夜明けは遠く


〝君が求めしあかつきの始め

 落ちにけり

 落ちにけり 

 故郷ふるさとの夢に 我が身のとが

 それは何処いずこたずぬとせしほどに

 明けにけり

 明けにけり

 消えて流るる 夏の夜の雪〟


 しゃらん。

 しゃらん。


 鈴が鳴る。


 光と闇の弾けた先。

 争い抜いたいくさの先。


 何処いずこより聞こえしわらべ歌。

  

 果たして、どれほどの刻が経ったのだろう――。


 剣神リーンリーンと真皇しんおうの衝突の余波によるものか、夜空にはオーロラの天幕が淡く輝き、灯の絶えた江戸をしんしんと照らす。


 人々の笑みと歓声に満ちていた、賑やかな祭りの夜。

 人が鬼に変わり、江戸を燃やし尽くした絶望の悪夢。

 闇の中でも諦めず、必死に戦い抜いた武士もののふたちの声。

 そして、この世の全てを震わせた光と闇の激突。


 それら全ての中心点となった日枝神社ひえじんじゃ――その境内けいだい


 今やそこに音はなく、希望も絶望もない。

 全てを失ったその場所には、季節外れの雪にも見える〝灰の光〟が舞い落ちていた。


 それは、可能性と絶望の残滓ざんし

 激しく激突し、全てを焼かれて灰色となった〝光の雪〟だった。


「う……っ」


 そして今。

 見渡す限りの全てが色を失い、動くものと言えば音もなく舞い落ちる光の雪だけとなったその場所で、おぼつかない足取りで立つ人影が一つ。


「わ、たし……――?」


 その人影――それはかつて天恵てんけいの勇者と呼ばれた一人の少女、静流しずる

 静流は今やその顔を隠す面も失い、全身傷だらけとなってなお手放さなかった聖剣、アステリズムを支えになんとか立ち上がる。そして――。


つるぎ、さん……」


 なんとか立ち上がった静流の視界に、舞い落ちる光の雪に埋もれ、意識を失って倒れる奏汰かなたの姿が飛び込んでくる。

 

 あの激突の最後。

 静流はたしかに見ていた。

 

 奏汰が江戸と……そして他ならぬ静流を守るためにその力の全てを用い、真皇しんおうによる自爆特攻をその身にまともに受けたことを。

 静流の全てを燃やし尽くした刃は、その最後の最後でついに超勇者の絶対的な力を上回ったのだ――。



〝そんなことないよ……今ここで静流さんがなにをしてたって、あの子猫みたいに、君に助けられた命だって沢山いるんだ……〟



 倒れる奏汰の横顔は、すすと血と泥にまみれていた。

 持てる全てを出し切って力尽き、倒れ伏したその姿を見た静流の胸に、先ほど奏汰に投げかけられた言葉が蘇る。



〝俺は諦めない!! 静流さんのことも……みんなのことも!! 俺たちはまだ……一つしか選べないなんて場所にはいない――!!〟



 奏汰は最後まで諦めていなかった。

 最後まで静流と向き合い、必死に手を取ろうとしていた。

 

 しかし静流は差し伸べられたその手を取らず、自らの想いと覚悟のために最後まで戦い、そして勝利した――したはずなのに。


「うっ……うぅ……ごめん、なさい……っ」


 勝ったのは自分。

 今、最後に立っているのは自分。


 だのに静流はその胸を押さえ、瞳に涙を浮かべて嗚咽おえつを漏らした。


 自分を絶望から救ってくれた仲間のために戦う。

 今もその覚悟に迷いはない。


 素顔を隠す仮面をかぶり。

 あれほど嫌っていたはずの嘘を重ね。

 数多の願いと幸福を踏みにじり、かけがえのない命をもてあそんだ。


 もはや後戻りなどできない。


 自らが犠牲にした命のためにも……なんとしても、仲間の力にならなければならなかった。 


「ごめんなさい……つるぎさん……っ」


 はらはらと舞う雪の下。

 流れる涙もそのままに、静流はゆっくりとその一歩を踏み出す。

 ひび割れた聖剣を支えに、倒れた奏汰の元に歩みを進める。


 彼女の足取りは弱々しく、今にも倒れそうなほど。

 しかし、その瞳に揺らぎはない。


 倒さなくてはならない。

 

 三年もの時をかけて膨大な力を集めた天恵の勇者と戦い。

 数千を超える勇者の力を集めた真皇にも互角以上に渡り合った。

 そして今、江戸を守るためについに力尽きた超勇者を、静流はなんとしても〝ここで殺さねば〟ならなかった。


「わたしには、もう結界を壊す力はない……だけどそれでも……あなただけは、ここで……っ!」


 静流はもはやぴくりとも動かぬ奏汰の上で錫杖しゃくじょうをかかげ、渾身こんしんの力をもって振り下さんとした。

 残された力はほんのわずかだが、それでも勇者の力を持つ静流にかかれば、無防備な奏汰の命を奪うなど容易いこと。

 振り下ろされた錫杖は雪の積もる奏汰の背を貫き、長く続いた彼の過酷な戦いの日々に終止符を告げるかに見えた。だが――。


「――だめですっ!!」

「っ!?」


 だが次の瞬間。

 振り下ろされた静流の錫杖は、何者かの刃によって弾かれる。

 突然の横槍に静流は降り積もった光の雪を舞い上げながら下がり、現れた相手の姿を見て思わず息を呑んだ。


「あなたは……」

「もう……もうやめてください……っ! これ以上、僕の大切な人を……奏汰さんを傷つけないで……っ! お願いですよ……静流さん……っ」


 もはや、その身は静流と同じく立っているのもやっとのはず。


 今まさに奏汰にとどめを刺そうとした静流の前に現れたのは、全身傷だらけとなり、満身創痍まんしんそういの身でありながら悲痛な表情で奏汰をかばう、徳乃新九郎とくのしんくろうだったのだ――。


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