神として 友として


「もし君の言葉が本当で、あの無条むじょうとかいう男がこの世界そのものだというのなら……それはつまり、私たちがやろうとしていた〝闇を媒介とした外界との交信〟は、無条を経由しても可能ということだ」


 数多の異世界を統括する12柱の高位神。

 その一柱にして、最も才気に溢れ、もっとも年若いとされる神――クロム・デイズ・ワンシックス。


 彼が奏汰かなたたちに提案した策とは即ち、板橋に現れる無条の分霊を介することで、奏汰たちがエルミールから示された打開策と、カルマが求める無条の抑止策。

 その〝双方を一挙に成す〟という野心的な策であった。


「確かに、今の私は神としての権能のほとんどを封じられている。しかし私の推測が正しければ、それはこの世界が〝私の力を封じる権限ルール〟を持っているからだ。私たち神は〝別世界の神が設定したルール〟に逆らうことが出来ない……そうしないと、神同士のいさかいや争いが起きかねないからね」


 かつて、クロムはこの世界には〝神の力を感じられない〟と断じた。

 だが彼の言うところによれば、それはあくまで〝現在のこの世界〟に限っての話であり、この世界が勇者やモンスターを取り込むようになる前……この世界の成立そのものには、神の手が加わっているはずだと言うのだ。


「そもそも、全ての異世界は私のような神とセットで生まれてくる。以前は私も少々混乱していて考えが及ばなかったけど、この世界が神によって作られた後で、なんからの意図で今のような場所になったと考えれば辻褄が合うってわけさ」

「ふざけんなよ!? 俺たち勇者がうん百年頑張って駄目だったんだ……今さら神の力もねーあんたが出張ったところで、なんの役にも立たねーんじゃねーのかよ!? 大体、無条はともかく時臣ときおみのおっさんがここに神がいるなんて知ったら、目の色変えてぶっ殺しに来るに決まってる!」


 突如としてその素性を明かしたクロムに、当然ながらカルマは相当な難色と嫌悪を露わにした。

 この世界にやってきて七年しか経っていなかったエルミールと違い、カルマは百年もの間神々によって地獄の痛苦を味遭わされたと……そう信じてきたのだから。


「なに、そう悲観することもない。君たち勇者の話が本当なら、無条の闇はこの世界の外側に繋がっているんだろう?」 

「それは間違いありません。静流しずるさんほどではありませんが、私も真皇しんおうの闇を通じてこの世界の外に広がる空間を目にしたことがあります」

「なら問題はないね。この世界の外に、私の力を封じる〝権限は適応されない〟。そして高位神としての力を取り戻した私にかかれば、この世界を形作る結界はともかく、あんな小さな分霊一つに後れを取ることはないというわけだよ! なーっはっはっは!!」


 わらべ姿のクロムを、奏汰たち三人の勇者は歌明星うたみょうじょうの床の間でぐるりと囲む。

 いずれ劣らぬ歴戦の三人を前にしても、クロムは自信満々に胸を張った。


「信じられるわけねーだろ……? 外に繋がった途端、今度こそ俺たちごとここを吹き飛ばすつもりなんじゃねーの!?」

「〝信じる者は救われる〟……君の故郷にそのような格言はなかったのかな? それと言わせて貰うけど……〝この私を見くびるな〟」


 なおも難色を示すカルマに、しかしクロムはわらべの見た目からは想像も付かぬほどの威厳溢れる眼差しと物言いで正面から応じた。


「我が名はクロム・デイズ・ワンシックス……たとえ私があらゆる神からハブられ続けた〝万年ぼっち神〟だったとしても……! そうだったからこそ……私は神として生まれ落ちて初めて出来た〝大切な友達〟を裏切ったりはしないっ!!」

「友達だと……?」

「クロム……」


 異世界も、それぞれの世界を管理する神も。

 それらはもはや万を越えて存在し、夜空に浮かぶ星のように偏在しているのだという。


 しかしそれだけの異世界と神が存在する中で、自らの身の危険も顧みず、勇者と共に戦場に飛び込んだ神はクロムだけだった。


 数多の命を強制的に呼び出し、力を与えて戦わせる勇者という仕組み。

 クロムが奏汰と共に戦ったのは、彼がその仕組みにかねてから反対し、嫌悪を抱いていたからという背景ももちろんある。


 だがそれ以上に、クロムはその何万年もの神としての時で初めて対等に、全てを包み隠さず話せる友となった奏汰を、一人で苦難の道に送り込むことを良しとしなかったのだ。


「もしもあの夜。奏汰だけがこの世界に囚われ、私一人が外界に残されていたとしたら……それでも私は、奏汰を助けるために全力を尽くしたさ。そして私はこうも思っている……あの奏汰がここまで苦しい戦いに身を投じているその時に、こうして〝君と一緒にいることが出来て良かった〟とね!!」

「ああ……俺もそう思ってるよ、クロム」

「クロムさんにとって、奏汰さんは本当に大切なお友達なんですね……今なら、僕にもすごく良くわかります……っ!」


 そう断言するクロムに、奏汰は深い感謝と共に力強く頷いた。


 二人の絆を想像することしか出来ない新九郎しんくろうも、奏汰とクロムがこれまで歩んできたであろう苦難の道のりに思いを馳せ、己の胸元に手を置いた。


「カルマ……貴方の気持ちは私にもよくわかります。ですがまずは、つるぎさんとクロムさん……お二人の絆に賭けてみても良いのではないでしょうか?」

「チッ……わかったよ。ぶっちゃけ神を許すつもりはさっぱりねーけど……俺を信じるって言ってくれたかなっちの考えは尊重してやんよ。どっちにしろ、今の俺には明里あかさとを助けてやれる方法なんて思い浮かばねーしな……」


 クロムの決意を聞いたエルミールに促され、ついにカルマもしぶしぶながらその首を縦に振った。


「けどこれだけははっきりさせておくぞ……今回俺が協力するのは、明里をあのくそ野郎から助けるところまでだ。それ以上のことや、俺たちの計画の邪魔になるようなことには一切手を貸さねーから! そこは納得してくれよ!」

「それでいい。俺たちだって、最初からそのつもりだった」

「そうと決まれば〝神は急げ〟だ! さっそくその分霊を誘き出す策を練るとしよう。もちろん、今はここにいない勇者屋の面々にも協力して貰うからね!」


 勇者三人に剣士一人に神一柱。


 いびつながらも繋がった力と思いは、この地を覆う〝闇への楔〟としてついにその形を成そうとしていた――。



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