正道の少年


「ようこそお越し下さいました! 粗茶ですがどうぞっ」

「お気遣い頂きありがとうございます、徳乃とくのさん」


 鬼退治を終えた夜。

 場所は奏汰かなた新九郎しんくろうが二人で住むいおり


 空には月が輝き、周囲からは夏から秋の音色へと変わりつつある虫たちの鳴き声が響く。


 奏汰と新九郎は伸助しんすけらへの報告を終え、現れた勇者の青年――エルミール・トゥオルクを交えて深夜の卓を囲んでいた。


「なんだか嬉しそうだな、新九郎」

「そりゃあもうっ! さっきは少しびっくりしちゃいましたけど、今はとっても嬉しいんですっ! だって……こうして勇者さんの方から僕たちと話し合いにきてくれるなんて思ってなくて……!」

「お二人と彼岸ひがんの……いえ……静流しずるさんの戦いについては、我々も把握しています。そして、彼女がお二人に〝何を託した〟のかも……」


 ろうそくの薄明かりが灯る狭い庵。

 正面に座るエルミールは目の前に置かれた湯飲みを手に、じっと二人を見据えた。


 やや茶色がかった黒髪に黒い瞳。

 彫りの深い顔立ちに少年のようなあどけなさを残すその相貌そうぼうは、日の本でも南方……琉球りゅうきゅう薩摩さつまの生まれと名乗れば、問題なくこの日の本の生まれとして溶け込める容姿をしていた。


「静流さんは大切な友人でした……その静流さんを闇に送り、彼女の意思を阻んだ貴方たちに複雑な思いがあるのは事実です……でもだからこそ、貴方たちとの対話を求めた彼女の思いを無碍むげにはできません」


 一度湯飲みに口を付けたエルミールは、居住まいを崩さぬままに自分たちの考えや目的を二人に語って聞かせた。


 神の卑劣な策謀。

 囚われた勇者たちの残酷な運命。

 そしてそんな勇者たちを救うために、現世の破壊が必要であることを。


「静流さんの言葉どおり、囚われた勇者の命は今も失われ続けています。彼女が指導した黒示救世教こくじきゅうせいきょうも含め、私たちは闇に力を送る方法をいくつか所持していますが……それだけでは、大勢の仲間たちの命を完全に繋ぐことはできないのです」

「勇者を殺す闇……本当に、どうしてそんなことを……」

「母上……っ」


 エルミールの話に、新九郎ははやる心を抑えるように拳を握る。

 本来であればすぐさま全てを打ち明けて互いに協力したいところだが、新九郎の出生や身分、そして神であるクロムの存在といった秘中の事案はおいそれと話すことは出来ない。


 当然、エルミールも彼らの仲間についての情報や、どこに拠点があるかといった事案の開示はきっぱりと断わっていた。


 未だ両者は顔を合わせたばかり。

 互いの全てを明かすには、双方の信頼はあまりにも浅すぎるのだ。


「あの時……静流さんの最後の言葉は、私にも聞こえていました。戦っては駄目だと……貴方たちの力を信じて欲しいと……そうですよね、徳乃さん」

「はい……っ! 静流さんはそう言って、傷だらけだった僕と奏汰さんを治してくれたんですっ!!」


 新九郎の胸に、静流の残した最後の言葉がありありと蘇る。

 その言葉に込められた想い。そして、新九郎が子供の頃に感じた母の喪失と同じ、徐々に遠ざかっていくぬくもりが――。


「正直に言えば、私はあまり〝強い勇者ではありません〟。まともにつるぎさんと戦えば、まず私に勝ち目はないでしょう」

「…………」

「けれど、だからといって諦めるつもりもありません。静流さんはきっと、私やカルマが圧倒的な力を持つつるぎさんと戦い、闇に消えることを心配していたのだと思います……」


