忘れない


 結束の銀。

 それは、奏汰かなたの持つ七つの輝き最後の力。


 その能力は、〝七つすべてのスキルを同時に行使可能になる〟こと。


 本来、奏汰はそれぞれのスキルを同時に行使することはできない。

 しかし銀の力を発動し、剣神リーンリーンとなった奏汰は、枝分かれして成長した七つの力を結束させ、まさに神をも越える無限の力――〝勇者の虹〟を絶望の闇にかけるに至る。だが――。


「我らの偉大なる魔王様が死んだ!! 悪魔に殺された!!」

「あの悪魔のせいで、この世界はもうおしまいだ!」

「魔王様が死ねば、この世はまた戦乱の時代に逆戻りだぞ!」

「そうなれば、我ら亜人は殺される……人間の奴隷にされてしまう!!」

「…………」


 それは、奏汰がクロムと共に数多の異世界を救う旅に出てすぐのこと。

 奏汰が倒した魔王の死に絶望し、悲しむ亜人たちの姿を、奏汰ははるか天上からじっと見おろしていた。


 数多の救えぬ命に涙し。

 己の無力を嘆き。

 利害相反する者の願いを潰し。

 小を殺して大を生かす。


 奏汰は勇者としての戦いの中で、何度となくそれらの過酷な決断を迫られ、断を下してきた。

 

 勇者として。

 異世界人として。

 よそ者として。


 時には神であるクロムですら目を背けるような絶望的な状況でも、奏汰は自らの判断で世界そのものの存続を優先し、無数の命の運命を左右してきた。だが――。


「〝銀の力が使えなくなった〟だって? どうして!?」

「わからない……この前までは、たしかに使えたんだけどな……」


 だがそんな過酷な戦いと決断の日々の果て。

 いつしか奏汰は、最強最後の力である銀の力を〝失った〟。


 当時の奏汰には、なぜそうなったのかわからなかった。

 だが今ならわかる。


 銀の力が結束していたのは、奏汰が持つ七つの光だけではなかった。

 奏汰が出会い、自らの手で紡いできた命の絆。

 それをこそ原動力として、初めて発動する力だったのだ。


 しかし現実として、奏汰はやがて自らの行いで成した絆を手に取ることを躊躇するようになった。

 

 救えなかった命。

 踏みにじった願い。

 

 それらの悔恨かいこんは奏汰の心を深く傷つけ、確実にむしばんでいた。


 そう――あの日、あの時。

 奏汰が燃える江戸に落ち、新九郎しんくろうと出会ったあの瞬間。

 

 あの時の奏汰には、もはや勇者の虹をかける力は〝なかった〟。


 真の力を失い、すり減った心で、誰も待つ者のいない故郷に帰ろうとしていた……傷ついた孤独な少年が一人、落ちてきただけだったのだ――。

 

