勇ある者たち


「お前たちがそのわらべを害するというのなら……ここにいる者全て、この俺が切り捨てる」


 突如としてその場に舞い降り、一撃の下に奏汰かなたの障壁を打ち砕いた男。 

 異世界勇者たちの首魁しゅかいにして、鋼の肉体に紅蓮の着流し、そして漆黒の面でその素顔を覆う巨躯の剣士――龍石時臣りゅうごくときおみ


 決して激昂げきこうしているわけではない。

 奏汰たちを侮っているわけでもない。

 

 ただ〝そうする〟と。


 そう宣言された時臣の言葉と共に、無条むじょうの分霊を拘束していた新九郎しんくろうの氷柱と緋華ひばないかずちが時臣の剣気によって砕かれる。


「そ、そんな……っ! 殺気だけで僕の剣を!?」

「こいつ……!!」

『おっ……か……? おっかぁ……!!』

「いいや……〝あの女はお前の母ではない〟。だが、そうだとしてもお前が母を求める思いは止まるまい。ならば、後はお前の好きにしろ」

『うぅ……おっかぁ……! おっかぁ――!!』


 瞬間。時臣によって解放された無条の闇がその力を増す。

 体積を増した闇は荒川の河川敷から一度天へと昇ると、漆黒の雨となってその場に降り注ぐ。すると――。


『オオオオ――!!』

『ギャギャ! ギャギャギャ!!』


 現れたのは無数の鬼。

 降り注いだ雨粒はすぐさまその形を変え、大小様々な鬼――〝異世界のモンスター〟となって明里あかさととクロムがいる台座をぐるりと取り囲む。


「な、なによこれ……!? もしかして、雨が鬼になったの!?」

「気圧されるな春日かすが殿! つるぎ殿も事前に申しておったであろう。万が一この場に鬼が現れるようなことがあれば――!!」

「左様! 拙者たちにも、ようやく剣を振るう機会が回ってきたと言うことよ!!」 


 だがしかし、現れた鬼を前にしても剣士たちは怯まない。

 無条の分霊と相対するとなった時より、奏汰はすでにこのような事態を想定し、一同に心得と備えを伝えていたのだ。


「我が名は新藤平次郎しんどうへいじろう! 天下を脅かす悪鬼ども、我が剣の冴えに沈めぃ!!」

「行くぞ赤龍館せきりゅうかん!! 我らが流派の汚名……今こそそそぐとき!!」

「俺たちもやるぞ春日! 長州ちょうしゅうのよそ者や赤龍館に遅れを取ったとなりゃ、公正館こうせいかんの名がすたるってもんだ!!」

「わ、わかってるわよ!!」


 鬼の出現を見越して覚悟を決めていた剣士たちは、これだけの事態となりながらも臆すること無く剣を抜き、明里とクロムに迫る鬼の群れへと次々に斬りかかる。


「聞け、つるぎよ! お主ら勇者屋の戦陣指揮はこの市島伸助いちじましんすけが引き受ける! お主らは無条と異世界人を!!」

「助かります!」


 台座の上、勇者屋の面々と同じように鞘から剣を抜き、もう片方の手で提灯ちょうちんを高々と掲げた伸助がクロムの隣で叫ぶ。

 それを見た奏汰は頷き、再び相まみえた時臣と無条――未だ分かり合えぬ二人に向かってリーンリーンを構えた。


「さて……あれからどれほど腕を上げたか、見せて貰うぞ」

『おっかぁ……!! おっかぁよぅ――!!』


 無論、その場の脅威は鬼の群れだけではない。

 明里めがけ、他の鬼と同じように走り出すわらべ姿の無条。

 そしてその殺気だけで他を圧倒する時臣が動く。

 

「明里に触るんじゃねぇ――!!」

「ようやく掴んだ光明……! 邪魔はさせません!!」

「相手が誰でも、邪魔するなら殺すだけ」

「僕だって、もう前とは違うんです――!!」

「二人には、指一本触れさせない!!」


 しかし迫る二つの巨大な力に対し、抗しうる力をもつ者達もまた即座に加速。

 一切の躊躇無く激突した双方の力がすすきヶ原で炸裂し、江戸の夜空を眩く照らす。

 

 そして訪れるのは一瞬のなぎ


 しかしその停滞はすぐに弾け飛び、再びすすきヶ原一帯を駆け巡る疾風と閃光の渦となって方々で衝撃が巻き起こった。


「退いてくれおっさん!! 俺は明里を助けてーんだよ!!」

「先に言ったとおりだ、カルマ。お前は今でも変わらず俺の同志……このいくさを生き延びたなら、また俺の元に戻ってこい」

 

