背を押す者
「カルマ……」
「よっ! 心配だったから遊びに来たよん」
「…………」
現れた声の主。
それは
「……こいつを連れ戻しに来たの?」
「うえ!? そっちの君、エグい殺気じゃん? まあそう怒らないでよ。俺もそっちのエルきゅんと一緒で、戦いにきたわけじゃねーし。っていうか……もしかしたら、そっちに〝好都合なこと〟をしにきたのかもしれないよん?」
突然のカルマの出現に、
しかしカルマはどこ吹く風だ。
仮面の下に覗く口元だけでへらりと笑い、両手を広げて敵意がないことを示した。
「少し一緒にいただけのアンタも気付いたんでしょ? 俺たちの大切な仲間のエルきゅんは、とーっても優しくて、〝異世界ロマンス詐欺〟なんかにも思いっきりひっかかっちゃうタイプでね」
「私の身勝手で心配をおかけしたことは謝ります……ですが、私は貴方たちを裏切るつもりでこのようなことをしたわけではありません」
「わかってるって。エルきゅんはいつだって大真面目だ。真面目に悩んで、真面目に馬鹿やってる。俺からしたらなにやってんの?って思うようなことも、今みたいに平気でやっちまうんだもん」
「では、なぜ?」
互いの距離は畳四枚といったところ。
警戒を強める緋華を案じたエルミールは彼女を庇うように前にでると、カルマにその真意を尋ねる。
「大したことじゃねーのよ。いっつも悩んでばっかりのエルきゅんに、俺から一つアドバイスしようと思ってさ」
「アドバイス、ですか……?」
驚くエルミールに、カルマは口元の笑みを深める。
「なあエルミール……アンタはここに来てから、ずっと〝俺たちの役に立ててない〟って気にしてたっしょ?」
「…………」
「けどさ……とりあえず〝俺はそんなこと思ってねぇ〟よ。むしろアンタみたいに悩んで、いつのまにかここの奴らにも大人気で……けどそのせいで動けなくなっちまう〝ゲロ甘勇者〟のアンタがいたから、俺は好き勝手できたのかもなんて……そんなことも考えたりしてね」
果たして、その言葉は嘘か真か。
冗談めかして笑うカルマの真意は、少なくとも緋華には掴めない。
しかし一方のエルミールは、なにかを察したように俯いた。
「だからさ……アンタはアンタの好きにしなよ。それでエルきゅんがそっちの味方になっても、俺はエルきゅんを恨んだりしねーから」
「っ……! なにを言ってるんですかっ!?」
「言っとくけど冗談じゃねーからね? うだうだ七年も曇ってるくらいなら、ちょっとは自分勝手にやってみたらどうなん? それがエルきゅんの言ってる、〝勇者〟ってやつなんじゃねーの?」
その口元には軽薄な笑み。
そして仮面から覗く眼光には、挑発的な色が宿る。
カルマがエルミールに伝えに来たこと。
それはまさかの、〝寝返りの勧め〟だった。
「ま、決めるのはエルきゅんだから。ただ一つ言っておくけど、今回はあんま悩んでる時間ねーと思うよ。近いうちに、またどっかで鬼が出るんじゃねぇかな?」
「なんですって!?」
「悪いけど、さすがに〝今のエルきゅん〟にこれ以上は教えられねーんだわ。でもとりあえず、その時までには〝どっちに付くのか〟決めといた方がいいんじゃね?」
寝返りの後押しに鬼による襲撃予告。
後押しはともかく、カルマが襲撃予告を緋華の前で伝えたことでエルミールの逃げ道はさらに狭まった。
なぜならここで彼が今までのように傍観すれば、それは異世界勇者と幕府勢、どちらの勢力からも信頼を失うことに繋がるからだ。
「待ちなさい。そんなことを聞いて、ただで帰すつもりはない――!!」
だがその時。
それまでエルミールに庇われていた緋華が、ついに己の身を紫電と化してカルマへと斬りかかる。
現世を守護する緋華からすれば、カルマの言葉は江戸への脅威以外の何物でもないのだから。だが――。
「怖い怖い、マジで怖いお姉さんじゃん。けど残念……かなっち相手ならともかく、〝勇者パーティにいる魔法剣士〟くらいの子に、どうこうされるほど俺もヤワじゃねーんだわ……だって勇者だし」
「こいつ……わたしの雷を……!?」
雷光と共に放たれた緋華の斬撃。
しかしカルマはその一撃を瞬時に出現させた短剣で軽々と防ぐ。
しかもそれだけではない。
カルマは緋華のまとう雷光を自らの身に〝移し替え〟ると、その身に更なる力を漲らせて、まるで何事もないかのように笑って見せた。
「二人ともやめてくださいっ! この騒ぎでもうすぐ人も来るでしょう……カルマも、ここは一度退いて下さいっ!」
「おっけー。んじゃ、今日はこのくらいで帰るわ。これ以上派手にやると、またおっさんに怒られちまう」
エルミールの制止にふうと息をつき、カルマは緋華から奪った雷撃を静かに霧散させた。
「……けどわかってるよね? もしエルきゅんがそっちにつくっていうのなら、俺たちはもう敵同士だ。悪いけど、俺も手加減はしねーよ?」
「カルマ……」
二人に背を向け、カルマは最後にそう伝えた。
そして近づく大勢の気配に、影も残さぬ素早さでその場から消える。
「けどさ……もしもエルきゅんがアンタたちの味方をするって決めたら。その時は、ちゃんとエルきゅんのこと信じてやってね――」
またたく間に遠ざかるカルマの声。
残された緋華は悔しげに歯を食いしばり、エルミールはその小さな拳を血が滲まんばかりに握りしめていた――。
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