打開の楔
「神であるこの私を呼びつけるなんて、ずいぶんといいご身分じゃないか! でも君たちにはルナが世話になっているようだから、特別に私も礼を尽くして対応してあげるよ! ありがたく思うといい!!」
「こいつが神だと……? ただのガキにしか見えねぇが……」
江戸城、壱の丸大広間。
上座であぐらをかく将軍
そんなクロムに、家晴の隣に座る大老の
「控えよクロムとやら! 上様の御前でかような物言いは許さんぞ!!」
「むかーっ!? 言っておくけど、私は私より偉そうな奴が大嫌いなんだ!! もう一度私に同じ事を言ったら天罰で消し炭にするからね!!」
「にゃはは! まあまあ鍋島様。我ら寺社者の調べによれば、こちらのクロム様は正真正銘神仏の類い。ここは一つ頭を下げ、
「礼だの孝だのはどうでもいい……神だろうが勇者だろうが、このクソみてぇな今をどうにかできるなら、なんにだって縋ってやる……さっさと本題に入れ」
「父上……」
現在、広間には将軍である家晴を中心に、大老の鍋島と
そして彼ら三人と向き合うようにして、
「ならば早速……そちらの
「ゆえに、この場ではいよいよ敵方であった山上を交え、いかにして鬼と
「はい。そういうことでしたら、私も喜んで協力させていただきます」
家晴の左右に控える鍋島と夕弦は、そういって此度の仔細を説明する。
一方、江戸での
エルミールが信じるに値すると判断されたことを踏まえ、奏汰たち現世勢力は、勇者勢に対する唯一の切り札とも言えるクロムの存在をついに
「正直、私もとても驚いています。神の作った牢獄であるはずのこの世界に、その神自身が囚われているなんて……」
「マヌケな話だな……おいちんちくりん、てめぇ本当に神なのか?」
「失敬なっ! たしかに今の私はほんの僅かに小さくなって神の力もほとんど使えず、ルナに拾われていなければ野垂れ死んでいたほどにか弱い存在だけど、これでもれっきとした神だ!! それも数多の神々の中でも十二柱しか存在しない高位神なんだよ!! わかったら、今すぐ
「すぐには信じられないかもしれないけど、それについては俺が保証します。クロムが偉い神様っていうのも、本当なら凄く強いっていうのも俺は良く知ってます」
どこからどう見てもちんちくりんのちびっこにしか見えないクロムを、奏汰は自ら前に出て庇った。
「言っておくけど、私はここが勇者の処分場だという話には懐疑的だよ。なぜなら高位神である私でも、こんな場所の存在は知らなかったんだからね! もちろん、私が他の神々からハブられてるとかぼっちだとか、そういうのはぜんぶ抜きにしての話だよっ!?」
異世界を救い、用済みとなった勇者たちを廃棄するための処分場。
勇者たちが信じるその話に、しかしクロムは真っ向から異を唱える。
「ですが、この世界を作ったのが神々でないというのなら、一体他の誰が数万人もの勇者を封じるような空間を作れるというのでしょう?」
「それもそうだし、俺たちが
「おいおい……ようやく話を進めようってのに、結局お前らもなんもわかってねぇってのか?」
疑問に疑問を重ねるような現状に、業を煮やした家晴がまどろっこしいとばかりため息を一つ。
しかしそれと同時に、奏汰の隣に座る新九郎が妙案をひらめいたとばかりに手の平を打ち合わせる。
「あのあのっ! そういうことでしたら、まずはここがどういう場所なのかをはっきりさせるのはどうでしょう? エルミールさんのお話では、
「ふむ……
「可能です。静流さんは
「……何か問題でもあるのか?」
まずはこの世界の真実を明らかにする。
新九郎のその提案は、まさに現状を打開する第一歩と言えた。
もしもこの世界がエルミールの言うような勇者の処分場では無く、神の仕業でもないのであれば、
「はい……真皇の闇に触れるということは、そこに囚われている勇者たちの思念に触れると言うことでもあります。真偽はどうあれ、囚われた多くの勇者たちは神に裏切られたと信じています。そこに神であるクロムさんが赴けばどうなるか……」
「なるほど。確かに私はただでは済まなさそうだね……」
「そしてもう一つ。真皇との交信には、以前私たちも足を踏み入れたマヨイガの奥地に到達する必要があります。マヨイガは私たち異世界勇者にとっての城のようなもの。時臣とカルマ……そしてあの無条親王が、それを黙って見過ごすとは思えません」
新九郎の提案に、
神であるクロムが真皇の闇に触れることで、この世界の真実を明らかにできるかもしれないこと。
しかしそれは容易なことではなく、様々な困難が立ちはだかるであろう事を。
「……だとしても、やってみる価値はあると思う」
「虎穴に入らずんば虎児を得ず、とはよく言ったものですからねぇ……」
「勇者の憎悪か……まさかノリノリで勇者システムを利用していた三流神どもではなく、崇高な理念を持つこの私がそれと向き合うことになるなんて、つくづく因果なものだね……」
元より、現世勢力にはこの地を救う手がかりすらないのが現状。
ことの真偽を明らかにする意味でも、現世を救う手立てを得る意味でも、それは避けて通れぬ道のように思えた。
「あいわかった。その策については決行を前提に、早々に仔細を詰めることとする。よろしいでしょうか、上様」
「好きにしろ……なんなら、俺が先陣切って乗り込んでやる」
「はっ! ならば
「いーやーでーすーっ! そんな意地悪なこと言うなら、こっそり鍋島さんの枕元にかたつむり置いちゃいますからっ!」
「むむ……っ」
幕府を預かる大老として申し分なく場をとりまとめる鍋島も、以前よりはるかに固い決意を見せる新九郎の勢いに思わず口をつぐむ。
「俺からもお願いします大老様。吉乃姫は、俺たちが鬼と戦うために絶対に必要な存在なんです。どうか、彼女と一緒に戦わせて下さい」
「奏汰さん……っ! 奏汰さんなら、きっとそう言ってくれると信じてましたぁああ!!」
「……好きにさせてやれ。こんな時世だ……吉乃にとっちゃ、天下のどこよりも
もはや一切の迷い無く放たれた奏汰の言葉。
それを見た家晴は、まるで〝かつての自分たち〟を重ねたかのように頬を緩めた――。
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