四之段
壱
百年の願い
「……なるほど、厳格な制約もなしにここまで勇者の力を引き出すとは。どうやら、お前には相当な適性があるようだ」
「はぁああああああああああああ――――ッ!!」
ついに相まみえた巨躯の男――
両者は既に試合場を遙か眼下に、どこまでも広がる〝江戸の空〟へと戦場を移していた。
溢れ出す七つの光は晴天の空にあってさらに輝く虹の軌跡を残し、時臣の身を四方から散々に打ち据える。
「だが足りぬ。その程度の力では、あの闇に触れることすらできまい」
「闇……?
虹の軌跡と共に、リーンリーンの刃が時臣に迫る。
しかし時臣は聖剣なのかすら怪しい一振りの刀で奏汰の聖剣を受け止めると、まるで空中に足場があるかのように踏み込んで加速跳躍。
ある時はゆらりと。ある時は稲妻のような加速で。
時臣は勇者の虹を発動した奏汰と正面から互角に渡り合う。
奏汰の光刃と時臣の刃が空中で無数に激突し、それは江戸のみならず、天地の果てにまで轟く雷鳴となって日の本を揺らした。
「
「が――っ!?」
炸裂。
一瞬の隙を突いた時臣の刃が奏汰の胸を
その一刀は奏汰を守護する
「く、そ……ッ!」
「〝期待外れ〟だ。数多の異世界を救い、あの彼岸と真皇の闇を退けた超勇者の力……いかほどのものかと胸を躍らせていたのだがな」
「ぐっ!?」
追撃。
奏汰は即座に切り裂かれた肉体を緑の光で修復するが、その治癒が終わるよりも早く、時臣の痛烈な〝峰打ち〟が奏汰の頭上から叩き込まれる。
天をも砕く時臣の打突に、奏汰は鮮血の尾を引いて地面に墜落。
台覧試合用に設けられた上覧舞台の屋根を突き破り、大地に無数のひび割れを起こして激突した。
「奏汰さんっ!?」
「ひゅー! さっすがおっさん、あのかなっちが子供扱いじゃんねぇ!」
「っ……! ま、だだ……ッ!」
しかし奏汰は立ち上がる。
その身をほぼ完全に両断され、遙か天上から叩き落とされたにも関わらず、すでに奏汰の傷は完全に消え去っていた。
「たしかに、一人の勇者として見たお前の力は最強かもしれん。今この時も、お前が全てを出し尽くせば〝俺を倒す〟こともできるやもしれん。だが……〝それだけだ〟」
奏汰を追ってゆうゆうと地上に帰還する時臣。
だが底知れぬ強敵を前に、奏汰の身から溢れる虹の力はその輝きを増し続けている。
時間経過と共に〝無限に力を増す勇者の虹の特性〟を考えれば、勝負の
「退くぞ、カルマ。この程度の力であれば、俺たちがわざわざ足止めをする必要もなかろう」
「まーじか。そいつは残念……ぶっちゃけ、俺もかなっちには期待してたんだけどねぇ」
「無駄だ。少なくとも、今の超勇者にあの闇を晴らす力は無い」
なお戦意を漲らせる奏汰に対し、時臣は大きく開いた闇への道を譲ったのだ。
「どういうつもりだ!?」
「もしかして……僕たちを行かせてくれるんですか!?」
「仲間を救いたければ行くがいい。そして知れ……この牢獄において、お前たちがいかに無力な存在であるかをな」
「ま……仕方ないね」
すでに〝見るべきものは見た〟という時臣の態度に、
「んじゃ、そーいうわけだから。エルきゅんのこと、早く助けてやってよ。結構洒落にならねー状況だと思うからさ」
「お前たちにもすぐにわかる……所詮、勇者ごときに世を救う資格などないのだ。そして……そう思い願うことこそ、あの愚かな神々と同じ傲慢だということをな」
その言葉を残し、時臣とカルマは
残された奏汰と新九郎にも思う所はあったが、この時の二人はひとまずその思いを横に置き、すぐさま深淵の底にその身を投じたのだった――。
――――――
――――
――
〝お兄ちゃん……〟
闇。
そこは無条が作り出した無限の迷宮。
マヨイガのさらに奥底に潜む、数多の勇者を飲み込む闇のほとり。
奏汰との
〝こわいよ……苦しいよ……お兄ちゃん……〟
「ツムギ……」
それまで続いていた板張りの床がうごめく闇に飲まれ、そこから先は一切の光が届かぬ勇者の牢獄。
その闇から聞こえ続ける最愛の妹の声に、カルマは仮面から覗く表情を痛苦に歪め、血も滲まんばかりに拳を握りしめた。
「ごめんな、こんな弱い兄貴で……」
百年。
カルマがこの世界に落ち、妹であるツムギが闇に囚われてからすでに〝百年の歳月〟が流れていた。
本来であれば、真皇の闇に落ちた勇者が百年もの年月に耐えることはできない。
しかしカルマは自らの勇者スキルであるスティールを使い、他者から奪った様々な力をツムギに分け与えることで、彼女の命を必死につなぎ止めていた。
〝もういいんだよ……このままじゃ、お兄ちゃんの心が壊れちゃう……だからもう、わたしのことは……〟
「……なーに言ってんだよ! 今日は俺もバリバリに働いて、残ってた結界の一つをぶっ壊してやったんだ! これで残りはあと二つ……あと二つ壊せば、お前をそこから出してやれる……!」
闇から届く妹の悲痛な声。
しかしその声は、闇に囚われた我が身よりも、現世で百年にわたりその手を汚し続けるカルマのことを深く案じるものだった。
「マジであと少しなんだ……! 散々待たせちまったけど、ようやくお前をここから助け出せる。そうしたら、今度こそ二人で家に帰ろう。な?」
〝お兄ちゃん……〟
カルマは、最後まで闇の前で仮面を取らなかった。
仮面を取らぬまま。
隠されていない口元にだけ、必死に笑みを浮かべ。
果てしない闇に向かい。
大切な何かを慰めるように、虚空に手を伸ばしていた――。
〝雨は降る
血みぬる
ついぞ
忌々しかりける
救い求めず〟
しゃらん。
しゃらん。
鈴が鳴る。
ようやく見えた闇の終わりは果たして
それとも――。
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