信はまだ成らず
「おはようございます!!」
「よろしくな、えるみー……じゃなくて、
「ふわぁあああ~~……おふぁようごじゃいましゅ~~……」
まだ陽も昇りきっていない早朝の
にも関わらず、はつらつした挨拶を発するのは、
互いを理解するには時間も言葉も全く足りないと判断したエルミールは、熟考の末、しばらくの間
それから数日で互いはもろもろの準備を終え、今日はエルミールも交えた初めての稽古を行うことになっていた。
「ここではそう呼んで頂けると助かります。江戸のみなさんには、あくまでこの国の生まれと伝えてありますから」
「たしかに、太助さんのお顔って僕たちと一緒ですもんね!」
「太助さんは剣の道場もやってるんだよな? そっちはいいのか?」
「道場のことなら心配ありません。
朝焼けの下、奏汰の問いにも自信に満ちた笑みを浮かべるエルミール。
聞くところによると、彼は江戸の西に位置する
ちなみに、
「お二人との交流も重要な使命ですが、私自身の剣の道もまだまだ途上です。歴戦の勇者である
「ええーっ!? 〝江戸一番の天才美少年剣士と名高い僕〟ですか!? まさかもうそこまで有名に!?」
「もちろんです。そもそも、徳乃さんの
「いやぁー! そうですかそうですかっ! やっぱり僕は、江戸一番の天才美少年剣士だったんですねっ! 実は僕も〝うすうす〟そうなんじゃないかと思っていたところだったんですよー! どやっ!!」
エルミールの素直な賞賛に、高笑いと共に胸を張ってどやる新九郎。
そんな新九郎を横目に、エルミールは
「じーー……」
「さあ、
「いらない……自分のがあるから」
「そうでしたか、いらぬお節介でしたね」
「…………」
エルミールが笑みと共に声をかけたのは、それまで会話にも参加せず、庵の横に腕組みをして立つ抜き身の刃のような女性――新九郎の
三人をじと目で見つめる緋華の格好は、普段彼女がまとう身軽な忍び装束ではなく、
「お人好しの二人はだませても、私の目はごまかせない。日本橋の鬼から新九郎を助けたように見せたのも、ぜんぶあなたが操っていたんじゃないの?」
「私はそのような卑劣なことはしません。断わっておきますが、この世界に現れる鬼は、そのほとんどが〝自然に発生しているのです〟……江戸で起きた鬼の襲撃も、私たちの手によるものはほんの僅かです」
「その言葉、信じられると思う?」
真剣な表情で弁明するエルミールに対し、緋華は奏汰へと向ける物の〝数十倍は鋭い眼光〟を向けていた。
「こ、これが緋華さんの本気か……むちゃくちゃ怖いな……」
「ひええっ!? 姉様のお気持ちもわかりますけど、その……もう少しこう……手心というか……」
「二人は黙ってて。こいつは敵……おなじ勇者でも、そっちの
あの夜の後。
纏まりかけたエルミールの申し出に待ったをかけたのは、三人のやりとりを屋根裏から監視していた緋華だった。
信頼形成も何もない。のこのこと姿を現わしたエルミールを、緋華はすぐに引っ捕らえて〝ちょん切ればいい〟と強く主張した。
だが結果として、そうはならなかった。
エリスセナを救い、現世から鬼の脅威を除きたいと思いながらも、まったく手がかりのない
「私を信じられないというのなら、それで構いません。そもそも私は、その信頼を作るためにここに来ているのですから」
「ずっとこそこそ隠れていたくせに……少しでも怪しい真似をしたら、すぐに殺すから」
「どうぞご自由に。この世界と私の仲間たち……かけがえのない大勢の命を救い、愛する祖国へ胸を張って帰還するためなら、私はどんな対価でも背負う覚悟です」
果たして――幕府は緋華を目付役とし、同じ勇者である奏汰を武力的なエルミールへの抑止とすることで、対話を望む彼の要求を飲んだのだ。
だが、だからといって緋華が納得したわけではない。
「ふん……あなたも、〝剣奏汰と同じ目〟をしてる。他の人になにを言われても折れる気のない……気に入らない目」
「それはそうでしょう。私も彼も勇者ですから」
「……そういうところが気に入らない」
なおも
だが一方、その様子を固唾を呑んで見守る奏汰と新九郎は――。
「なるほど~~? たしかに姉様の言うとおり、奏汰さんと太助さんの目って、とってもよく似てる気がします……。あ……でもでもっ! 僕は奏汰さんのお目々はぜんぜん嫌じゃないですよ!? むしろ見てると安心するというか……すごく大好きというか……」
「ちょっ!? し、新九郎……!?」
「ひゃわっ!? ご、ごめんなさい奏汰さん! 今のは別に変な意味じゃなくてですねっ!?」
「いや、その……俺も驚いただけで……ぜんぜん嫌じゃないし……!」
「…………」
「…………」
対峙する二人の空気など一切読まず、新九郎から飛び出した謎発言。
それは張り詰めた空気を一瞬にして〝桃色時空〟へと変えてしまった。
「ぎり……ッ! 前言を撤回する……やっぱり剣奏汰も敵。あのお方が認めても、わたしは絶対に認めない……!」
「ふふ……剣さんと徳乃さんは、本当に仲が良いんですね」
二人の掛け合いが助け船となり、緋華とエルミールは一度気を緩め、互いの間合いを離す。
「申し訳ありません緋華さん。無礼な物言いしてしまいました……改めて、よろしくお願いします」
「……勝手にすれば」
気を取り直し、エルミールは緋華に頭を下げる。
緋華もふいと目を逸らしながらも、それ以上はなにも言わなかった――。
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