剣士のそれぞれ


三郎さぶろうさんたちと一緒に遊びにいかなくて良かったの?」

「む、無論だ……! 知っての通り俺は贖罪の身……このような時分に色町で遊んでいたなどと知られれば、今度こそ父上と母上に顔向け出来ん!!」

「よい心がけですぞ、宗像むなかた殿。勇者屋一同の此度の働きは、私からも同心様にお伝えしておきますゆえ。ご心配召されるな」


 勇者屋一同が板橋宿いたばししゅくの警護について三日。

 とうに日は沈んでいるが、暗く細い路地を取り囲む二階建ての宿からは、今も盛大な笑い声やちんどん太鼓の音色が聞こえてくる。


 今、板橋の闇を油断なく歩くのは剣術小町の春日かすが

 そして彼女ら公正館こうせいかん一派にとっては因縁のある赤龍館せきりゅうかん宗像一心むなかたいっしん

 さらには、木曽同心きそどうしんの命で目付役として派遣された、岡っ引きたちの頭領格である市島伸助いちじましんすけの三名だ。そこに加えて――。


「どうでもいいけど、何があっても私のことは完璧に守り切るように! 私のような可愛くて儚いちびっこが辻斬りに巻き込まれたなんて知れれば、君たち勇者屋の評判もがた落ち……!! 君の汚名返上計画も、水の泡になるんだからね!!」


 それぞれ帯刀して歩く三人の中央。

 彼らの腰の高さ程度の上背しかない銀髪碧眼ぎんぱつへきがんのちんちくりん――クロム・デイズ・ワンシックスが、威勢良く片腕を振り回して宗像に指示を飛ばす。


「むむぅ……それはわかっておるが、つるぎ殿はなぜこのようなわらべを俺たちに同行させるのだ?」

つるぎが言うところによれば、クロムは鬼の居所を探ることのできる不思議な神通力を持つそうだ。此度の辻斬りは神出鬼没ゆえ、危険を承知で助力を頼んだと」

「ふーん……つるぎさんも大概だけど、知り合いの人も変わり者が多いのね。クロムくんも、どこからどう見ても渡来の子だし……」


 なぜか得意満面のクロムに困惑しつつも、一同は提灯ちょうちんをかざしながら路地裏を進む。

 これまで板橋で起きた辻斬り事件は、その全てが表通りではなくこの裏通りで起きている。

 夜半まで続く警戒は交代を重ねつつ、この時間は中山道を挟んで西側の裏手は奏汰たちが。対する東側の裏手は伸助たちが巡回することになっていた。


「がははは! 儂はまだまだ飲めるぞ!! お前たちも付き合え!!」

「今日は飲み過ぎですよ旦那様。もう秋なんですから、風邪をひく前にお帰りなさいよ」

「てやんでぇ! 風邪が怖くて江戸っ子ができるかってんだ!!」


 裏通りとしては広めの道に人影はまばらだったが、今も酔いに酔った男衆が何人もの芸妓げいぎを伴い、勇者屋一行の横を通り過ぎていく。


「あんたも少し前までは〝ここで散々遊び回ってた〟でしょうに……ここで話すまではただの嫌な奴だと思ってたけど、あんたもあんたで色々大変なのね」

「宗像殿のおいえは、戦国期より三河松平みかわまつだいら家に仕える名門中の名門であろう? 何を隠そう、私も日頃より市ヶ谷いちがやの武家方とは付き合いがありましてな」

「うむ……」


 クロムを交えて夜警を続ける三人は、そこで再び宗像の境遇へと話の先を向ける。


「家柄がどうであれ、俺のしでかしたことに今さら申し開きをするつもりはない。だが今にして思えば、俺は自らの背負う家の名に重圧を感じていたのであろう。先の無様で、己の驕り高ぶりを痛感した次第だ……」