 ――――――

 ――――

 ――


『いくぞリーンリーン! 俺たちの道は、俺たちで切り開く!!』

『お願いみんな……わたしに力を貸して! わたしにこの人を止める力を……この強い人を倒せる力をっ!!』


 数万の勇者、その絶望の化身――真皇闇黒黒しんおうやみのこくこく

 超勇者たる剣奏汰つるぎかなた、その可能性の結束――剣神リーンリーン。


 互いに最後の力を見せた二人の勇者の戦いは、ついに終結の時を迎えようとしていた。


『この人はここで……! ここで私が倒さないと、みんなが――!!』


 無数の可能性がついえた先。

 絶望の闇に塗り込められた漆黒しっこくの巨神の闇。

 もはや後のない静流しずるは祈るように叫び、共に戦う勇者たちに願う。


 燃える江戸の遙か上空に飛ぶ真皇しんおうの巨体が空間をきしませて稼働し、その八腕はちわんから瀑布ばくふのごとき闇が垂れ流され、リーンリーンめがけて押し寄せる。


『はぁああああああああああ――!!』


 それを受けた奏汰はリーンリーンの内部、魂の座コックピットと呼ばれる操縦空間で己が聖剣を切り払う。

 奏汰と完全に一体化したリーンリーンが眼光をきらめかせ、降り注ぐ闇めがけて〝七色に輝く光の矢〟となって飛翔した。


 激突する闇と光。

 無限の絶望と無限の可能性。


 豪雨のようにリーンリーンめがけて降り注ぐ真皇の闇。

 リーンリーンはそれらの闇をその手に握る光刃こうじんで次々と斬り払い、機体の周囲を舞う七つの光は迫り来る闇をこともなげに焼き尽くす。

 その軌道きどうはしる七色は漆黒に染まった江戸の空を一直線に駆け上り、まごう事なき勇者の虹を絶望の闇にかけて見せた。


『そ、そんな……っ!? わたしたちの力が、押し負けてる……っ?』

『さっきまでとは違うぞ――!!』


 光芒一閃。


 闇を切り裂いたリーンリーンは一瞬にして真皇の右上腕部まで接近。

 鮮やかな虹色の残像を引いて切り抜けると、真皇の八腕の一つがあっけなく砕け散り、光の粒と化して消滅する。


『あぐ――っ!?』

『まだだ――!!』


 真皇の闇となった無数の勇者たちに、驚愕きょうがくと動揺が広がる。

 しかし奏汰とリーンリーンは止まらない。そのまま返す刃で左上腕も切り飛ばすと、光刃を構えていない側の手甲てっこう部分から無数の光弾こうだんを連射。

 放たれた光弾はやはり真皇の闇を完膚かんぷなきまでに撃ち抜き、着弾と同時に真皇の巨体でまばゆいばかりの炸裂を次々と巻き起こした。


『つ、強い……っ! いくらわたしが引き出した力が弱くても……それでも、この真皇には〝数千人分の勇者の力〟が集まっているはずなのに……!!』

『静流さん……君はさっき、今の俺が一人だって言ったな。たしかに前の俺はそうだったよ……ここに来るまでは、新九郎と会うまでは!!』

 

 リーンリーンの放つ光弾をもがくように引き裂き、なおも絶望を増した真皇が迫る。

 真皇の山ほどもある巨大な拳がリーンリーンに叩きつけられ、しかしそれは飛翔するリーンリーンが振り下ろした光刃と激しく拮抗。

 江戸の空に、虹と漆黒という相反する二つの閃光を円状に拡散させた。

  

『そんな……今だって、あなたは一人じゃないですかっ! あなたが守ろうとしているみんなも、徳乃とくのさんも……誰も〝ここにはいない〟じゃないですかっ!!』

『君がそう思うなら……この戦いは〝俺の勝ち〟だ』

『な、なにを言って……!?』


 リーンリーンの光刃がその輝きを増す。

 拮抗していた真皇の拳が押し負けてひび割れ、虹の光に砕かれていく。

 しかし静流は共に戦う勇者たちと心を一つにし、残された五本の腕でリーンリーンを握り潰そうとあがく。


『こっちだ、ついてこれるか!?』

『……っ!? 追って、みんな……あの人を倒して!!』


 しかし奏汰とリーンリーンはそれを見切る。

 巨大な腕の狭間はざまを虹の残像と共にすり抜けたリーンリーンは、真皇のいる位置よりもさらに高く――闇に沈む地平が大きく弧を描く高さまで上昇し、真皇の射線を地上から遠ざける。


 それを見た真皇はすかさず上空のリーンリーンへと狙いをさだめ、もはや銀河系すら砕くであろう破滅の奔流を解き放った。


 だがそれと同時。リーンリーンもまた眼下の真皇へと向き直り、機体に寄り添う七つの光を〝七芒星ななぼうせい〟として前面に展開。

〝闇のみを殲滅する〟極大の光を収束すると、直下の真皇めがけ虹色に輝く光芒こうぼうとして振り下ろした。


 炸裂。

 強大な光と闇が激突し、周囲のなにもかもを弾き飛ばして拮抗する。


『どうして……!? なぜあなたは、こんなにも……!』

『俺はもう〝忘れない〟……どんなに離れていても、もう二度と会えなくても。それでも俺は……もう絶対に〝みんなのことを忘れない〟!!』

『……っ!?』


 拮抗する絶望と可能性。

 その奔流ほんりゅうが、徐々に可能性の光へと傾いていく。

 その光景を驚愕と共に見つめながら、静流は月を背に光翼こうよくを広げるリーンリーンの向こうに、もはや数え切れないほどの〝光〟を見た。


 それは、奏汰が今まで渡り歩いた異世界でつむいだ命の光。


 喜びも。

 怒りも。

 哀しみも。

 楽しさも。


 正も負も。

 善も悪も。

 

