勇者商売～異世界帰りの勇者が江戸でポンコツぼくっ子ドヤ姫剣士と成敗する話～

闇を抜けて

『あの光、剣奏汰（つるぎかなた）……？』

『剣（つるぎ）さん……徳乃（とくの）さんまでっ！！』

　圧縮された闇の領域。

　まるで深い海の底へと加速潜行するかのように舞い降りたのは、超勇者奏汰（かなた）の七色の光――剣神（けんしん）リーンリーンだった。

『あっ！　見て下さい奏汰さんっ！　あの光って、姉様とエルミールさんじゃないですか！？』

『二人とも無事か！？』

『ほむ、あれは先に見た〝もう一人の異界人（いかいびと）〟かの。ほっほ……賑やかなのは大歓迎ぞ』

『勝機……！　飛んで、エルミール。あの二人のところに！』

『飛ぶ？』

『ここの力の流れを見ていて気付いた。ここはぜんぶ〝無条（むじょう）の世界〟……だから、ここでいくら戦っても無意味。剣奏汰と一緒に、ここから出ないとあの変態には勝てない』

『ここが無条の世界……！　なるほど……わかりました！！』

　緋華（ひばな）の助言を受け、エルミールはすぐさまオーラクルスを飛翔。一直線にこちらへと向かってくる剣神リーンリーンの元に合流する。

『来て下さって助かりました……っ！　でもどうやってここに！？　外の時臣（ときおみ）とカルマは！？』

『詳しい話は後だ！！　俺たちはどうすればいい！？』

『まずはこの闇を抜けます！　次の手は現世で！！』

『よし……！　ならエルミールは前に、後ろは俺がやる！！』

　天と地。闇の中を切り裂いて飛ぶ二つの光が交差し、螺旋を描くようにして混ざり合う。

　閃光と虹の光。二人の勇者の極光は結びつくことでその光を増す。

『ほっほ……我の箱庭がここまで明るくなったのは久方ぶりよの』

『ひええっ！？　なんですかこの気持ち悪い声！？　どことなく聞き覚えがあるんですけど！？』

『あいつがこの力の正体か……！』

『今あれに構ってる暇はありません！　行きます！！』

　並び立つ二体の神。

　双方は形状の異なる光翼を展開し、無条の闇から離脱すべく加速した。

『ご無事ですか姉様っ！？　どこかお怪我とかはされてませんか！？』

『心配ない。それより、あなたこそどうしてここに……』

　エルミールと共にオーラクルスの魂の座に立つ緋華は、自分と同じようにリーンリーンに乗っているらしき新九郎（しんくろう）に声をかけた。

『僕が姉様を一緒に探したいってお願いしたら、奏汰さんがこのお人形さんに僕を乗せてくれたんですっ。そうしたらいきなりぶわーってなって、今もぐいーんってなってましてっ！！』