 疾風のごとき速度で走る時臣に対し、カルマは無数の短剣と共に湾曲した聖剣カルニフェクスで斬りかかる。


「だが……その時にあの女が無事かどうかはわからんがな!!」

「チッ……!」 


 だがカルマの一撃は届かない。


 すでにカルマの持つ勇者スキル、他者の力を奪う〝スティール〟は全開。今も時臣の力は、凄まじい勢いで〝カルマに奪われている〟。


 しかし時臣はそんな事など歯牙にもかけず、カルマの聖剣を〝素手で握り受け止める〟と、そのままカルマの腹部に膝蹴り一閃。

 さらには刀を持ったままの右拳をカルマの側頭部に叩き込む。


「が、あッ!?」


 痛撃を受けたカルマの身が小石の様に弾かれ、河原の上を二度三度と跳ね上げて大地に沈む。


『おっかぁ……! おっかぁ……!!』

「これが無条の情念……! けれど、これは……!!」


 カルマが弾かれたのと同時。

 台座の前で無条と対峙するエルミール。

 まるで飢えた獣のような様子で明里に迫る無条に、しかしエルミールは、〝ジャッジメントの制限を解除することができない〟でいた。


「なぜ……!? 前に対峙した時は、無条の闇には数え切れないほどの罪が刻まれていたはずなのに……! この子には……それがない!!」


 ジャッジメントの制限を受けたままのエルミールでは、いかに分霊とは言え無条の闇を抑えることは出来ない。


 暴れ狂うわらべの勢いにエルミールの持つオーラクルスが悲鳴を上げ、地面を削り取りながら明里とクロムのいる台座への距離がじりじりと縮まっていく。だが――。


「予定変更。わたしはこっち」

「緋華さんっ!」

「あいてて……やっぱあの〝脳筋サマ〟と話し合おうなんてのはさっぱり無理だったわ……!」

「カルマ!? 無事だったのですか!?」

「しぶといのだけが俺の取り柄でね。エルきゅんもよく知ってるっしょ?」


 無条に押されるエルミールの元に、雷光を纏った緋華と、時臣に弾かれて泥と擦り傷にまみれたカルマが救援に入る。


「話して退いてくれればラッキーだったんだけどねぇ……けど、時臣のおっさんはかなっちがやってくれるってよ! 俺たちは、なにがなんでも明里とあの神様を無条のクソ野郎から守り切る……いいな!!」

「いつまで情けない顔してるの? 手伝ってあげるから、太助たすけもしっかりして」

「ありがとうございます……! では、ここは私たちで!!」


 必死に無条の闇との接続を試みるクロムと、自ら囮を申し出た明里の目と鼻の先。

 緋華とエルミール、そしてカルマの三人は共に己の目的を果たすべく、母を求めて泣き叫ぶ無条の分霊の前に立ち塞がった。そして――。


「はぁあああああああああああああ――――ッ!!」

「そうだ、それでいい。元より、この場で俺の相手が務まるのはお前くらいのものだろうからな」


 吹き飛ばされたカルマと入れ替わるようにして、リーンリーンに〝滅殺の赤〟を灯した奏汰が時臣に斬りかかる。

 しかし時臣は全てを滅ぼす奏汰の力を何の変哲も無い刀で正面から受けきると、両足をつけた大地を大きく軋ませながら笑みを浮かべた。


「なるほど、前よりはいくらかましになったか? 随分と上達が早い。これもお前が超勇者などと呼ばれる所以ゆえんということか」

「聞いてくれ時臣さん! 俺もカルマも、ここであんたと戦うつもりは無いんだ!! カルマとだって、今回のことはお互いの邪魔はしないって話で――!!」

「問答無用。お前たちはあの者を害し、この場には憎き神がいる。俺たちが刃を交えるに、それ以上の理由など必要あるまい!!」

「くっ!?」


 つばぜり合いによる拮抗は一瞬。


 巨木の如き豪腕から一瞬にして脱力した時臣に、思わず奏汰は力点をずらされる。

 それを見て取った時臣は、刀を持った手の平をくるりと返して横切り一閃。

 奏汰は驚異的な身体能力で身をよじり回避するが、その胸元はぱっくりと裂け、鮮血が宙を舞った。


「こ、の……っ!」

「ここに神がいるとなれば、もはや今までのように時を待つつもりもなし。散れ、超勇者――!!」


 刹那。奏汰は受けた傷を癒やす間もなく時臣が放った渾身の刃に晒される。だが奏汰はここで〝守りの紫〟ではなく〝攻めの赤〟を選択。


 時臣の刃と正面からリーンリーンを打ち合わせんとするが、時臣はそれすら相手にせず、奏汰の放った滅殺の切り返しを紙一重でかわし、奏汰に斬首の一刀を見舞う。


「――いいえ! これ以上、貴方の好きにはさせませんっ!!」

「む!?」


 だがしかし。時臣が奏汰めがけて放った一撃は、脇目も触れずに横から飛び込んだ〝二条の銀閃〟によってその切っ先を逸らされる。


「お前は……?」

「新九郎っ!」

「大丈夫ですか奏汰さん!?」


 間一髪。


 絶体絶命の奏汰を救い守ったのは、その浅緑せんりょくの瞳に天上の満月を灯した男装の少女剣士――徳乃新九郎。


「お前は……あの試合場にいた剣士か。だがなんだ……? お前とは、それ以前にもどこかで会った気がするが……」

「貴方の剣はずーっと見てました!! あの台覧試合たいらんしあいの時も……今この時もです!!」


 現れた新九郎は時臣の放った刃を完璧な軌道で遮ると、奏汰をその身に庇いながら共に後方へ跳躍。


 そのまますすきヶ原の只中に足をつけて流麗な所作で二刀を構えると、時臣の物にも勝るとも劣らぬ〝絶人の剣域〟を、その場に展開して見せたのだ。


「僕は徳乃新九郎! 奏汰さんと二人で……みんなと力を合わせて江戸の平和を守る、勇者屋の徳乃新九郎ですっ!!」

「よし……! 一緒にやろう、新九郎!!」

「はいっ!! 今度こそ……僕は〝貴方の剣〟になってみせますっ!!」 


 対峙するは強大なる力。


 しかしついに同じ戦場で並び立った奏汰と新九郎は、共に力強く頷き合うと、己が剣の切っ先を眼前に立つ勇者の首魁へと向けた――。

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