たとえ朽ちようとも


「それで、今日はどのような稽古をするのでしょう?」

「まだ具体的には決めてないんだ。俺たちも、そろそろ〝新しい稽古〟を始めようと思っててさ。せっかくだし、太助たすけさんも一緒に考えてもらっていいかな?」

「新しい稽古、ですか?」

「はい! 太助さんは道場主さんですし、ぜひお願いしたいです!」

 

 エルミールは見るからにやる気満々の様子。

 しかし奏汰かなたは一度彼を制すると、自分たちの考えを打ち明けた。


 新九郎しんくろうは、つい先日その存在を知った天道回神流てんどうかいしんりゅうの極意会得を目指していること。

 一方の奏汰は、その天道回神流を極めた家晴いえはるに間合い内での立ち会いとはいえ完敗したことで、己の未熟を痛感したことを。

 

「そうでしたか……他流の極意については私では到底口だしできませんが、つるぎさんの話なら私も〝身に覚え〟があります。勇者の戦いに慣れてしまうと、基礎的な技術がおざなりになりがちですよね」

「うん……今まではそれでなんとかなったけど、これからは駄目だ……剣術はもちろんだけど、俺が別の異世界で少しだけ習った魔術とか、体術とか……俺が使ってこなかった技も一から磨き直したいと思ってる」


 江戸城で二人が見た家晴の剣。その極致。

 それは新九郎だけでなく、奏汰にとっても衝撃的な経験だった。


 奏汰が頼みとし、振るってきた強大な勇者の力。

 しかし家晴は、あくまで常人の身のままに勇者の力を両断した。

 

 もしも。

 

 もしも静流しずるとの戦いで、奏汰に家晴と同じ芸当が出来ていたら。

 そうでなくとも、歴戦を終えた奏汰が力を磨き続け、〝七つで十分だと思っていた〟勇者の力を、さらに研ぎ澄ませていたらどうだったか――。


「〝俺は弱い〟……ここで立ち止まっていたら、この世界のみんなと新九郎を守ったりなんてできない。勇者としての強さじゃない……俺は俺として、もっと強くなりたいんだ」

「奏汰さん……」

「そうですか……まさか、〝数万の勇者を絶望させる〟ほどの力を持つ貴方の口から、そんな言葉を聞くことになるとは思いませんでした。ですが……〝それでこそ勇者です〟」


 それは、初めて同じ勇者同士での交流ゆえだろうか。

 奏汰は自分でも驚くほど素直に、己の力不足を打ち明けていた。


 絶対に世界を救わなくてはならない。

 強大な邪悪にたった一人で挑み、必ず勝利しなくてはならない。


 それらの重荷を奏汰同様経験してきたであろうエルミールの存在と言葉は、新九郎とはまた違う癒やしを奏汰に与えようとしていた。


「……待ちなさい、剣奏汰つるぎかなた。こいつとわたしたちは、これが終わればすぐに敵同士になる。そんな相手を、こいつが本気で鍛えるなんて思えない」

「ね、姉様……でも奏汰さんは……!」

「たしかに、私の指導でつるぎさんを強くしてしまっては、自分で自分の首を締めるようなもの……緋華ひばなさんの指摘はごもっともだと思います。ですが――」


 それまで三人のやりとりを見ていた緋華がエルミールを鋭く睨む。

 だがエルミールは曇りなき瞳で緋華の眼光を受け止めると、自らの胸に手を当てて高らかに口を開いた。


「ですがそれこそ、私の望むところです。つるぎさんが私の指導を切っ掛けに成長するのであれば、それはきっと、より多くの命を救う道に繋がるはず……たとえ彼が歩むその道の途上で、〝敗れた私のしかばね〟が朽ちていてもです」

「本気……?」

「ひええっ!? 太助さんのお背中に後光が見えるんですけどっ!?」

「本当にゲームやアニメに出てくる勇者みたいだな……」


 それは正に勇者による勇者のための、勇者の言葉だった。


 信頼度が最低を飛び越して〝地獄の底〟である緋華から見ても虚言にはまったく聞こえない……そのような質の言葉である。


 さすがの緋華もエルミールの堂々が過ぎる宣言には絶句し、逃げるようにしてなぜか隣の奏汰に〝恨めしそうなじと目〟を向けた。


「むぅ……」

「どうした?」

「なんだか負けた気がして悔しい……悔しいから、こいつの望みどおりあなたが強くなってぼこぼこにして」

「俺かよ!?」

「ふふ、では今度こそ始めましょう! 緋華さんの〝ご期待〟にも応えないといけませんからね!」

「はーい! 頑張りましょうね、みなさんっ!」


 そうして、奏汰とエルミールは互いに礼をして木刀を構える。

 残された新九郎も己の技を磨き直すべく、緋華の指導下で一つ一つ確かめるように基本の型稽古を開始した。


「なるほど……たしかに剣術の心得はないようですが、剣さんの戦い方や身のこなしはとても洗練されています。特に、常に最短で致命打を狙う攻めの技術は完成されていると言ってもいい」

「ふむふむ?」

「ですが、問題は〝受け〟です……つるぎさんはこれまで、勇者の力に頼った攻撃の受け方をされてきたのではありませんか?」

「うぐ……当たってる」


 道場主というだけあり、エルミールの指導は実に的確だった。

 

 あらゆる攻撃を回避する青の力。

 全ての攻撃を遮断する不壊の紫。

 さらに奏汰には、どんな傷も一瞬で治癒する緑の力まであるのだ。


 これらの力の存在が、奏汰から敵の攻撃を技術で受け流すという意識を奪っていた。


「では、まずは受け技を一から磨きましょう。剣さんには、私よりも豊富な戦いの経験があります。ほんの少しのきっかけさえあれば、すぐに上達できるはずです」

「わかった。助かるよ」


 元々の相性が良かったのだろう。

 二人は真剣ながら、和気藹々わきあいあいとした様子で次々と稽古の流れをこなしていった。


 早朝の日差しの下。

 あたりには威勢の良いかけ声と木刀を打ち合わせる音が響き、それは少しずつ喧噪けんそうを増す神田上水のほとりに、はつらつとした活気を添えていった。だが――。


「――やっと見つけたっ! 太助さんっ!!」


 やがて稽古も終わろうかという頃。


 そうそう人も立ち寄らぬ新九郎の庵に、街道から胴着姿の少女が血相を変えて駆け寄ってきたのだ。


「あれは……春日かすがさん? そんなに慌てて、どうされたんですか!?」

「ど……どうしたもこうしたもないわよっ! 道場破り……っ! さっき行ったら……道場の前に〝赤龍館せきりゅうかん〟の奴らが集まってて……! 師範代の三郎さぶろうさんが――っ!!」

 

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