お江戸の夜
「なんか……いろいろ凄いところだな」
「にゃはは。俺みたいなよそ者にはうってつけの場所よ。前は
部屋の内外から聞こえる
待合から場所を移した
「そういえば、カルマたちは歳を取らないんだっけ?」
「うんにゃ。〝こっち〟にいれば普通に老けるよ。この前かなっちも入った〝俺たちの隠れ家〟にいればそうじゃないってだけ」
「なるほどな……」
すでに、二人の前には空になった皿がいくつか置かれている。
カルマに気を利かせた女将の
「エルきゅんが上手くそっちに馴染めたみたいでよかったわ。まあ、かなっちみたいなのが出てこなかったら、俺もあの子を送り出したりしなかったけどね」
「エルミールは今もカルマに感謝してるよ。カルマがここで働いてるってことも、俺と
「そりゃ嬉しいね。ここの人らに余計な迷惑はかけたくねーからさ」
二人は努めて穏やかに言葉を交わしつつ、店から供された肉厚の
その間にもカルマは無造作に注ぎ入れた〝
「正直……カルマのことを誤解してた。最初に戦ったとき、この世界のことなんてどうでもいいって言ってたから、てっきりそういう奴なのかなって」
「……誤解じゃなくね? 散々ここの人らの世話になってるってのに、裏では鬼だのニンジャだのと一緒に好き放題やってんだ。本当はここのみんなも大事なんだーなんて……どの口でほざくんだって話っしょ?」
「…………」
「かなっちがどう思ってようが、ここの人らにとって俺が〝最悪の悪党〟だってことは変わらねーよ。エルきゅんをそっちにやったのだって、結局は俺のためだしね」
「妹のことはエルミールから聞いてる。そのために、あんたがどれだけここで頑張ってきたのかも」
自嘲気味に語るカルマに、奏汰は同意も否定もせずに言葉を続けた。
「ふーん……? かなっちってば、ちょっと雰囲気変わった?」
「……話し合いに来てくれたエルミールを見て思ったんだ。俺は今まで、たくさんの異世界で色んな敵を倒してきたけど……もしかしたらその中には、〝倒さなくてもよかった〟相手もいたのかなって」
かつて奏汰は、一年というあまりにも短い期間で百の異世界を救った。
だがもしも、奏汰とクロムにもっと時があれば。
もしも世界の滅びを防ぐために、二人が武力以外の道を選んでいれば……全く違う運命を辿った命や種族は無数に存在しただろう。
「前に新九郎も言ってたんだ……〝静流さんともっとお話ししたかった〟って……静流さんともっと話をする時間があれば、俺たちは戦わなくても済んだかもしれないのにって……」
「しんちゃんがね……」
「静流さんのことも、俺が異世界で戦ってきたことも……どっちも今はもう取り返しがつかない。だから、カルマとはそうなる前にちゃんと話さないとって思ったんだ」
カルマを見据える奏汰の瞳に迷いはない。
過去では無く今を。
そして、もはや部外者でなくこの地に生きる当事者として。
新九郎と共に生きると決め、江戸に根を張ると決めた一個の人としての覚悟が、今の奏汰からはありありと滲んでいた。そして――。
「前にカルマと戦ったとき、俺はまだこの世界のことも、あんたの事情も何も知らなかった。けど今は違う……! 今日ここに来たのは、カルマにも俺たちに協力して欲しいからだ」
「協力? マジで言ってんの?」
「もちろん本気だ。今の俺たちには、この世界や別の異世界の情報を一気に手に入れる〝方法〟がある。けどそのためには、カルマたちが拠点にしてる〝あの場所〟にもう一度入らないとけないんだ」
「はぁ? ここや別のとこについて探るって、それって俺らが普段やってることと何が違うわけ? 言っとくけど、
意を決して本題に切り込んだ奏汰に、しかしカルマは完全な拒絶とまではいかずとも、明確な難色を示した。
「それをやれる仲間がいるんだ。だからカルマと協力して……いや、出来るならあの
「ふーん……本気っぽいね」
「頼む……! 今回は、俺たちもカルマたちのやろうとしてることを邪魔する気はないんだ! けどこの世界のことがもっとわかれば、俺たちだって無駄に戦う必要もないかもしれないだろ!?」
「そりゃそうかもね……」
奏汰の真剣な懇願に、カルマは思わず口をつぐむ。
その提案は武力による戦いではなく、互いの行動の阻害でもない。
彼岸を失い、闇との交信手段が途絶えたのはカルマたちも同様なのだ。
カルマは奏汰の提案に思わず逡巡の構えを見せ、眉間に皺を寄せてうめく。だが、その時だった――。
「きゃああああああああああああああああ! 誰か! 誰かあああああああああああああああ!!」
「悲鳴?」
「チッ! 〝また〟出やがったな……!」
だがその時。
二人が向き合う部屋の窓から、絹を裂くような女性の悲鳴が飛び込んでくる。
何事かと視線を外に向ける奏汰とは違い、カルマは即座に二階の縁側から江戸の夜空に身を躍らせると、目にもとまらぬ速さで悲鳴の出所へと加速する。
「大丈夫ですかいっ!?」
「あ、ああ……っ!?」
疾風と化して飛翔したカルマは、無数に連なる
そしてそこで腰を抜かしていた一人の
「つ、辻斬り……! 辻斬りです……っ!! 突然現れた男に、連れが斬られて……!」
「ああ……どうやら、そうみてぇっすね……」
カルマは助け起こした女性を支えるように抱き留めると、町の明りも届かぬ路地で〝真っ二つに切り裂かれた男の亡骸〟に、力なく首を振ったのだった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます