失われた厄災


(な、何がどうなってんだよ……? これはあの子供の……無条むじょうの記憶だってのか? けど、おっさんの話じゃ無条は神にぶっ殺されたって……)


 無条の闇と混ざり合ったカルマの意識。

 彼がそこで見た神と勇者の所業と、それによって引き起こされた災厄の始まり。


 当のカルマにはそれが果たして現実なのか、それとも夢幻なのかも定かではなかった。

 だがその光景は、カルマが時臣ときおみから教えられた、〝無条が神によってこの牢獄の礎となる人柱にされた〟という内容とは真逆の様相を見せていた。


『そういうことか……! 天月てんげつが予知した世を破滅に導く災厄とは、奴らが殺した女ではなく〝あのわらべだったのだ〟。それをあの神は〝無力な母を魔と思い込み〟、あのわらべの目覚めを促した……!』

『ユウシャ……!! コロス……オッカァ……ヲ……ヨクモッッ!!』


 神を喰い、勇者を喰った少年の姿が変わる。

 それはあまねく全ての光を飲み込み、黒へと染める至極の漆黒。


 果たして、時臣の読みは正鵠せいこくを射ていた。


 天月の言うこの世を襲うであろう災厄。

 その真実とは、天月とディベリウムによって母親を殺されたことで、眠っていた〝魔王としての力に目覚めた少年〟のこと。


 魔王とは本来、勇者にもなり得る優れた素質と力を持った魂が魔に傾いた際にそう呼ばれる存在である。


 恐らく、あの少年にはその身に眠る強大な力があったのだろう。

 しかしあろうことか、神と勇者が少年の眼前で彼の母を殺したことで、本来であれば世を救う力にもなり得たはずの少年の強大な素養は、一瞬にして絶望の闇へと墜ちたのだ。


『もし天月が無実の母親を手にかけず、世の流れに行く末を委ねていれば、ここであのわらべが闇に墜ちることもなかったであろうに……』


 すでに喰われ、少年の力となって跡形もなく消え去った天月とディベリウムに、時臣の憤怒はもはや届かない。


 闇に墜ち、人知を超えた力で高位神と勇者を取り込んだ少年の闇は、もはやただの魔王や邪神といった範疇を遙かに超えていた。

 

 まさしく天月が予知した、破滅の災厄が顕現したのだ。


 それはまさしく真の黒にして黒の皇。

 黒に黒を無限に重ねた窮極きゅうきょくの闇。


 神と勇者の力を取り込んだわらべが変貌したその姿は、カルマも良く知る〝真皇闇黒黒しんおうやみこくこく〟のものとよく似ていた。


『自ら引き金を引いた災厄に喰われて滅びるとは……もはや呆れる気も失せたわ。だがだからといって、多くの罪なき者まで巻き添えにはできまい!!』


 カルマの視界を突き抜け、世の全天に広がった少年の闇。

 それを見上げる時臣は忌々しげに毒づき、しかしすぐさま腰に下げた太刀を引き抜いて敢然かんぜんとその闇に対峙する。


『コロス……カミ……ユウシャ……!!』

『許せ、小さき命よ……! お前の無念……そして神への憎悪は、この龍石時臣りゅうごくときおみが必ずや晴らしてやる――!!』


(っ――!?)


 瞬間。二つの力がカルマの前で激突した。

 その圧倒的力にカルマの意識は再びその形を維持できずにちぎれ、闇に飲まれて消えかかる。しかし――。


「なん、だ……? 次は、なんだってんだ……?」


 だがしかし。

 カルマの意識が消えることはなかった。

 

