姉として 娘として
「びりびり……びりびり……」
「うんうん、とってもいい感じ! やっぱり〝はなちゃん〟には雷撃魔術の素質があるね!」
「びりびり、好き。きれい」
それは、まだ
江戸城は
「これなら、はなちゃんもすぐに〝立派な魔法使い〟になれるよ!」
「はい、お母さま。そうなったらうれしい……」
まだ小さな緋華の頭を、エリスセナは優しく撫でて褒め称える。
エリスセナに撫でられた緋華は
その様子は実の親子そのもの。
実際、二人は血の繋がった親子と変わらぬ絆で結ばれていた。
「けどいくら強くなっても、自分で鬼を倒そうなんて思っちゃ駄目だよ? 僕が魔術を教えてるのは、本当に危ない時のためなんだからね?」
「むぅ……」
「あー! なにか言いたそうな顔してる!
「うん……」
緋華は、戦国の世から続く忍の一族の生まれである。
本来であれば彼女も両親と同様将軍直属の
しかし緋華の両親は、当時頻発していた鬼による江戸城襲撃によって落命。
緋華の両親と
「あんなことがあって、はなちゃんがみんなを守りたい気持ちはわかるけど……だけどやっぱり、はなちゃんには平和で幸せに暮らして欲しいよ……」
「……ちがいます、お母さま。わたしがまもりたいのは、みんなじゃありません」
小さな緋華は宝石のように澄んだ瞳をまっすぐに向け、エリスセナに思いを伝える。
「わたしがまもりたいのは、お母さまと、お父さまと、吉乃です。もしも、またお城に鬼がきたら……そのときは、わたしが鬼をころします。だって……そうしないと、わたしはまたひとりぼっち……」
「はなちゃん……」
緋華が実の両親を失ったのは、物心がついてすぐのこと。
まだ幼いとは言え、緋華は両親の死の意味も、喪失の絶望も十分に理解出来る歳だった。
「ごめんね……きっと僕と新太郎で、はなちゃんが戦ったりしなくていい世界にする……! 絶対に!!」
「わたしも手伝う。お母さまがいないときは、わたしが吉乃をまもります」
「ありがとう……じゃあその時は、吉乃のことお願いねっ!」
「はい、お母さま……」
それが、緋華が託された約束だった。
この約束から暫くして……緋華はもう一人の最愛の母をも、鬼と勇者によって奪われたのである――。
――――――
――――
――
「あなたを監視して今日で十二日目……あなたがどういう人間なのか、わたしにもわかってきた」
「……それならなによりです。元より私は、緋華さんの前で自分を偽っているつもりはありませんから」
「そう、あなたに裏表はない。だから今も悩んでる」
水をかぶったまま立つエルミールに、緋華は持参した手ぬぐいを放る。
緋華の視線はやはり鋭かったが、かつてのような殺気はなりを潜めているように見えた。
「でも、わたしはまだあなたを信じたわけじゃない。わたしの父と母は、あなたたちに襲われて死んだから」
「ご両親が……っ?」
「それだけじゃない。その後わたしを育ててくれた〝もう一人のお母さま〟も、あなたたちに〝奪われた〟……わたしは、それを死ぬまで忘れない」
「そう、だったんですね……」
その内容とは裏腹に、緋華の言葉は淡々としていた。
エルミールを責める内容ではあったが、彼女の口調に怒りや憎悪は〝滲んでいない〟ように聞こえた。
「そう。私の父と母は、今から十三年前に城を襲った勇者と戦って死んだ。あなたはなにか知ってる?」
「十三年前ですか……申し訳ありませんが、私がこの世界にやってきたのは〝七年前〟なのです。江戸城が私たちにとって重要な拠点の一つであることは間違いありませんが、私には当時のことはわかりません」
「……〝だと思った〟」
「え?」
緋華の問いに、エルミールはやはり嘘偽りなく答えた。
そしてそれを受けた緋華も、もはや以前のようにエルミールを疑ったり、問い質すことはなかった。
「ずっとあなたを見ていて、気付いたことがある」
「気付いたこと……?」
「あなた、〝ここでなにもしてない〟でしょう?」
「……っ!」
その言葉と同時。
緋華は動揺を見せるエルミールに音もなく踏み込む。
彼女の手には鋭いクナイが握られ、
「やっぱりそう……あなたには裏表が無さすぎる。あなたの性格じゃ、もしみんなに手を下していたら道場主なんてしてられない」
「っ……それが、緋華さんのお話しとなんの関係があるんです?」
「たとえあなたが直接手を下していなくても、あなたたちのせいでたくさんの人が死んでる。わたしは、その時に〝なにもしなかったあなた〟を許したくない」
緋華がさらに前に出る。
握られたクナイの切っ先がエルミールの肌に食い込み、血の粒が滲む。だが――。
「けど……今はそんなことを言ってる時じゃない。だから……わたしはあなたを許す……」
互いの息がかかるほどの距離。
ほぼ同じ高さの二人の視線が正面からぶつかり、緋華の漆黒の瞳が、その真意を計るかのようにエルミールの姿を映し出す。
「あなたに、わたしたちを助けて欲しい……わたしたちに、力を貸して欲しい。わたしたちがあなたたちの事情を知ったのは、本当についこの前。今のままじゃ、わたしも幕府も、
「それで、私の助けを……」
「あなたが早く故郷に帰りたいのは知ってる。けどそれなのに、あなたはわたしたちのことを考えて、悩んで……動けなくなってるんでしょう?」
多少感情的になることはありつつも、緋華はエルミールの人物像と思考を正しく見抜いていたのだ。
「お願い……あなたがそっち側で動けないのなら、私たちに力を貸して……! わたしたちと一緒に……わたしとあの子の、大好きなお母さまを助けて……っ!」
「お母さまですって……?」
それは懇願。あまりにも切実な緋華の懇願にエルミールは一度言葉を失い、しかしすぐさま彼女に問い返した。
「ま、待って下さい緋華さん……! お母さまを助けるって、どういう――!?」
「ちょーーーーっと待った! おいおいおいおい、そこのアンタ……うちの大切な〝エルきゅん〟になにしてくれてんのさ? 悪いけど、うちは押し売りと宗教勧誘はお断りしてんだよねぇ?」
だがその時だった。
必死の訴えを見せる緋華に思わず歩み寄ったエルミールに、軽薄な男の声が響いたのだ――。
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