 傷の浅い者は、負傷者の手当を!!」


 今、鬼の消えた一帯で息づくのは奏汰たちだけではない。


 共にこの死地を切り抜けた勇者屋の剣士たちもまた、静まりかえった河川敷から方々の体で台座周りに集まってくる。


 奏汰から一同の戦陣を引き受けた伸助しんすけの指揮は実に的確であり、〝不壊ふえの紫を付与された奏汰の護符〟があったとはいえ、見事一人の犠牲者も出さずに明里あかさととクロムを守り抜きっていた。そして――。


「お前がここに迷い込んだ神か……超勇者から変わり者と聞いていたが、それにしては相当に〝高位の神〟のようだな」

「君は……ここに迷い込んだ勇者たちの指導者だね? 君たちの事情は見せて貰ったよ、あの闇の中で……〝大体のこと〟はね。私の後で闇に飛び込んできた、そこにいる〝君の仲間も同じ〟だと思うよ」

「……カルマがここまで捨て身で事を成そうとするとは、この俺も思いもよらなかった。そして、お前たちの狙いが無条の闇そのものだったことにもな」


 現れたクロムの元に、息一つ乱さぬままの時臣が歩み出る。

 神を憎むと標榜ひょうぼうする時臣だが、神であるクロムを前にした彼の気配は平穏そのものであった。


「無条の闇と繋がり、この世の真実を明らかとする……それが、お前たちがここで成そうとしていたことか」

「そうです! この世界の成り立ちや、他の異世界の現状を知ることができれば、我々がこうして争う必要もなくなるかもしれないと!!」


 すでに奏汰の力で傷を癒やし、戦列に復帰していたエルミールが緋華ひばなと共に時臣の前に出る。

 しかしそれを聞いた時臣は……いや、時臣と対するクロムも同様に、その表情に重苦しい色を浮かべて押し黙る。


「……残念だけど、きっと〝そうはならない〟よ」

「え……?」

「そうだろう? 始まりの勇者……君は本来仲間であるはずの彼や、そこにいるカルマにも〝大きな嘘〟をついていた。恐らく、君がこの世界にやってきて千年の間……ずっとそうしてきたんじゃないのかい?」

「嘘……? 時臣が、私たちに嘘をついていた……?」

「おっ……さん……っ」

「…………」


 クロムのその言葉に、エルミールは愕然として時臣を見つめる。

 奏汰によって失った右腕を癒やされ、うっすらと意識を取り戻しつつあったカルマもまた、おぼろげな視界の先でいわおのように立つ時臣の背を見ていた。


「そう……この世界は、神の作った勇者の処分場なんかじゃない。異世界の勇者やモンスターをこの世界に落としていたのは、他でもない〝この男〟だ」

「な……っ!? 時臣が、私たちを……!?」


 まさに高位神然とした威厳と共に、クロムの鋭い視線と言葉が時臣を射貫く。

 だが時臣はその言葉にも身じろぎ一つせず、じっと押し黙るのみであった。


「そしてそれだけじゃない……この世界に集められた勇者たちは、〝無条を殺すための爆薬〟なのさ。この男は……闇に捕えた〝数万の勇者の命を犠牲にして〟、無条という存在を跡形もなく消し去ろうとしているんだ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る