闇を誘う
「私の頼みを聞いて下さり、ありがとうございました」
「俺たちの方こそ。結局
「でもでもっ! 明里さんのことは僕たち勇者屋がぜーったいに守りますからっ! どうか大船に乗ったつもりで、ご安心下さいっ!」
ここは、板橋から僅かに北に離れた荒川沿い。
一面に広がる小麦色のすすきヶ原に、整然と並ぶ
今、そこに設けられた台座に座るのは
そして彼女の周囲を決死の覚悟で固めるは、超勇者
さらには歌明星で日々明里を支え続ける奉公人の
「すまねぇな、
「そんなことありませんよ……風吉さん」
河原に組まれた台座の上でじっと居住まいを正す明里に、カルマはそっと手を添えて謝罪を口にする。
しかしそれを受けた彼女は、差し伸べられたカルマの手を慈しむように握り返すと、閉ざされたままの瞳でまっすぐにカルマがいるであろう場所を見つめた。
「五年前……京の二条で初めて会ったあの日から、私はいつも貴方に助けられてばかりでした……私だけではありません。貴方が私の目を閉ざしたことで、あの時私が守ろうとした皆も、沢山の命も助かった……貴方は、なにもやましいことなどしていません」
「姐さん……」
「風吉さん……どうか、もうご自分を責めないでください。そしてもし、今宵の捕り物が事なきを得たら……その時はまた、私のことを明里と……そう呼んでくださいまし」
「…………」
月光と篝火に照らされ、明里はそう言ってカルマにどこまでも穏やかな笑みを浮かべた。
しかしカルマはなおも痛苦に満ちた表情のまま、明里の願いへの返事の代わりに、力強く彼女の手を包んだ。
「最後にもう一度確認だ! 今から彼女の視力を元に戻す。そうすれば、彼女に執着する
「無条の相手は俺と新九郎、それに
「がってんですっ! 頑張りましょうね、姉様っ!」
「変態は殺す……見た目がわらべでもわたしは容赦しない」
「この命に代えても、お二人を守り抜いて見せます」
「任せておけ、
「いよいよもって、我ら勇者屋の腕の見せ所よ!」
日の本どころか、数多の異世界でも屈指の強さを持つ四人に加え、奏汰から〝勇者の護符〟を授けられた勇者屋十余名。
分霊とは言え無条の力は底知れないが、今ここに展開された布陣は、これ以上無い盤石の態勢と言えるだろう。
「無条が現れたら、私は無条の闇に接続を試みる……その間の私は完全に無防備で、自力じゃ一歩も動けない。だから死ぬ気で守るよーにっ!!」
「頼んだぞクロム……お前のことは、俺たちが絶対に守るからな」
「奏汰こそ! 油断してあっさりやられたりするんじゃないよ! お互いの健闘を祈る!!」
そうして最後に奏汰とクロムは互いの拳を付き合わせ、それを合図に、明里の隣に立つカルマがその手をそっと明里の額に添えた。
「今度こそなんとかする……見ててくれ、明里」
「はい……風吉さん」
かつて、太田宿でカルマが自身の勇者スキルで奪った明里の視力。
カルマが彼女の瞳から光を奪ったことで、確かに無条の追求は止んだ。
こうしている今も、京にいる無条本人は明里のことなどとうに忘れ去っているだろう。
だがしかし。
一度執着した存在に対する無条の情念はそれで完全に消えることはなく、五年という歳月をかけながらもついに明里がいる板橋宿まで辿り着いた。
もはや呪いもかくやという無条の恐るべき情念を完全に断つには、遅かれ早かれその執着そのものを断つより他はない。
明里の額に添えられたカルマの手から暖かな光が明里へと戻っていく。それを受けた明里も、何かを悟ったようにゆっくりと閉ざされていた両目を見開いた。
「月……?」
「あれが、明里さんの目……」
月光の下で再び露わとなった明里の持つ
奏汰も初めて見る明里のその瞳は、彼が必ず護ると誓った最愛の少女……新九郎の瞳ととても良く似ていた。
「ああ……風吉さん……っ」
「まだだ、姐さん。〝あのクソ野郎〟……こっちの予想通り、一瞬で気付きやがった!」
「風が……! 何かが凄い勢いでこっちに来てますよ!?」
「――みんな構えろ! 始めるぞ!」
五年ぶりに見る外界の光景。
そして深く思いを寄せる風吉の姿に、明里は思わず身を乗り出した。
だがカルマは明里を庇うように制し、恐るべき速度で迫る闇の気配に身構える。そして――!
「来い! リー
「示せ! オー
「来な! カル
『あ――ああ―――! おっかぁあああぁぁああ――ッ!!』
刹那。眩いばかりの三つの閃光と、大津波の如き勢いで荒川に迫る闇の波濤が激突。
「きゃああああっ!!」
「な、なんだ!? 何が起こった!?」
「
光と闇の激突。
それは強烈な突風となって周囲のすすきヶ原をなぎ倒し、明里を守る勇者屋の面々すらも思わず獲物を地に刺して堪え忍ばねばならぬ程だった。だが――!
「――待ってましたっ!
だがその瞬間。
大地を揺らし、大木すらなぎ倒す烈風のただ中を二条の剣刃が
「飛んで火に入る夏の虫……秋だけど。
現れるは闇を縫い止める氷柱。
更には舞い上がる草木を貫いて飛ぶ四条の
「よし! さすが新九郎、うまくいったみたいだな!」
「緋華さんも、相変わらずお見事です!」
闇が晴れた先。
そこには各々の聖剣を構え、明里とクロムを無条の闇から守護した三人の勇者の姿があった。
奏汰たち三人の勇者が闇の力を霧散させ、そこを新九郎と緋華が縫い付ける。当初の計画は、ひとまず功を奏したかに見えた。
「やってくれ、クロム!!」
「そのまま動きを止めておきたまえ! 私は今から闇に潜る……後は頼んだよ!!」
『お……かぁ……! おっかぁ……ぁぁ……っ!!』
「はううぅ……こ、この子があの無条さんだっていうのはわかってるつもりなんですけど……それでも、やっぱり可哀想な気がしちゃいますよぅぅ……」
「……そう思うのなら、ちゃんとここで終わらせないとだめ。あの男が……いえ、あの子がこれ以上、人様に迷惑をかけないように……」
「姉様……」
現れた無条の闇を前に、奏汰たちは事前の策を滞りなく展開する。
クロムの周囲に純銀の神気が満ち、それは無条の放つ闇と繋がって眩いばかりの閃光を放つ。
後はこのままクロムが闇を通して神の力を取り戻し、この世界の真実を明らかにすれば策は成る。
「――まさか、この地に神が迷い込んでいたとはな」
「っ!?」
瞬間、その場に巨大な雷が落ちた。
否、それは落雷などと言う生やさしい物ではない。
音速を遙かに超えて現れた気配に、反応出来たのはその場で奏汰のみ。
しかし奏汰の展開した〝
「おっさん……っ!」
「く……っ! やっぱり来たな……!」
「少し見ぬ間に腕を上げたか、超勇者。そしてカルマよ……お前の心の内は俺も承知している。お前がその女を助けたいというのなら、今回はお前の好きにしろ。だが――」
現れた男。
それは
たった一撃の交錯で肩で息をする奏汰に対し、時臣は汗一つかかぬままに、瞬時にその身から恐るべき
「お前たちがそのわらべを害するというのなら……ここにいる者全て、この俺が切り捨てる」
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