七
決戦の幕間
「あーあ……やっぱり僕も最後まで試合に出たかったですよ~っ!」
「だめ」
「
「本当にここまでありがとうございました。あとは私たちに任せて、
日は間もなく夕暮れを迎える。
公正館の面々が控える陣幕のさらに裏では、緋華の物と同じ
「わたしと新九郎は背もほとんど同じ。二刀の扱いも問題ない」
「
決勝の大舞台。
それは主賓である
少々危険な賭けではあったが、そもそも参加者が緋華に入れ替わっていれば、なにがあろうと新九郎の正体がばれることもない。
新九郎も〝緋華が愛用する首巻き〟で顔の下半分を隠し、後はこのまま幕裏で待機する算段となっていた。
「ですが、緋華さんは本日初めての立ち合いになります。くれぐれも無理だけはしないようにしてくださいね」
「侮らないで。たしかにわたしの剣は新九郎には劣る……けどあなたよりはずっと上」
「でしたらなおさらこの目で見るのが楽しみです! 私も緋華さんの剣から勉強させて頂きますね!」
「むぅ……またきらきらして……」
緋華得意の
実際、カルマの後押しと緋華との交流を経たエルミールの笑顔は以前より明るくなり、本来の彼が持っていた晴れやかな素直さも日々高まるばかりだった。
「よし、俺たちもそろそろ戻ろう。あとはやるだけだ」
「ですね! 試合には出られなくても、僕も最後まで全力で応援しますからっ!」
入れ替えを終えた四人は、そのまま
だがそこで四人を待っていたのは、実に〝意外な来訪者〟だった。
「ちっ……戻ったか」
「貴方は……
「おお、
「どうしたもこうしたもないわよっ! さっき、いきなりこいつらがここに来て……」
自陣に戻った
「ぬかったわ……お主らのようなままごと道場が、よもやここまでやるとは……!」
「なによ!? そんなことを言いにわざわざ来たの!? そう焦らなくたって、すぐに白黒つけてやるわよ!」
「出しゃばるな宗像……すまぬ、
突然の赤龍館の来訪に、場は一触即発の様相を見せる。
しかしそれを制したのは宗像と共にやってきた初老の男、赤龍館の総師範――千堂斎であった。
千堂斎はおもむろに宗像の前に出ると、平伏こそしないまでも、はっきりと腰を曲げて公正館の面々に頭を下げたのだ。
「まさか、謝りにきたのか……?」
「ええっ!? い、いきなりどうしちゃったんですか!?」
「我ら武門にとって、武の誇りと体面は決して無視できぬ
「ぐぬぬ……っ! なぜ、俺がこいつらに頭を……!!」
師範の厳しい一喝に、宗像は苦虫を噛みつぶしたような表情で同じく頭を下げた。
しばし呆気にとられていた一同だったが、やがて千堂斎の意図を汲んだエルミールが口を開く。
「頭を上げて下さい、千堂斎様。江戸での武門のならわしは私たちも心得ております。だからこそ私たち公正館も、こうして貴方がたの申し出を受け、ここまでやってきたのですから」
「全ては私の不出来……私は赤龍館を、名実共に日の本一の道場にすべく日々教えを説いてきた。今日まで公正館を目の敵としたのも、同じ
現れた千堂斎の語る武の理念。
それは現代人である奏汰から見ると〝やや遠い〟、
江戸後期において、道場や流派は実技と同じかそれ以上に体面……つまり〝名を売ることこそが至上〟とされていた。
中でも赤龍館は上級武家の親族のみで構成された名門中の名門。
公正館のような〝町民剣術〟より格下と認知されることは、即ち流派存続の危機をもたらすことと同義であった。しかし――。
「だが、貴殿ら公正館がこの晴れ舞台で大一番まで上がり、いざ刃を交えるとなった時、私は己の不明を痛感した次第……神前と皇族のお歴々に奉納する我らの研鑽を私怨で汚すことは、武門の端くれとして何よりも恥ずべき事と……」
そう。〝由緒と名〟によって支えられてきた武の名門赤龍館にとって、皇族と幕府の重鎮が見守る〝台覧試合の重み〟は公正館の比ではない。
その重みを背負う千堂斎にとって、公正館との大一番が自分たちの〝下らぬ私怨で台無しとなる〟ことは、何よりも避けなければならない事態だったのだ。
「此度はすべて、公正館を見くびっていた我らの落ち度……貴殿らは見事ここまで勝ち進み、十分にその武を示された。我らへの恨み辛みは重々承知……しかし何とぞ、今だけは我らへの恨みを一度水に流し、互いに市ヶ谷に根を張る武門として、神前に恥じぬ剣を交えて頂けないだろうか……」
「……三郎さんと春日さんはそれで構いませんか?」
「わ、私!? 私は……試合の間だけなら、まあ……」
「俺は構わねぇぜ……そこにいる宗像にやられた怪我は、
「なら、私もお二人と同じです。決勝ではお互い心ゆくまで剣を交えましょう、千堂斎様」
「かたじけない……!」
あまりにも予想外の展開ではあったが、こうして公正館と赤龍館は双方納得の上で、大一番での正々堂々の勝負を誓った。
「なるほどな……俺にはよくわからないけど、あの人にとって〝この試合をちゃんと戦う〟っていうのは、すごく大事なことなんだな……」
「たとえどのような考えであれ、互いに敬意を持って技を競い合えるならそれが一番です……これで私たちの問題が解決したわけではありませんが、今は赤龍館の皆さんから申し出てくれたことを喜びましょう!」
立ち去る千堂斎と宗像を見送り、エルミールは満足と安堵の笑みを浮かべて頷く。だが――。
「おのれ……! くだらぬままごと剣術が、このままでは済まさぬぞ……っ!」
だがその去り際――陣幕の切れ間から見えた宗像の眼光は、
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