『…………』

　奏汰と共に剣神リーンリーンに乗り込み、興奮を隠せぬ様子の新九郎に緋華はしばし押し黙る。そして――。

『剣奏汰』

『俺っ！？』

『狭くて暗い場所で二人きりだからって、そこでその子に何かしたらちょん切るから……この先も絶対に、何があってもその子を守って。いい？』

『……！　ああ……約束する！！』

　この世の終わりのごとき鋭さで放たれた緋華の念押し。

　しかし奏汰はもはや迷わず、決意と共に断言した。

　緋華はその言葉に込められた思いに〝何事かを察し〟、そして……大きなため息をふうと一つついた。

『……腹立たしいけど、こいつの方がわたしの知ってる勇者っぽい。あなたも少し見習った方がいい』

『そ、そうですか？　なら、そうさせてもらいますねっ！』

『なんぞ……？　もう一つの浄瑠璃人形（じょうるりにんぎょう）が現れてから、我の想い人の匂いが増しおった……？』

　だがしかし。

　闇を飛翔するリーンリーンとオーラクルスに無条の闇が迫る。

　無条はその嗅覚で〝緋華ではないもう一つの気配〟を感じ取り、それまでとは違う執着を持って二つの光に興味を示したのだ。

『おい異界人よ。お主、その人形に何を隠しておる……？　我にその中身を見せてみよ。ほれ、ほれほれほれ……！！』

『ひええええっ！？　な、なんですかこの人ーー！？　おもいっきり鳥肌なんですけどおおおおおっ！？』

『新九郎には指一本触れさせない！！　やるぞ、リーンリーン！！』

　先行するオーラクルスを庇い、無条の闇に剣神リーンリーンが立ち塞がる。

　ついに無条の闇と対峙したリーンリーンはその光翼を雄々しく広げ、聖剣に収束させた七色の光を無条の闇めがけて撃ち下ろした。

『けどっ！！　もちろん僕だって、守られてばっかりじゃありませんよ！　この真っ暗な場所を抜けてくる間に、奏汰さんと一緒に新技を開眼してきたんですからっ！！』

　そして次の瞬間。

　漆黒の世界に新九郎〝渾身のどや〟が鳴り響く。

　そのどやに呼応し、リーンリーンの放つ七色の光に氷雪と炎が寄り添う。それは奏汰と新九郎の力を重ねた〝九つの力〟となって、迫り来る無条の闇を徹底的に滅ぼして見せたのだ。

『なーーっはっはっは！！　江戸一番の天才美少年剣士である僕と、元からとーってもお強い奏汰さんにかかればこんなもんですよっ！！　どやーっ！！』

『だな！　この調子でいこう！！』

『ちょっとまって欲しい……もしかしてあなたたち、今そこで手を繋いでないでしょうね？』

『ひえっ！？』

『うえっ！？』

　自らの経験にもとづく余りにも鋭すぎる緋華の指摘に、奏汰と新九郎は無条の闇などよりよほど恐ろしい悪寒をその背に覚えた。

『やはり匂う……！　匂うぞ……！！　我の庭に満ちるこの香り……！！　今すぐむしゃぶりつきたいほどぞ！！　ほーっほっほっほ！！』

『ぴえええええ！？　もっと元気になってるうううううう！？』

『まさか、効いてないのか！？』

　だがリーンリーンの一撃に砕かれた闇はすぐさま再生。

　それどころか今度は奏汰たちの目指す天上を覆うように現れ、その行く手を阻まんとする。

『次は私たちが！！　お願いできますか、緋華さん！！』

『むぅ……まあ、いいけど……』

　そんな闇に対し、今度は先行するオーラクルスがその聖剣の切っ先を突き出す。

　放たれた光には激しい雷光が伴い、それはエルミール一人ではなし得ない断固たる殺意と破壊の意思となって闇を打ち砕く。

『ほほ……ほほほ！　おほほほほほほほほほ――ッ！！　逃がさぬ……！！　逃がさぬぞ異界人よ！！　その人形を八つ裂きとし、ほじくり返して確かめさせよ――！！』

『無条……！！』

　剣神リーンリーンと閃神オーラクルス。

　勇者としての究極に至った二つの光を受けてなお、無条はそれすら意に介さずその闇を増し続ける。

『なんて奴……！！　こんな化け物が、どうしてここに……？』　

『ま、待って下さい！　目の前のあれ……っ！　あれって、もしかして出口じゃないですか！？』

　しかしその時。光速にも迫る速度で飛ぶ奏汰たちの前に、ついに現世へと続く光が現れる。

『待て待て待て……！　見せろ見せろ見せろ……！　我にその腹の中を見せよ……！！　母上の残り香を、我によこせ――ッッ！！』

　最後の攻防。

　押し寄せる闇の津波と化した無条がその大口を広げ、現世の光すら消し去ろうと無数の触手を伸ばす。

『私たちの道行きは、邪魔させません！！』

『変態でしつこい男なんて最悪』

『い、いくらなんでも……！　貴方みたいなの絶対に無理ですぅっ！！』

『一瞬でいい！！　ここで叩きつける！！』

　弾ける。

　雷光を纏うオーラクルスの閃光が。

　氷炎を纏うリーンリーンの虹が。

　闇を払う全ての力が一点に集い、それは追いすがる無条の闇を押し戻し、光の帰還を後押しする力となってさらに加速。

　一瞬の後。巨大な炸裂が闇の中に巻き起こり、それは市ヶ谷八幡宮（いちがやはちまんぐう）前に設けられた試合場の深淵を爆砕。

　そしてその爆炎から二条の光の尾を引いて、二つの光が現世の青空に舞い上がったのだった――。