七
勇者の瞳
「もう……もうやめてください……っ! これ以上、僕の大切な人を……
「
灰の世界に降り積もる光の雪。
その下で、力尽きた奏汰にとどめを刺さんとした静流の前に現れたのは、すでに立っているのもやっとという有り様の
やがて意識を取り戻した彼女が見たのは、江戸の空で戦う奏汰の虹と静流の闇。そして、その最後――。
両者の落下を視認した新九郎は、自らの手当を後回しとして無理を強いた緋華に残るよう言い含め、傷だらけの身であるにもかかわらず、こうして奏汰の元へと駆けつけたのだ。
「静流さんにどんな理由があるのかは、僕にはさっぱりわかりません……けどとにかく、これ以上ひどいことをするのはやめてください……っ! こんなになにもかも傷つけて、これ以上……何をするって言うんですか!?」
「…………」
新九郎の
その声に静流は悲壮な表情で天を
「そこをどいてください……どかなければ、あなたも殺します……」
「どきません……っ。ずっと僕を守ってくれた奏汰さんを……これ以上傷つけさせるもんですかっ!!」
「なら、死になさい――!!」
瞬間。静流の聖剣アステリズムが新九郎めがけて光弾を放つ。
射線の先には倒れ伏した奏汰がいる。
新九郎が避ければ奏汰は死ぬ。
「逃げない……! 奏汰さんは僕が守る――っ!!」
それを悟った新九郎は残された力を振り絞って二刀を構え、静流の光弾を切り払おうと試みる。
しかしすでに立っているのもやっとの新九郎に、勇者である静流の一撃を受ける力はない。
「あぐっ!?」
わずか一撃。
たった一発の光弾で、新九郎の持つ片方の刀が砕け飛ぶ。
「これでわかったでしょう……? 次は……本当にあなたを……っ」
「どうして……? どうしてこんなことをするんですか……? 猫さんのお怪我が治って、あんなに嬉しそうだったのに……! 母上のことを思い出して泣いていた僕に、今ある幸せを大切にって……教えてくれたのにっ!!」
「そんなこと……!」
二発目。
静流の放った二発目の光弾が、新九郎に残された最後の刃を弾く。
「くっ……! お願いですから話を……静流さんのお話を聞かせてください……っ! そうしたら、きっと――!!」
「話すことなんてありません……! 早く、そこをどいて――!!」
「あうっ!?」
三発目。
それは新九郎の顔の真横をかすめ、後方の樹木をなぎ倒して炸裂。
傷ついた新九郎はその衝撃で頭から倒れるが、しかしすぐに泥を吐いて顔を上げ、地面を這いつくばって倒れた奏汰の上に覆い被さった。
「どきません……絶対に……っ!」
「どうして……っ?」
もはや立つ力もなく、ただその身を挺して奏汰を守ろうとする新九郎の姿に、静流は形容することすらできほどの痛苦の表情を浮かべた。
「こんなの……ひどいですよ……――こんなの、誰も笑顔になんてならない……っ。静流さんも、そんなに辛そうなお顔で……!!」
奏汰を庇いながら、新九郎はその
「〝わかってた〟んです……奏汰さんと初めて会ったあの時から、奏汰さんはずっと無理をしてて……いっつも一人で、僕やみんなのことばかり考えて……まるで、〝自分のことなんてどうでもいい〟みたいに……まるで、自分だけが〝この世界にいない〟みたいに……!」
静流が見下ろす先。
必死に奏汰を守ろうとする新九郎の瞳に、ついに涙が溢れる。
「静流さんの目も〝奏汰さんと同じ〟です……っ。どうしてそんな寂しそうな目をしてるんです……? どうして、お二人ともそんなに辛そうな目をしてるんです……? 勇者になった人は、みんな〝そんな目をするようになる〟んですか……っ!?」
「…………」
そう……奏汰が新九郎との出会いによって癒やされ、救われたのは、決して〝偶然などではなかった〟。
あの夜、あの炎の中。
二人が初めて出会ったあの時から。
新九郎はずっと、奏汰に笑顔でいて欲しいと思っていた。
そんな辛そうな目をしないで欲しいと願っていた。
なぜなら、新九郎は〝始めから気付いていた〟のだから。
自分の命を救ってくれた奏汰がすでに心身共に深く傷つき、失意のどん底にあったことを。
たとえその理由はわからずとも。
新九郎はあの時点ですでにそれらを察し、奏汰の心に寄り添っていたのだ。
だから――。
「だったら僕は勇者なんて認めない……っ! 僕の大好きな奏汰さんを……僕に優しくしてくれた静流さんを傷つける勇者なんて……僕は絶対に許さないっ!!」
大粒の涙を溢れさせ、新九郎の叫びが境内に
一方の静流は降り止まぬ雪の中で
「それでも……わたしは自分で勇者になると決めたんです。それはきっと
「そんなの関係ない……っ!! 僕はもう、一つだって奏汰さんに傷ついて欲しくない……あんな目をして欲しくないんですっ!! それは……静流さんにだって……同じなんですよ……っ」
「徳乃さん……」
新九郎の願い。
その願いは、勇者となった静流がいつしか目を背け、忘れていた願い。
今この瞬間、ただ目の前にいる大切な人に幸せになって欲しいという、あまりにもちっぽけで、切実な願いだった。
だがこの新九郎の願いこそ、奏汰がこの世界で取り戻し、静流がかつて手放した――二人の勇者にとっての〝始まりの願い〟だったはず。
そのことに思い当たり……静流は傷付き涙する新九郎の向こうに、かつての己を重ねた。
「優しい人……
だがしかし。
そんな新九郎の訴えに静流は再び瞼を閉じる。
そして覚悟を決めたように頷くと、ゆっくりとその手に持つ錫杖をかかげた。
ひび割れたアステリズムに光が集まり、ぼろぼろとなって倒れる奏汰と新九郎を照らす。
「ごめんなさい、奏汰さん――……っ」
もはや、新九郎に静流の一撃を受ける術はない。
それでも彼女は奏汰の大きな体にしがみつき、せめて彼だけでも守ろうとその身を
だが――。
「ここまで……ですね……」
「え……?」
だがしかし……新九郎が覚悟した最後の時は訪れなかった。
それどころか、静流の光に照らされた新九郎の傷はその全てが跡形もなく消え去り、彼女が必死に庇っていた奏汰の傷も、一つ残らず消え去っていたのだ。
「私の負けです……徳乃さん、あなたの大切なもの……たくさん傷つけてしまって、ごめんなさい……」
「しずる、さん……?」
我が身に起こった〝奇跡〟に驚き、新九郎は再び静流を見上げる。
そこにはその身に光の雪をまとい、疲れ果てた笑みを新九郎に向けて消えゆく静流の姿があったのだった――。
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