六
決断の先へ
「では皆さん! 明日の
粗末だが広々とした
すでに外は日が暮れ、夏虫の鳴き声に秋の鳴き声が混ざる。
師範にして道場主であるエルミールのかけ声を合図に、道場に集まった門下たちは、道場の
今夜の宴は、その決起集会である。
「頑張れよ
「
「もちろんよ! この二週間、木刀での稽古はめいっぱいやってきた。さんざん威張り散らしてるあいつらに、どっちが上か思い知らせてやる!」
「公正館と
公正館代表として意気を上げるのは、剣術小町の春日と師範代の三郎だ。
三郎の言葉通り、公正館の代表は実質彼らとエルミールの三人。
本来であれば師範代の三郎が座るのは副将だが、
二人の前にはこんがりと焼かれた
試合の前日とあって酒は禁じられていたが、それ故に門下達の士気はいやがおうにも高まり、
「今回のこと……ありがとな、
「……私が皆さんと共に歩むと、そう決めたことですか?」
そしてまた別の一角。
そこにはエルミールと奏汰、そして新九郎と
「それだけじゃない。俺たちの所に最初に話し合いに来てくれたのは太助さんで、その後一緒にいてくれたのも、俺に剣の稽古をつけてくれたのも、全部太助さんだろ? 世話になりっぱなしだ」
「僕もそう思います……太助さんとお話ししてみて、
そう言って、奏汰は改めてエルミールに頭を下げる。
カルマの来訪の後、エルミールは現世勢力への協力を決意した。
いまだ
道場に現れたカルマが予告した、〝江戸襲撃計画〟の標的となるであろう場所や、
それまで受けに回らざるを得なかった幕府側も、エルミールの協力によって能動的に警戒を行うことが可能となっていた。
「そんなことはありません……緋華さんからも言われました。ここに来て七年……私は数え切れないほどの人々に助けて貰ったのに、皆さんが苦しむのを
「……けど少し時期が悪かった。今の幕府は〝皇族のもてなし〟で動けない。あなたとの詳しい話も、台覧試合の後にならないと無理」
俯くエルミールの気落ちを遮るように、緋華は幕府の現状を語る。
それは彼女にしては珍しい、己の咎を悔やむエルミールへの気遣いのようにも見えた。
「でもでもっ! 事前に鬼が出るってわかっただけでも良かったですよ! なんの備えもないのとじゃ、天と地ですもん!」
「だな。おかげで俺たちも、試合に来る〝偉い人たちの護衛〟って理由で試合に参加できる。明日に鬼が出るかはわからないけど……きっと可能性は高い。気を引き締めていこう」
緋華の言葉通り、現在の幕府城内は〝皇族ご一行〟の警護ともてなしで
現代の感覚であれば、現世の崩壊がかかる状況でなにをと憤るところであろうが、
それほどまでに、
「ねぇ……どうしてわたしたちを助ける気になったの?」
「それは……たった今お話ししたとおりですよ。私は、ここで皆さんから受けたご恩をお返ししようと……」
「違う。わたしが聞きたいのは、そうするって決めた理由」
そしてその時。
円となって座る四人の中で、ちょうどエルミールの正面にいた緋華が切り出す。
「あなたが恩を返したかったのは、ずっとそうだったはず。でも今までそうしなかった……それなのに、どうして?」
「……緋華さんには、私のすべてを見透かされてる気がします」
「答えて。わたしはとても気になってる」
緋華の言葉に、二人の様子を横から見る奏汰と新九郎は思わず息を呑む。それほどまでに緋華の言葉は鋭く、真っ直ぐだった。
「……カルマのためです」
「あいつの?」
「はい……カルマは、私よりもずっと重い理由を背負ってここで戦っています。それなのに彼は、私が皆さんと深く関わることを許し、皆さんを傷つけることを止めようとしました……そんなことをすれば、彼の願いは〝遠ざかってしまう〟はずなのに……」
そんな緋華の問いに、エルミールもまた彼女の視線を正面から受け止めて応じた。
「でもそうじゃなかった……カルマが私をずっと守ってくれていたのは、もしかしたら、いつか〝こうなった時のため〟だったのではと……そう気付いたんです」
「こうなった時って……どういうことだ?」
「それって……カルマさんは最初から、太助さんを〝僕たちと協力させようとしてた〟……ってことですか?」
「そうです……カルマはきっと、私たちの方法以外の術もずっと探していたのでしょう。そこに
エルミールの語るカルマの真意。
カルマという男を良く知るであろうエルミールの言葉に、まだ彼をよく知らぬ三人もそれぞれに思いを巡らせた。
「一度黒に染まりきれば、黒以外の道は選べなくなる……だからあの男は、あなたを黒に染めずにいたかった……?」
「そういう人です……そしてそういう人だということに……私はカルマにあそこまで言われて、やっと気付いた……」
それは果たして、エルミールの自分勝手な解釈だったであろうか?
しかし今の彼の言葉に、そのような疑念はない。
静流のために。
カルマのために。
闇に囚われた仲間のために。
これまで己が動かなかったことで失われた、大勢の命のために。
奏汰たちと共に全てを救う。
どちらか一方のみを救うよりも、遙かに過酷な道を進むと。
「きっと私は、これからも何度となく迷うでしょう……ですがそれでも、今度こそ私は私の大切なもののために戦う……! みなさんと……今日まで私を守ってくれたカルマたちのために戦います!!」
ようやく己の道を歩み始めた少年。
友と仲間によって灯された少年の決意の篝火は、今まさに彼の心で燃えさかっていた――。
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