 その光の中には、まさしく全てがあった。そして――。



〝僕はあなたに命を救って頂きました。そして、あの場で奏汰さんが鬼を退治してくれたお陰で、江戸に住むみんなの命も助かったんです――〟


〝なあつるぎさん。もし新坊しんぼうが頼りにならねぇってなったら、いつでもうちに来てくんな。そん時はまた、腹一杯うまいどじょうを食わせてやるからよ――〟


〝お前は鬼を倒し、多くの命を救った。お前に肩入れするに、それ以上の理由など必要あるまい――〟


つるぎさん、徳乃さん。この度は私たちのために……この町のために戦ってくれて、本当にありがとうございました――〟



 奏汰の胸で、この地で受けた優しさが燃える。

 新九郎と共に過ごした日だまりのような日々が輝く。


 たしかに奏汰に救えぬ命があったことは事実。

 奏汰によって踏みにじられた願いがあったことも事実。


 しかしそれでも――奏汰の力でけたすらつかぬ無数の命が救われたこともまた事実なのだ。

 

 救えなかった命と。

 救うことができた命。

 押し通した願いと。

 通せなかった願い。


 それらの事実に、命尽きる時まで向き合うということ。


 それこそが、奏汰が新九郎の優しさに癒やされ、江戸で生きる人々との触れ合いの中で取り戻した〝絶対の覚悟〟だった。


『だから俺は、今度こそ〝俺のために戦う〟……俺が守りたいものを守るために。俺が大好きな人を守るために!! みんなと一緒に、みんなと力を合わせてそうするんだ!!』

 

 奏汰の覚悟は彼が今まで関わった全ての想いを結束させ、リーンリーンの光がさらに増していく。

 そしてそれを見上げる静流の目に、リーンリーンのすぐそばで奏汰を見守るように寄り添う、〝一際強く輝く二つの光〟が映った――。


『そう……そうだったんですね。あなたもこの世界で救われていた……あなたも〝わたしと同じ〟……最初から帰る場所なんて、なかったんですね……』


 奏汰の背に浮かぶ数多の人々の想い――その先で〝奏汰も自分と同じ〟だと気付いた静流は、真皇の闇の中でうなだれるようにしてうつむく。


『でも違う……あなたは目を逸らさなかった。自分の行いから目を逸らさなかった……逃げ出したわたしとは違う……』

『そんなことないよ……今ここで静流さんがなにをしてたって、あの子猫みたいに〝君に助けられた命〟だって沢山いるんだ……』

『…………っ』


 もはや、光と闇の拮抗は崩れていた。

 いまだ手を差し伸べようとする奏汰に、しかし真皇の中の静流は悲痛な表情で歯を食いしばる。


 今この時、彼女の脳裏に浮かぶのはかつてこの地に落ちた際の記憶。

 自棄じきとなってすべてに絶望していた自分を暖かく迎えてくれた、掛け替えのない仲間たちの姿――。


『それでもわたしは――!! みんなのためにできることをしたい!!』

『っ!』


 瞬間。それまでリーンリーンめがけて放たれていた真皇の闇が、突如として眼下の江戸めがけて〝その矛先ほこさきを変えた〟。


 それによってリーンリーンの光は真皇の巨体を即座に打ち砕くが、すでに放出された真皇の闇は勢いを増して江戸を飲み込もうと迫る。


『わたしではあなたに勝てなかった……でもわたしだって、大切なみんなのために戦ってるんです!! わたしはもう、絶対に嘘つきにはならない――!!』


 それを見た奏汰は即座に砲撃を停止。

 江戸めがけて放たれた破滅の闇を止めるべく、リーンリーンと共に一条の流星となって加速降下する。しかし――!


『させないっ!! ここであなたを倒さないと……わたしがあなたを止めないと、〝みんなが死ぬ〟――!!』


 闇の阻止に動くリーンリーンに、半壊した真皇の巨体が特攻をかける。

 江戸を守るために無防備を晒すリーンリーンに対し、静流は真皇に残されたすべての力で〝自爆〟を狙ったのだ。


『俺は諦めない!! 静流さんのことも……みんなのことも!! 俺たちはまだ……〝一つしか選べない〟なんて場所にはいない――!!』


 収束を失い、溶けた闇と化した真皇の残骸は再び静流が持つ灰色の光を強めて加速し、同じく急降下する奏汰の光と日枝神社ひえじんじゃ直上で激突。


 江戸を覆う闇も光もなにもかもを巻き込み、閃光となって消えた――。


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