闇の底へ


 閃神せんしんオーラクルス。


 それは奏汰かなた剣神けんしんリーンリーンと同様、己の勇者スキルを極限まで高めたエルミールが行使可能になる勇者の到達点。


 エルミールの勇者スキルであるジャッジメントは、その能力の特性上自身の意思で力の増減を制御出来ない。

 しかし一度その力を解放可能な巨悪と対峙した時。

 彼の力は全ての勇者を越え、神を越え、あらゆる邪悪を押し潰す絶対的な断罪の閃光となって顕現けんげんする。


 収束した光の先。


 現れた閃神オーラクルスの全身は純白に輝き、頭部甲冑には一対の壮麗な翼飾り。全身の意匠は控えめながら美しく、それはどこかエルミール自身の人柄を想起させる。

 すらりと伸びた右手には一振りの長剣を装備し、その背には巨大な〝十字型の可動翼〟を背負う。

 その姿はさながら、勇者と言うよりも〝贖罪の戦場に赴く英雄〟然とした威容だった。


「ここ、どこ? わたしの体も治ってるし……」


 ついに顕現した閃神オーラクルス、その内部。

 魂の座と呼ばれる亜空間で目を覚ました緋華ひばなは、すぐ傍で純銀の聖剣を掲げるエルミールに尋ねた。


「ここは私の領域です……簡単に言えば、私の力で用意した〝駕籠かごの中〟のようなものでしょうか」

「あなたの、力の中……?」

「承諾も得ず、緋華さんをこのような場所にかくまったことは謝罪します……ですが、無条むじょうの力から緋華さんを守るためにはこうするしかなかったものですから……」

「それはいい……けどあなた、またわたしを助けて……」

「待ってください! 来ます――!!」


 瞬間。淡く輝く亜空間に並び立つ二人の前に、上下左右全ての光景が映し出される。


 それは闇。

 だがただの闇ではない。


 真空や新月の夜のような、空虚で透明な闇とはまったく違う。

 例えるなら、その闇はドロドロに溶け、うごめく漆黒のマグマ。


 形容しがたい濃密な質量と圧力を持った〝不浄の黒〟が、光の極致である閃神オーラクルスを完全に攻囲こういしていたのだ。


『ほっほっほ……なんぞなんぞ? 我は人をくびり殺そうと思っておったはずだが、気付けば人が浄瑠璃人形じょうるりにんぎょうになっておった……よもやお主、今からそれで我を楽しませてくれるのかの?』

『私の力は、対峙する者が奪った命の数に比例する神判しんぱんの力です……! 私がこの姿になったということは、貴方がそれだけの命を奪ってきたという事に他なりません――!!』

『ほむ……? またなにやら小難しいことを言いおって。もうよい……歌も舞もないなら殺すぞ』

『やれるものなら――!!』


 闇が動く。

 光がはしる。


 すでに無条の姿は闇に溶けた。

 しかし無条の声は場を満たす全ての闇から響き、その視線と気配もまた同様。

 

 まさに無条そのものと化した闇がオーラクルスを押し潰そうとその圧力を増し、それを迎え撃つオーラクルスは迫る闇の総量と同じだけその力を増した。


『はぁああああああああああああああああ――ッ!!』


 無窮むきゅうの闇。その渦中を閃光の神が駆ける。

 ぐんぐんと速度を増し、オーラクルスは行く手を遮る闇をズタズタに切り裂いて飛翔する。


 突き出された聖剣の刃からはまばゆいばかりの光が溢れ、それは無限に連続する光の炸裂となって数百、数千、数万、数億の破壊を無条に叩きつけた。


『お、おおおお!?』

『なんて悪意……!! いったい貴方は、これまでどれだけの命を奪ってきたというのです――!?』

『ほっほ! 知らんのう……!!』

 

