わらべの行く先


「まさか、板橋いたばしの辻斬りがあのようなわらべとは……これは一体いかなることだ!?」

「たしかに見た目は子供だけど、あれは間違いなく〝人外の存在〟だよ。私の探知にひっかからなかった理由はわからないけどね」


 明けて翌日。


 辻斬りとの対峙を終えた勇者屋一行は、拠点として借り受けた板橋宿いたばししゅくの中程にある老舗旅籠しにせはたご中道屋なかみちやの二階にて朝も早くから会合を開いていた。


「で、でもでもっ! お母さんを探す子供の鬼なんて初めて見ました……! もしかしたら、あの子にもなにか事情があるのかも……」

「今まで俺が異世界で戦ってきたモンスターの中には、人と喋ったり、考えたりできるモンスターも沢山いたんだ。あの子もそうなのかもしれないな……」

「たとえ見かけがわらべであろうと、彼の者が幾人もの命を奪っていることは紛れもない事実……心苦しい気持ちはわかるが、やはり討つ他あるまい」


 会合の中心となるのは、勇者屋の主人である奏汰かなた新九郎しんくろう

 そして此度の鬼退治の目付役である、岡っ引きの市島伸助いちじましんすけだ。


 伸助には、今回の勇者屋の活動が幕府のお墨付きであることを示す〝後ろ盾〟の役目もある。

 故に、たとえ辻斬りの正体がわらべの鬼であったとしても、手心を加えるような甘い判断は許されない。


「なあクロム、あの子は本当に人間じゃないんだな?」

「それは間違いないよ。人の子供が鬼にされたとか、そういう気配も感じなかった。けど……」

「けど……なんでしょう?」


 奏汰から念押しされたクロムは一度自信ありげに頷き、しかしすぐにその表情を曇らせる。


「あの子供は他の鬼……つまり、異世界のモンスターとは〝違う存在〟のように感じたね。この世界には、勇者もモンスターも落ちてくるという話だったけど……」

「…………」


 言いながら、クロムは勇者屋の輪の中でじっと推移を見守っていたエルミールにちらと視線を向けた。

 エルミールが異世界勇者であることをこの場で知るのは、奏汰と新九郎以外にはクロムだけである。

 クロムから視線を向けられたエルミールは、クロムの問いを肯定するように目線のみで頷いた。


「……もしかしたら、あの子供は〝この世界固有の存在〟かもしれない。それなら、私の探知にひっかからなかったのも納得がいく」

「いまいちよくわからねぇが、鬼と幽霊は違う……みてぇなもんか?」

「その認識で合っているよ。簡単に言えば、化け物にも〝種類がある〟ってことだね」

「なるほどなぁ……?」


 屈強な見た目に似合わず理解が早い師範代の三郎さぶろうに、クロムは関心も露わに笑みを浮かべる。


「どうあれ、人を襲うのであれば退治せねばなるまいて! なあ、つるぎよ!」

「……そうですね。でも……やっぱり退治する前に一度その子と話せないかな」


 無心流むしんりゅう平次郎へいじろうから同意を求められた奏汰は、腕組み姿勢のまま己の考えを口にした。


「やっぱり奏汰さんも、その子の事情が気になるんですねっ」

「うん……退治するにしても、捕まえるにしても、言葉が通じるなら事情は聞くべきだと思う。それに、もしその子の他に仲間や家族がいるのなら……それこそ、その子の〝母親〟がどこかにいるのなら、その子をなんとかしただけじゃこの事件は終わらないと思うんだ」

「なるほど……たしかに一理ある」


 奏汰の言葉に、新九郎を初め勇者屋の一同は神妙な面持ちで頷く。

 

「なら、まずはあの子を探して捕まえればいいの?」

「出来ればそうしたい。でも一番大事なのは町の人を守ること、そして俺たち全員が無事にこの役目を果たすことだ」


 今の奏汰は、多くの仲間の命と暮らしを預かる商いの頭領である。

 新九郎と結ばれ、勇者屋の主となり、奏汰はかつてよりも明らかに大人びた表情で堂々と自らの考えを仲間たちに示す。


「だからその子を捕まえるのは俺と新九郎……それに太助たすけさんの三人でやる。他のみんなは、これまでと同じ――」

「――邪魔するぞ! 勇者屋のつるぎはいるか!?」


 だがその時だった。

 奏汰たちが集まる中道屋二階のふすまが勢いよく開かれ、見るからに〝カタギではない風体の男〟がその場に現れる。


「えーっと……どちら様でしょう!?」

つるぎなら俺だけど」

「いきなり悪ぃな! 俺は歌明星うたみょうじょう伝八でんぱちってもんだ」

「歌明星って、風吉かぜきちさんが働いてるお宿の?」

「おうよ! 今日ここに来たのは他でもねぇ、俺らの姐御がお前さんに話があるってんでな! こっちですぜ姐御、足元にお気をつけて……」


 伝八と名乗った男は満足げに白い歯を見せて笑うと、その背に隠れていた小柄な影――かつて歌明星で一度だけ顔を合わせた、女主人の明里あかさとを部屋の中に招き入れたのだ。


「いきなりお伺いして申し訳ございません……どうしても、つるぎ様にお話ししなくてはと……」

「俺に話を? でも、どうしていきなり……」

「私がつるぎ様とお会いするとわかれば、以前のように風吉さんは私を止めたでしょう……ですから、本日はこのような形でお伺いした次第です」


 驚く一同を前に、明里は見惚れるほどの所作で膝を突き、白く細い指を置いて深々と頭を下げる。


「話というのは他でもありません。この板橋宿に現れる辻斬りについて、どうしてもお伝えしなければならないことがあるのです……」

「もしかして……明里さんは〝あの子〟のことをなにかご存じなんですかっ?」


 おもむろにそう切り出した明里に、奏汰の隣に座っていた新九郎は身を乗り出して食いついた。そして――。


「はい……実は、あの辻斬りの狙いはこの私。あのお方は、私を探して板橋までやってきたのです……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る