共に歩む道


「てぇへんだつるぎ! 江戸港えどみなとにとんでもねぇ数の鬼が出たって!!」

「江戸港……わかった。行こう、新九郎しんくろう!」

「がってんですっ!!」


 文月ふみづきを越え、葉月はづきを迎えた江戸の町。

 夏は遠く過ぎ去り、季節は秋に。


 奏汰かなたがこの地に落ちてはや四ヶ月。

 新九郎との出会いから始まった現世での縁は、いよいよ大きな飛躍を迎えようとしていた。


「来い! リーンリーン!!」

「いざ! 参ります!!」


 大小無数の鬼がひしめく江戸港。

 純白の閃光となって天上からその場へと舞い降りた奏汰と新九郎は、雲霞うんかの如き鬼の群れに一直線に飛び込む。


陽炎剣ようえんけん――断陣凄火だんじんせいか!!」


 先陣を切るのは徳乃新九郎とくのしんくろう

 かつての彼女であれば怯えすくんでいたであろう数の鬼めがけ、新九郎は一切の躊躇無くその二刀を振り抜く。

 

『グギャ!?』

『アギャ!?』

「さらにもういっちょー!! 刃重はがさね――雪火弐尾走せっかにびばしり!!」


 新九郎は業火の二刀で鬼の陣容を真っ二つに切り裂くと、即座に己の後方に炎熱と氷雪からなる二重螺旋の炸裂を巻き起こし、無数の鬼を一網打尽にせしめて見せる。


「なーっはっはっは! これぞ江戸一番の天才美少年剣士である僕が編み出した新技ですよっ! 奏汰さんとの稽古のお陰で、前よりもずーっと強い火や氷が出せるようになったんですからっ!!」


 もはや剣術かすら怪しい凄絶な一撃。

 それは本来の天道回神流てんどうかいしんりゅうには存在しない、新九郎が日々の鍛錬によって編み出した独自の剣。

 すでに新九郎は、己の中に日向ひなたの勇者エリスセナ・カリスの血と力が流れていることをはっきりと自覚した。


 その自覚は、これまで〝ただなんとなく〟で振るわれていた彼女の超常に進化を促し、天道回神流を基礎とした〝新九郎自身の剣〟への光明を指し示し始めていたのだ。


『ギャギャーー!!』

「…………」


 そして嵐のように鬼をなぎ倒す新九郎とは打って変わり、一方の奏汰は鬼のど真ん中で仁王立ったまま微動だにしない。

 あまりにも無防備な奏汰に対し、彼を取り囲む鬼の軍勢は奇声を上げて一斉に飛びかかる。しかし――。


「ふぅ……――」


 だがしかし、奏汰へと襲いかかった鬼はその一つとして奏汰の身に触れることは無かった。

 勇者の力を示す〝輝きを灯さぬまま〟に奏汰は一歩、また一歩と鬼の軍勢へと踏み込み、流れるような動きでそっと鬼に手を添える。


『ゲッ!?』

『ギッ!?』


 するとどうだろう、奏汰に触れられた鬼は僅かなうめき声と共に消滅。

 緩慢だが一切の隙を見せぬ動きで進む奏汰に、鬼共はまたたく間にその数を減らしていく。


(新九郎がカルマや静流しずるさんの攻撃に反応できたのは、新九郎が俺よりも相手の動きや力をちゃんと見てたからだ。そして〝あの男〟も……)


 それは、かつての奏汰からは考えられない洗練された闘技だった。

 奏汰は今も勇者の力を行使している。しかしそれは以前のように、ただ闇雲に放たれているわけではない。


 相対する者の動きを見極め、必要な瞬間に、必要なだけの力を込める。

 見れば、奏汰は踏み込みの一瞬にのみ〝超速の青〟を。

 破砕の一瞬にのみ〝滅殺の赤〟を発動し、それ以外の平常時には無駄な力を一切漏らさぬ〝完全な凪〟を維持していた。


〝期待外れだ。数多の異世界を救い、あの彼岸ひがん真皇しんおうの闇を退けた超勇者の力……いかほどのものかと胸を躍らせていたのだがな〟


 奏汰の胸に去来するのは、台覧試合で対峙した時臣ときおみの言葉。

 しかし奏汰にも、すでに己が何を目指すべきかはよくわかっていた。


(〝勇者の力だけじゃ駄目〟だ……! もし勇者の力でこの世界をなんとかできるなら、とっくに誰かがやってたはず。なら、俺に出来ることは――!!)