 新九郎だけではない。

 奏汰とエルミールの胸の内にも、今は闇の中に囚われた静流が残した想いははっきりと残っている。


 力では劣ると知りながら、それでも仲間の為に最後まで戦い、仇敵きゅうてきのはずの奏汰と新九郎に想いを託して消えた、静流の想いが。


「どうしても協力することはできないのか? 静流さんだって、本当はこの世界のみんなを傷つけたいなんて思ってなかったはずだ……それは、エルミールさんも同じじゃないのか?」

「〝同じですよ〟……他の者はともかく、私はそう思っています。出来ることなら、私も誰も傷つかない道を選びたい」

「だったら、みんなで一緒にやりましょう! エルミールさんも一緒ならきっと……!」


 やがて奏汰はエルミールを正面から見据えて問いを投げかけ、新九郎は身を乗り出して協力を申し出る。

 しかしエルミールはまぶたを閉じ、二人の言葉に首を横に振った。


「残念ですが、現時点では申し出を受けることはできません……なぜなら、私には一刻も早く故郷に戻らねばならない〝理由がある〟からです」

「あう……」

「私が貴方たちに協力するとすれば……それは私たちのやり方よりも、お二人が見いだした道の方が、より早くこの牢獄を抜け出せるとなった場合です。けど今の貴方たちに、そのような策はないでしょう?」

「たしかにな……」


 エルミールの指摘に、二人は黙るしかない。

 どんなに理想を説こうと、どんなに融和ゆうわを望もうと。

 それだけで互いの願いが叶うことはない。

 

 一刻も早く故郷に帰る。


 はっきりとそう願うエルミールに、現状ではなんの策も持たぬ奏汰と新九郎では、なにを言おうと気休めにすらならないのだ。だが――。


「けれど……私は今のこの状況をフェアだとは考えていません……」

「ふぇあー?」

「どういうことだ?」

「本来であれば、このような話し合いは何度も繰り返し行い、継続するものです。それがお互いの理解を深め、信頼を深めることにもなる……たった今初めて顔を合わせたばかりの私たちのこの対話が、本当に〝正しく公平な〟話し合いと呼べるでしょうか……」

「正しく公平、ですか?」

「ふむふむ?」


 だがどうしたことか。

 

 二人の前で居住まいを正すエルミールは、この局面において腕を組み、難しい表情でうんうんと唸り始めたのだ。


「そもそも、つるぎさんはこの世界に来てまだ日が浅い……千年の蓄積ちくせきがある私たちとは、現状の把握に大きな差が……でもかといって、私たちの事情をすべて話すわけにも……」

「あ、あの~……? エルミールさん……?」

「ではどうすれば……!? どうすれば正しく、互いにとって公正で、対等な話し合いが成立するのか……? ああ、シェレン様……! どうかこのエルミールに、正しき道をお示し下さい……!!」

「む、無茶苦茶悩んでる……」


 エルミールは眉間に深い皺を寄せ、あまりにも真面目すぎるほどに悩んでいた。

 それははた目から見ると滑稽こっけいにすら見える突然の熟考。

 だがエルミールのあどけなさが残る端正な童顔どうがんに、冗談の色は一切見られない。


 ここに来る前より、とうに答えは決めてきた……とか。

 話すまでもなく、すでに戦う覚悟は済んでいる……とか。

 そのような体面の良い様子も一切ない。


 どうやらこの幼顔おさながおの青年は、本気で〝二人と話すことだけを決めて〟やってきて、話したせいで思いきり悩む羽目になっているようだった。そして――。


「決めました!! 今日からしばらくの間、私も貴方たちと行動を共にします!!」

「まじか!?」

「ええええっ!? ほ、本当ですかっ!?」

「もちろん本気です!! 出会って日が浅く、それ故に信頼がないというのなら……少々強引でも、信頼を作ってしまえば良いのですっ!!」


 やがて熟考を終えたエルミールは、きらきらと輝く瞳をぱちりと見開いて立ち上がると、思いついたその〝とんでもない妙案〟を高らかに宣言したのだ。


「な、なるほど~~??」

「あはは! いいなそれ、俺も大賛成だ!!」

「そうでしょう! 私たち勇者にとって、これ以上正しい道はありません!! というわけですのでつるぎさん、徳乃さん……これからよろしくお願いします!!」


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