四
武門の縄張り
「下級武士どころか町民まで集う〝ままごと剣術〟など、所詮我ら
「うぐ……っ」
早朝の
お世辞にも立派とは言いがたい見た目の質素な道場……〝
「師範代! しっかりしてください、師範代!」
「おのれ……! 師範代は木刀も持たぬ丸腰であったのだぞ!?」
「丸腰の相手を打ち据えるとは、武士の風上にもおけぬ卑怯者め!!」
「カッカッカ! 何を言うか。真の武士であれば、いついかなるときも身に迫る危険を払えるよう備えておくもの。敵対する我らの前に、剣も持たずにのこのこと現れたそやつこそがふぬけ者ぞ!」
「まっことそのとおりじゃ!」
「わははは!」
頭部から血を流し、倒れる大柄な男を支えて抗議する公正館の門下たち。そんな彼らに、自らを赤龍館と名乗る胴着姿の武家たちは
公正館と赤龍館。
共に市ヶ谷では名のとおる二つの道場。
その関係がここまで悪化したのには理由がある。
赤龍館はその市ヶ谷において勇名を馳せる日の本屈指の剣術道場であったが、その門下として迎えるのは〝武家のみ〟……それも、由緒正しき〝上級武家の親類のみ〟という、徹底した階級思想によって成り立つ武門だった。
一方の公正館は、市ヶ谷でも町民街がほど近い
「剣とは、真に武を志す資格を持つ選ばれた武士のみが学ぶべきなのだ。お主らのような〝ままごと道場〟が幅をきかせたとあっては、我ら赤龍館にとっても迷惑千万!」
「歩くのもやっとの腐れじじいに女子供……かような軟弱が集う道場など、今日をもって我らが叩き潰してくれよう!」
「何を勝手なことを!! 道場同士による剣を用いたいさかいは、お上のお達しで御法度のはず!!」
「そ、それに……拙者たち公正館には、他ならぬ名門出の縁者も共に多くの学びを……!!」
「問答無用! 文句があるのならば、武門らしくその剣で抗ってみせよ!」
流血して倒れる師範代には目もくれず、赤龍館の面々は一斉に公正館の神聖な道場に草履も脱がずに踏み行っていく。
早朝稽古を行おうと集まっていた公正館の門下たち……特に熱心なわらべたちや、年若い者も大勢居合わせる中での道場破りは、荒事に慣れていない彼らを恐怖のどん底に叩き落とすのに十分だった。
しかし――。
「私の道場で身勝手な狼藉は許しません!」
瞬間。
門前にたむろしていた赤龍館の門下たちが、〝一斉に宙を舞った〟。
「ぎゃあ!?」
「ぐえ!?」
「あべしっ!?」
「師範である私の留守を狙うなんて……どうやら、貴方たちが語る武門の誇りも地に落ちたようですね!!」
「ちぃ……
振り向いた赤龍館頭目の眼前。
そこにはもうもうと舞い上がる砂煙を背に、またたく間に赤龍館の門下たちを叩き伏せたエルミール……
「
「この人の怪我は俺に任せてくれ。太助さんはあいつらを、
「がってんですっ! みなさんのことは、この僕にお任せあれ!」
「わたしは? わたしはこいつらをちょん切ればいい?」
「えっ!? いや、えーっと……
「はぁ……っ! はぁ……っ! ちょ、ちょっと……あなたたち……っ! いくらなんでも、足……早すぎ……っ!!」
エルミールに続いて
うろたえる赤龍館の門下たちは、帰還したエルミールを見て冷や汗を流して後ずさった。
「随分と早かったではないか……道場を潰され、絶望するお主の顔を見れぬとは残念だ」
「貴方は……赤龍館の
広々とした道場中央。
草履を脱ぎ、きちんと一礼をしてから
「道場破りがお望みなら、師範である私が皆さんのお相手をしましょう」
「薄汚れた〝南方の根無し草〟がよく吠えおるわ……なに、今日のところは挨拶に来たまでよ。大人しく引き下がってやるゆえ、ありがたく思うのだな」
「待ちなさい。そのような言い逃れで、私が貴方たちを見逃すとでも?」
「お主の意思などどうでもよい。元より、我ら赤龍館とお主ら公正館はいずれ雌雄を決さねばならぬ間柄……そのための〝絶好の舞台〟を、我らが主である
宗像は鼻を鳴らすと、道着の
油断なく文を拾いあげたエルミールは、そこに書かれていた文面に表情をしかめる。
「来たる
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