 山王祭さんのうまつりでの敗北。

 エルミールとの鍛錬と台覧試合での経験。

 時臣との対峙で見せつけられた自らの未熟。

 そして……深淵の底で見た勇者の虹すら届かぬ無条むじょうの闇。


 それらは奏汰に己の力を一から見つめ直す機会を与え、彼が持つ七つの力にさらなる覚醒を促そうとしていた。


「勇者を超える――! まずはそこからだ!!」


 ――――――

 ――――

 ――


「聞いたか? 江戸港に出た山ほどの鬼を、勇者屋の奴らがあっという間に退治しちまったってよ!!」

「江戸港だけじゃねぇ! この前なんざ、墨田すみだのぼろ長屋に出た鬼を空から降ってきて蹴り飛ばしたらしいじゃねぇか!」

「勇者屋の奉加帳ほうかちょうに金を出した奴から聞いたんだが、なんでも勇者屋の旦那は〝鬼除けの札〟を配ってるんだってよ。鬼が出ても、その札に念じればどっからでも勇者屋がすっ飛んできて、鬼を退治してくれるって話だ!」

「んまー!? そんなもんがあるなら、あたしも一つもらいにいこうかねぇ?」


 一方、勇者屋の活躍はまたたく間に江戸中に轟いていた。


 神田町かんだまちの鬼退治から始まり、闇夜に紛れた金五郎かねごろう一派との戦い、台覧試合たいらんしあいでの勝利など、勇者屋の名声を高める出来事は日々積み重なるばかり。


 そしてそのからくりは、かつて彼岸の元に単身赴いた新九郎に奏汰が手渡した〝白の力を宿した瞬間転移の護符〟にある。


 奏汰はあれと同じ物を勇者屋に出資してくれた人々に渡し、鬼が出ればどこからともなく現れる、江戸の世に現れた桃太郎の如き八面六臂はちめんろうっぴの大立ち回りを日夜続けていたのだ。


「一丁上がりだ! 俺たちにかかりゃこんなもんよ!」

「すごいすごーい! 見て下さい奏汰さん、これが僕たちの新しいお家ですよ! ひえええ……専用の〝かわや〟までちゃんと付いてますっ!!」

「忙しい時期に引き受けて下さって、ありがとうございました」

「良いって事よ。他ならぬ木曽きそ様からの紹介だ。それにあんたら勇者屋の家を建てたとなりゃ、他のやつらにも自慢できらぁ!」

「ちげぇねぇ!」


 葉月はづきの中頃。


 神田上水かんだじょうすいのほとりに位置する奏汰と新九郎の〝おんぼろいおり〟はそのままに、すぐ隣に小さくも見事な造りの新築平屋が完成していた。


 二ヶ月に及ぶ勇者屋としての稼ぎを元手に、二人は預かり不明となっていた庵周辺の土地の所有権の借受を町奉行所まちぶぎょうしょに申請。

 長谷部老はせべろうの計らいもあり、実に迅速に新たな住処を手に入れることが出来たのだ。


「建て増しするなら、次もまた俺たちに声をかけてくれ。あんたら二人にはちょうどいい大きさだろうが、働き手が増えりゃすぐに手狭になっちまうだろうからな」

「その時は、またよろしくお願いします」


 作業を手がけた職人たちに深々と頭を下げて見送ると、奏汰と新九郎は人目がないことをちらと確認する。そして――。


「なんだか、もう本当の夫婦めおとになったみたいですね……」

「う、うん……そうかも」

「えへへ……」


 肌寒さを増す風の流れから逃れるように、新九郎は初めは遠慮がちに……しかしやがて、ぴったりとその身を奏汰にすり寄せた。


「実は僕……奏汰さんから好きだって言われた時には、まだ自分の気持ちがよくわからなかったんです……」

「そうだったの?」

「もちろんとっても嬉しくて、それこそびゅーんってお空に飛んでいきそうなくらい大興奮しちゃったんですけど……そんな気持ちになったのも、初めてだったので……」


 身を寄せたまま、新九郎はその浅緑せんりょくの瞳で奏汰をのぞき込むように見上げる。


「けど……今はもうわかってますっ!! 僕も奏汰さんのことがだーい好きですっ!! なんなら、初めてお会いした時からずっと好きだったような気もしますしっ!!」

「新九郎……」


 普段からきらきらと輝く瞳を十割増しできらめかせ、新九郎は得意満面幸せ絶頂といった様子の笑みを浮かべた。


「頑張りましょうね、奏汰さん……! なんとかしないといけないことはまだまだ沢山ありますけど……それでも、僕はずっと奏汰さんと一緒にいますからっ!!」

「うん……俺も、新九郎とずっと一緒にいるよ」


 色づき始めた草木の下。


 共に手を取り合って歩んできた今日までの証を前に。

 二人は互いの身に優しく腕を回し、かけがえのないぬくもりをその心に刻んだのだった――。


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