参之段
壱
神判の勇者
「勇者エルミール。
「はい、女王陛下」
深紅のドレスに身を包んだ
「こたびの遠征、ご苦労でした。貴方の見事な働きぶり……このシェレン・ファルランタが、全ての民を代表して心から感謝します」
「もったいなきお言葉です、シェレン様。女王陛下から
「ふふ……ありがとう、エルミール」
女王の名はシェレン・ファルランタ。
そして少年の名は、エルミール・トゥオルク。
彼こそは救国の英雄。
彼こそは不敗の将軍。
そして、〝
「そして、私が今ここで誓うのはそれだけではありません。私がこうして勝利と平和を手に陛下の元に帰還できたのは、この場にいる全ての仲間たちのおかげです。私はこれからも、彼らと共にこの地を守り続けると誓います!!」
女王から
そして様子を見守っていた大勢の人々に向き直ると、その瞳をきらきらと輝かせ、握った拳を天に向かって突き上げた。
「勇者エルミール!」
「我が国の救い主!」
「我々も、あなたと共に戦います!」
「勇者エルミールの名の下に、我らの命は一つ!」
「我らの命は一つ!!」
栄光。
それはまごうことなき、少年にとっての栄光の日々。
少年は、生まれながらにして勇者だった。
強く、優しく、正しかった。
異世界に転移などせずとも。
神に力を与えられずとも。
エルミールは、勇者としての生を宿命づけられた存在だったのだ。
「エルミール……私も、貴方のそばにいますからね」
「シェレン様……」
歓声に湧く人々の輪の中心。
女王としての威厳ある声ではなく、一人の少女として向けられた主君の言葉と、エルミールの手にそっと添えられた小さな手――。
エルミールは、その言葉とぬくもりを一時たりとも忘れたことはない。
自分はこれからも、このぬくもりを守るために生き、戦うのだと。
少年は、そう信じていた――。
――――――
――――
――
「――隙ありっ!!」
「うわっ!?」
瞬間。
鋭い痛みが青年の肩口を叩いた。
耳に届くのはうるさいほどの
そして広々とした道場内に響く、〝
「やったー!
「おいおい……道場主ともあろう者が、稽古中によそ見か?」
「いえ……見事な打ち込みでした。日々の鍛錬の成果が出ていますね、
「そ、そう? 太助さんの教え方がうまいからよ」
太助という名の小柄な青年から一本を取って喜びを露わにするのは、黒髪を短く纏めた年若い娘だ。
春日と呼ばれた娘は道場の端から水で濡らした手ぬぐいを持ってくると、打ち込まれた肩を押さえる太助に手渡した。
「はいどうぞ。私の一発は効いたでしょ?」
「はは……すみません」
「春日なんぞに一本とられるたぁ、相当ふぬけてるんじゃねえのか? 次は俺が相手だ。気合いを入れ直してやる」
「なんぞとはなによ、なんぞとは! 今の私なら、
「わはは! そんなわけあるかい!」
「…………」
春日から濡れた手ぬぐいを受け取った太助は、そのどことなく〝日本人離れした顔立ち〟を物思いに曇らせた。
「たしかに、こんなことでは貴方に顔向けできませんね……
〝月は船 星は白波 雲は海
いかに進まん
勇ある者 ただ一人にして〟
しゃらん。
しゃらん。
鈴が鳴る。
少年としての日々を終え、それでも小さなままだった一人の勇者は、道場の窓から覗く青空に、消えていった仲間たちの面影を重ねていた――。
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