「うちは商家だし、父様も私の好きにしろって言ってくれてるしで、そういうのは全然わからなかったのよね。最近はそうでもないけど」


 そう言いながら、春日はその勝ち気な眼差しを宗像に向ける。

 今やすっかり神妙になった宗像だが、台覧試合たいらんしあいの騒動までは板橋宿のみならず、様々な盛り場で同じ武家の子息と飲み歩いていたという。


 そんな宗像が夜の板橋に居ながら真面目に警護に励む姿は、以前の彼を知る者なら誰もが目を疑ったことだろう。


「さっきから聞いていれば、君は本当に辛気くさい男だね! 所詮人間の一生なんてあっという間なんだ。そうくよくよせず、せいぜい悔いの無いように生きるといい!! 神である私が許す!! なーっはっはっは!」

「神だの美麗だのと、遠慮もなく自らの口で……本当になんなんだお前は……?」

「別にいいじゃない、子供ってこういうものでしょ。それで、肝心の鬼の気配はわかる? 私たちもそろそろ交代の刻限でしょ?」

「君に言われなくても、さっきからずっと探しているよ。これでも私は優秀有能勇敢で通っている上位神だからね。えーっと……あれ?」

「きゃあああああああああ――!!」


 春日に促され、クロムは片眉を上げて気を巡らせる。

 だが彼がそうしたのとまったく同時。

 裏通りを進む四人の耳に、突然幾人かの女性の悲鳴が飛び込んできたのだ。

 

「いきなり!?」

「反応が近い……!? そんな……さっきまでなんの気配もなかったのに!?」

「こっちだ! 行くぞ!!」

「承知!!」


 悲鳴の出所は四人の至近。

 春日とクロムに先んじて駆けだした宗像と伸助は、数秒も走らぬうちに先ほどすれ違った芸妓たちの姿を視界に捉えた。


「大丈夫か!? 何があった!!」

「あ、ああ……っ!」

「ひいいいいッッ!」


 そこには、闇に紛れてうごめく〝黒く小さな影〟。

 そしてその影の前で肩口を切られてうめく先ほど通り過ぎた初老の男と、男の周囲で腰を抜かす数人の芸妓たち。


「相手が鬼ならば、問答無用――!!」


 先陣を切った伸助は即座に刀を抜き放つと、裂帛れっぱくの気合い一閃。

 倒れた男の傍に立つ影めがけ、鋭い突きを繰り出す。しかし――。


「なに!?」

「危ない! 市島いちじま殿!!」


 だがしかし、伸助の刃は空を切る。

 伸助のやや後ろからそれを見ていた宗像は、彼を庇うような太刀筋でその白刃を虚空に飛んだ影へと斬り上げた。


「でぇえええええええええ――ッ!!」

『ッ!?』


 伸助の刃をかわし、空へと逃れた鬼の影を宗像の鋭い太刀筋が捉える。

 宗像の斬り上げを受けた影はさらに跳躍。

 細い路地の裏を塞ぐ宿の壁面を左右に飛び跳ねると、地面に落ちて燃える提灯の明かりが届かぬ闇の中へと着地した。


「二人とも、大丈夫!?」

「そっちの男は無事なのかい!?」

「息はあるが、傷が深い……春日殿はこの者の血止めを! クロムは〝例の護符〟でつるぎ殿を呼んでくれ!!」

「極悪非道の辻斬りめ……! 同心様に代わり、この市島伸助が成敗してくれる!!」


 出鼻をくじかれながらも、伸助はすぐさまその切っ先を闇に紛れた鬼へと向ける。

 一方の宗像も倒れた男の手当を春日に任せ、伸助の死角となる位置に立って辻斬りと相対した。


『……お……か、あ…………こ………?』


 ついに遭遇した板橋の辻斬り。


 しかしその姿は未だ闇深く、並び構える伸助と宗像の視界には、ただ闇の奥で赤く光る二つの眼が確認できるのみであった――。



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