 瞬間。闇がその姿を変える。

 それまで不定形に漂い、光に蹂躙されるだけだった闇がまたたく間に収束。闇にあってさらに深く、真の闇とも言える〝黒き巨人の影〟を漆黒の中に描き出す。


『よいよい、よいぞ。こうも体を動かしたのは、先日の蹴鞠けまり以来よ。さて……次は我の手番ぞ』

『遊んでいるわけじゃない!!』


 巨人の影がオーラクルスに迫る。

 その巨体はかつて山王祭さんのうまつりに現れた真皇しんおうの全長を上回り、もはやオーラクルスが砂粒に見える程。

 しかもその巨大さでありながら、無条の影は音速を遙かに超える速度で飛ぶオーラクルスをまたたく間に捉えて見せたのだ。


『ほれ、そっちは行き止まりぞ』

『ぐ――っ!?』


 富士の山もかくやという巨大な手。超高速で迫る闇の壁によって、オーラクルスが羽虫のように弾かれる。

 その一撃はオーラクルスを覆う防御障壁を粉々に砕き、右半身を形成する甲冑を大きくひしゃげさせた。


『ほっほ、どうした? かように容易く壊れてはつまらぬであろ?』

『この、程度――――ッ!!』


 だがオーラクルスは即座に輝きを増して加速。

 一瞬にして破損部位を修復し、無条の巨腕を肩口まで真っ二つに両断。

 がしかし、オーラクルスが切り裂いた腕はそのまま第二第三の巨人となって再生。休む間もなくエルミールの光を散々に叩き砕いた。

 

『ぐ、ああああ――ッ!?』

『ほーっほっほっほ。ほれほれ、まだ我はこのとおりぴんぴんしておるぞ。もっと気張ってみせんか。のう?』

『つ、強い――!! なぜ……どうしてこんな存在が……!?』


 恐るべしは無条の闇。


 超勇者奏汰かなたの剣神リーンリーンに匹敵、もしくは勝るであろう今のエルミールの力を受けているにも関わらず、無条の余裕と不気味な笑い声は鳴り止むことがない。


「……見てられない。わたしもやる」

「緋華さんっ!?」


 だがその時。

 それまでエルミールの奮闘を見ているだけだった緋華が前に出る。

 緋華は疲労と焦りで息を切らすエルミールの手を自ら取って深く息をつくと、お互いの身に激しくも暖かな雷光の力を灯したのだ。


「これは……まさか、後ろから見ていただけで私の力の流れを……?」

「守られっぱなしなんて性に合わない。それにあの変態は、ちょん切るだけじゃ気が済まない……!」

「わかりました……私と一緒に戦って下さい、緋華さん!!」

「がってん……!」


 光と雷。


 二つの力が一つとなって、オーラクルスの閃光が無数の雷条と化して闇を引き裂く。

 その勢いは闇の再生速度をついに上回り、それまで完全な闇に包まれてた無条の世界にわずかずつ光をもたらし始める。


『ほむ……? 異界人いかいびとの力に、我が〝想い人の残り香〟が混ざっておる……なんとも腹立たしいことよの』


 力の質を変え、新たに緋華の雷業らいごうを纏ったオーラクルス。

 その力を見た無条の声に、初めて驚きの色が浮かぶ。

 

『なかなかにやるではないか、役立たずの異界人よ。お主がもっと早うこの力で時臣ときおみを助けていれば、今頃お主も他の者も、無事に故郷に帰れておったやもしれんのにのう……?』

『黙れ――!! 私の力は、私の剣は……力なき人々を守るためにある!! それは時臣も、カルマも、つるぎさんも……静流しずるさんだって!! 私たち勇者はみな、そう信じて剣を振るってきたのです!!』

『片腹痛いぞ、異界人よ……さんざん現世の民をいたぶりつくし、苦しめたお主らがどの口で〝信〟などとほざきおる? 我を邪悪と断ずるならば、お主ら勇者も同罪よ!!』

『だとしても――!!』


 嵐のような巨人の猛攻と、その闇を食い破る閃光の神。

 両者の攻防は一進一退。

 その死闘は、いつまでも終わること無く続くかに見えた。


『よかろう……ここまで我を楽しませてくれた褒美ぞ。神判の勇者エルミール・トゥオルク……この無条の名において、お主は生まれし世に帰ることを許してやってもよい……』

『!? なにを……!?』


 しかしその激闘の最中。

 無条の声が突如として荘厳そうごんな色を帯び、理解しがたい何事かをささやく。そして――。


『舞え舞え勇者――舞わぬものならば――』

『歌が……!?』

『歌が、聞こえる……?』


 しゃらん。

 しゃらん。


 鈴が鳴る。


 魔の子や鬼の子にゑさせてん 

 踏みらせてん

 まことに美しく舞うたらば

 生まれし世まで帰らせん


 何処いずこより聞こえしわらべ歌。


 エルミールと緋華。

 二人がついに辿り着いた闇の底。

 静かに響く、誰のものとも知れぬ歌声に導かれた先――。


 ――――――

 ――――

 ――


「ここは……?」


 気付けば、エルミールは一人だった。


 天を仰げば青い空が。

 大地に目を向ければ、そこには美しい草原がどこまでも広がる。

 そして、その先には――。


「あれは、ファルランタ城……? そんな……まさか……っ!?」


 驚愕に見開かれたエルミールの瞳。

 その瞳に映る光景は、紛れもなく彼の故郷。


 夢にまで見た、祖国の景色だったのだ――。


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