 思わず瞳を閉じたカルマが再び目を開いたとき。

 そこには時臣も、闇と化した少年もいなかった。


 あるのはただ闇だけ。

 ただ闇だけがある空間が、カルマの前に無限に広がっていた。


「今度こそ、死んだのか……? ってことは、ここには他のみんなもいるんかな?」


 その光景を見たカルマはまず初め、自分がついに力尽き、数多の勇者たち同様に真皇しんおうの闇に飲まれたのだと思った。


 事実カルマはその覚悟で無条の闇を奪い、明里あかさとが助かる時を稼ごうとしたのだから。だが――。


『ほっほっほ……なにやら鼠が我の夢に忍び込んだかと思うたが、誰かと思えばカルマではないか? 何故なにゆえこのようなところにおる?』

「な……っ!?」


 瞬間。闇の中に無数の篝火かがりびが一斉に灯り、その輝きに照らされた闇の先に、山ほどの大きさもある白面びゃくめんの公家……無条親王むじょうしんのうの姿が浮かび上がる。


「無条……っ!? お前……どうして!?」

『はて? これは妙なことを聞くものよ。ここは我が箱庭の外れも外れ……いかにお主らであろうとも、決して入れぬ常闇とこやみの地よ。お主の方こそ、一体誰の許しを得てここに立ち入ったのかのう……返答次第では、我はお主を許さんぞ……?』

「ここが無条の……!? マヨイガの中だってのか……!?」


 その言葉と同時。

 普段は薄ら寒い笑みを浮かべる無条が、その巨大な姿のままにゆるゆると扇子を扇いでみせる。


『カルマよ……我はお主をそれなりに気に入っておる。我が何か口にすれば、お主はいつもむきになって言葉を返してくれるでの……お主はどうかは知らぬが、我はお主を友と……〝仲良し〟だと思っておったのだがのう……』

「おい無条……俺がさっきここで見た〝あれ〟は、本当にお前の記憶なのかよ!? お前は神に――!」

『ほう……お主、やはりここで〝何かを見た〟のだな……』


 その時、無条の気配が変わる。

 それまでの気怠げな気配から、〝明確な殺意〟へと。


『〝我は何も知らぬ〟。何も知らぬままで良いと……そう時臣から言われておるのよ。そしてもしそれを知った者がおれば、〝必ず殺せ〟とものう――』

「チッ……!! そういうことかよ――!!」


 無条の変化を見て取ったカルマは躊躇なくカルニフェクスを召喚。

 先の戦いで奪った〝時臣の力と闇の力を我が物とし〟、音速を遙かに超える加速で無条に先手を仕掛ける。しかし――。


『我がなぜここまで怒っておるかわかるかの……? 時臣に言われずとも、我は〝この場所を好かぬ〟……出来ることならば、一歩たりとも足を踏み入れたくないほどにの』

「が、は――っ?」


 一閃。


 斬りかかったカルマの身に一条の闇が走り、それはカルマの右腕を肩口から跡形もなく消し飛ばしたのだ。そして――。


『ここに来ると……〝すごく嫌な気持ちになるんだ〟……〝ぼくは〟ここに来ると、とっても仲良しだって思ってたカルマさんのことも……なにもかも――』


 虚空に移る無条の闇がぶれる。

 崩れた公家装束の狭間に、〝どこにでもいる薄汚れた少年の姿〟が浮かぶ。


『なにもかも――壊したくなるから』

「く、そ……! やっぱり……お前……っ」


 右肩から先を砕かれたカルマに、無条の二撃目が迫る。


 それを見たカルマは残された左腕を少年めがけて必死に伸ばすが、それは無条の放った極大の闇の前には何の意味も――。


「ふんっ! やっぱり勇者の処分場なんて存在してなかったじゃないか! けど……これが私たち神の責任である点に関しては、さすがに言い逃れできそうもないね……!!」


 だがしかし。

 もはや跡形もなく消え去るのみかと思われたカルマの眼前。

 

 痛みと疲弊によって薄れるカルマの視界に、〝眩く輝く七枚の翼〟をはためかせた絶世の美青年の姿が映り込む。

 現れた光は無条の闇をすんでの所で受け流すと、そのまま傷ついたカルマの身をその翼で覆い、天めがけて飛翔した――。


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