緋の華
「ひば、な……さん……っ」
「この世界のあなたのこと、ぜんぶ見た。今のことも、昔のこともぜんぶ……別に、見たくて見たわけじゃないからわたしは無罪」
「私の……ことを……?」
力を失い、心を砕かれ、闇に沈まんとしていたエルミールの眼前。
現れた
『ほっほっほ……なんぞなんぞ、誰かと思えば先ほどの恐ろしげな
「だめ、です……早く……逃げてくださいっ! 私は……なにも出来なかった……。なにも救えなかった……! このままでは、緋華さんも……っ」
「……もう一度言う。あなたは本当に馬鹿。あなたは、〝あの女の気持ち〟をなにもわかってない……!」
現れた緋華に、闇の中で笑みを深める無条。
意識を取り戻したエルミールは必死に緋華に逃げるよう促すが、緋華は聞く耳も持たず言葉を続ける。
「今ならわたしにもわかる……あの女は、あなたに一緒にいて欲しかっただけ。国のことも、身分もぜんぶ横に置いて……あなたの正直な気持ちを伝えて欲しかっただけ」
「……っ」
「あなたはこの世界にいた時から勇者だったのでしょう? 英雄だったのでしょう? それなら国もあの女も……他の男なんかに頼らないで、自分の力で守ってみせるくらい言えないの? あなたはここで決断を逃したんじゃない……あなたはここで、〝あの女と生きることを諦めた〟の」
「諦めた……? 私が……シェレン様を……っ」
『なんぞ……? よもや我はのけ者かの? これ、少しは我の相手もせんか、〝びりびり女〟よ』
瞬間、無条が動く。
元より、緋華とエルミールの会話を
しかしそれは緋華も承知。
緋華は油断なく張り巡らせていた
「死ね、変態。こっちは取り込み中」
「くっ……! 無茶です、緋華さん……っ!!」
『ほっほー! なるほどなるほど、先の小競り合いで〝我の力の流れ〟を見極めおったか……先ほど光に纏わせた
「わたしはあなたとは違う。こんな変態になにを見せられても信じない。たとえそれが本当に現実だったとしても……わたしはそんな現実認めない」
かつて、もう一人の母である勇者エリスセナからその才を認められ、教えを受けた緋華の雷の力。
それはこの極限状態の中で、雷のみならず闇と光という不定形の力すら見極めるまでに開花していた。
緋華は無数の雷光と共にクナイを周囲に投げ放ち、展開した
「立ちなさい!! エルミール・トゥオルク!! こんなやつの言葉なんて聞くことない。そして、あなたが今日までずっと諦めてきたのなら……〝もう二度と諦めるな〟!! 〝わたしの知ってる勇者〟は……わたしの大好きなお母様は、どんな時でも諦めなかった!!」
「緋華、さん……っ!」
あらん限りに叫びながら、緋華はまさに決死の覚悟で闇の中を舞う。
まだ立てると。
まだやれると。
自分の知る勇者ならば。
エリスセナならば。
たとえどんな時でも諦めはしない。
緋華が知る中で、〝勇者ほど諦めの悪い存在はいない〟と。
そうして緋華は闇に舞う儚くも力強い火花となって、消えかけていたエルミールの心に必死の思いで火を灯そうと呼び掛け続けた。
「諦めるなエルミール!! あなただって……わたしのお母様と同じ勇者でしょう――っ!?」
『ほむ! 見事な舞よ……しかしそろそろ見飽きた。これからは我が箱庭の内で存分に舞うがよい!!』
「っ!」
ついに無条の闇、その質が変わる。
それまでの戯れが終わり、今度こそ緋華を取り込まんと無数の闇を伸ばす。緋華の雷光が押し負け、彼女の身を守っていた電の領域が脆くも崩れ去る。しかし――!
「示せ……っ!! オーラクルス!!」
『おん?』
だがしかし。
その闇が緋華を飲み込むことは無かった。
「ありがとうございます、緋華さん……っ! 私は……っ!!」
「……遅すぎる。次からはもっと早くして」
現れた光。
それは
再顕現した光の内。再び魂の座に招かれた緋華の視界に、輝く聖剣を握りしめてぼろぼろと涙を零すエルミールの姿が飛び込んでくる。
「本当に困った人……でも、泣くなとは言わない。あなたは、ちゃんと間に合ったから」
「はい……っ!!」
『おおー? またもや先ほどの
再び発動したエルミールの力。
しかしそれを前にしても、無条は余裕の笑みを崩さない。
「たとえそうだとしても……私はもう諦めないっ!! 貴方が見せた光景も、運命も……なにもかも!! 私は絶対に、この手で塗り替えて見せます!!」
「そう。それなら、わたしも助けてあげてもいい」
『なんとも暑苦しいことよの……ならば、諦めぬままに死ぬがよいぞ』
光と闇。
再び対峙した力の極致。
双方の力が大きく膨れあがり、それは闇に包まれた無条の世界を大きく鳴動させた。
だが、その時――。
『――無事か、二人とも!!』
『はわわっ!? 姉様ー!? 緋華姉様はご無事ですかーーっ!? ひえええっ! 真っ暗だし不気味だしで怖すぎるんですけどここーー!?』
「この声……っ?」
「あの光……
今まさに激突が始まろうとしたその時。
闇を切り裂くもう〝一つの極光〟が、両者めがけて舞い降りたのだった――。
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