暗く貴き者
「ただいま戻りました」
「
「
奏汰とエルミールは、
そして奏汰や
「お待たせしてすみませんでした。詳細は確かめたので、最後に今後の方針を私からみなさんにお話しして、今日は解散にしようと思います」
「おうよ。さっきも言ったが、俺はなにがあろうとあんたに従う。どんな決断でも、俺から太助への信頼はかわりゃしねぇ!」
「せ、拙者も怖くてたまらぬでござるが……それでも、やはり拙者が目指す剣の師は太助殿ゆえ!」
「ありがとうございます……みなさん」
道場に戻ったエルミールは、またたく間に帰りを待っていた大勢の高弟に囲まれた。
怯えている者も、気勢を上げている者もいたが、誰もがエルミールを心から信じ、大切に思っていることはその光景からも痛いほどにわかった。
「…………」
「奏汰さん?」
そしてその輪から少し離れた場所。
板間の入り口で門弟たちに囲まれるエルミールを見つめる奏汰に、新九郎は不思議そうに声をかけた。
「どうかしたんですか?」
「うん……ちょっとな」
「あいつになにか言われたの?」
新九郎の問いに、奏汰は思わず言葉を濁した。
だがそこに
「あいつがあなただけを誘ったときから、怪しいと思ってた」
「だ、大丈夫だって。別に俺がなにかされたとか、そんなんじゃないからさ……」
「ほんとに?」
「ああ……心配してくれてありがとな、緋華さん」
「むぅ……」
極めて珍しく、緋華は奏汰を案じるような様子を見せる。
それは緋華からエルミールへの警戒の強さと、二ヶ月半という日々がもたらした、彼女から奏汰への態度が軟化したことによる変化だった。
「えへへ……なんだか、姉様が奏汰さんを心配してくれるのを見ると、僕まで嬉しくなっちゃいますっ!」
「心配してない。けど……こいつの強さは私も認めてる。こんなのがわたしたちを裏切ったら、あなたが危ない」
「奏汰さんはそんなことしませんよー! ねっ、奏汰さんっ!」
「ああ。なにがあったかは後で話すよ。とりあえず俺たちも行こう」
いまだ憮然とする緋華と、二人の様子に心底嬉しそうな新九郎。
奏汰は二人を伴って門弟たちの輪の後ろに座り、太助の言葉を待った。
「――では、私の決定をお伝えします。今回の台覧試合には、私と
――――――
――――
――
〝
江戸の浜にこそ寄りたまへ
年はゆけども
しゃらん。
しゃらん。
鈴が鳴る。
広がるは白石の海。
こうこうと輝く満月の夜空。
月の青白い光に照らされる
日の本に武士の世の始まりをもたらした、
そして今。
月の光のみならず、無数のかがり火によって明るさを増した
「……粗野なものよ。どちらを向いても、
「不服か?」
「ほっほ……むしろ、我にとっては好ましい
かがり火の赤。
その赤に照らされる鶴岡八幡宮の
そこでは見上げるほどの巨躯に〝左目を眼帯で隠した大男〟――時臣と名を呼ばれた一人の剣士と、
「鎌倉では十日を過ごす。それが過ぎれば、ようやくお前が待ち望む江戸につく。だがな……今回のお前の振る舞いはいささか物好きが過ぎるぞ、
「物好きとな?」
「物好きでなければなんだ? 我らは先に、命を賭して我らのために戦った
時臣の顔に勇者としての素性を隠す漆黒の面はつけられていない。
月光の下、
「〝想い人〟を見舞うことのなにが悪い? 愛する者が病に苦しんでいると聞けば、心痛で夜も眠れぬのが人情であろうに?」
「やめろ。〝己が人であるかのような〟口をきくな」
「クク……手厳しいことよの」
勇者である時臣と対等に言葉を交わすこの男。
この男こそ、今世の
無条は恐るべき時臣の視線にも優雅な笑みを浮かべるのみ。
見事な満月を眺め、手に持つ杯をゆるゆると口元に運ぶ。
「お主がなんと言おうと、我の恋心は
「…………」
「時臣よ、お主と共に過ごした今世の時はもはや
「ふん……好きにしろ。だが、我らの邪魔はするなよ」
余裕の態度を崩さぬ無条に、時臣は最後まで厳しく釘を刺す。
それは友や主従というよりも、どこか親子のそれを思わせた。
「ほっほっほ……久方ぶりに顔を見るのが楽しみだ。きっとあの可憐な母に似て、さぞ美しく咲き誇っているのであろうな……〝
果たして、無条が見上げる月に浮かぶ〝想い人の面影〟は何者か。
無条はその虚無的な瞳を細め、ほの暗い情念を露わに酷薄な笑みを浮かべたのであった――。
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