勇者の地獄


「よくお聞きなさい超勇者。私たちが今いるこの世界の正体……それこそは、異世界の神々が力を増しすぎた勇者をほうむるために生み出した牢獄――〝勇者の処分場しょぶんじょう〟なのです」

「処分場だって……!?」


 奏汰かなた彼岸ひがん

 二人の勇者の死闘が続く江戸上空。

 この世界の真実を尋ねた奏汰に対し、彼岸の口にした答えはあまりにも衝撃的なものだった。


「この世界に、俺たち以外にも何万って数の勇者が捕まってるっていうのか!?」

「ええそうです。ですが、彼らは現世とはことなる〝闇の領域〟に封じられています。肉体を失い、永劫えいごうの闇の中で故郷を想い苦しみ続ける……それを地獄と呼ばず、なんと呼びましょう?」

「…………」


 だがしかし。彼岸の分身体を力任せに切り払い、蹴り砕く奏汰の動きに一切の動揺は見られなかった。

 一方の彼岸も同様、それまでと攻撃の手を緩めず、〝奏汰であればそうだろうと〟――あらかじめ、互いに奇妙な理解を通じていたように戦い続ける。


「貴方ほどの勇者であれば、すでに耳にしたことがあるのではありませんか? 神から与えられた勇者の力……それは、それを得た者の素養そよう工夫くふう鍛錬次第たんれんしだいでどこまでも力を増す〝可能性の光〟です。しかし時として、強すぎる可能性は世界の管理者たる神すら越える力へと至る――神々は、そんな勇者の力を恐れていたと」

「そうらしいな……」


〝――正直、始めにここに迷い込んだときは別の神の陰謀いんぼうを真っ先に疑ったよ……私はともかく、奏汰の力はとうに神を越えている。そんな奏汰を、他の神がき者にしようとしたんじゃないかとね……〟


 彼岸の話を聞いた奏汰の脳裏のうりに、かつて月海院つきみいんでクロムが語った神の疑念ぎねんよみがえる。


「おかしいとは思わなかったのですか? 私たち勇者がここまで暴れておきながら、この世界をつかさどる神は一向に姿を現わさない……その理由は、ここが勇者を廃棄はいきするためだけに用意された〝ごみ溜め〟だからです。つまり今貴方が守ろうとしている町も、命も……どれもそのごみ溜めから生まれた〝神もあずかり知らぬ副産物ふくさんぶつ〟にすぎないのですよ」


 おのが聖剣を握りしめ、彼岸の猛攻もうこうに抗する奏汰の耳に、捕らわれた勇者たちの絶望をうったえる彼岸の声が朗々ろうろうと響く。


 神の裏切りを。

 神の使い捨てとされた勇者の哀れを。

 この目に映る世と命が、いかに守る意味の無い物なのかを。

 彼岸はさとすように、静かだが決然けつぜんとした声色こわいろで奏汰に聞かせた。しかし――。


「なるほどな……けど……」

「…………」


 だがその言葉を聞いた奏汰は、自身の内にぬぐえぬ〝疑念ぎねん〟が広がるのを感じていた。


(たしかにありえそうな話だな……だけど、少なくともクロムはそんなこと知らなかったはずだ。もしその話を知ってたのなら、クロムは俺と一緒に自分まで閉じ込めた他の神様を絶対に許したりはしない……)


 たしかにこの世界に神はいない。

 そして異世界の神々の中には、力を増す勇者に懸念けねんを示し、うとましく思う者もいたという。それは奏汰もクロムから聞いていた。


 だが同時に奏汰は、神々が〝徒党ととうを組んだ勇者の反逆〟を恐れていたとも聞いていたのだ。


(今ここで起こってることは、それこそクロムが言ってた〝神様が怖がってたこと〟そのものじゃないのか……? それなのにわざわざ勇者を一箇所いっかしょに集めて、ここまで恨まれるようなことをするのか……?)


 それは、どれも確証のない違和感にすぎない。

 しかし奏汰には、かつて様々な異世界で出会った大勢の神々の様子から、とても彼岸が語るほどの敵意や悪意を見いだすことはできなかったのだ。


「私や貴方は、神を越える力に到達とうたつしていたがゆえにこうして闇に飲まれることなくはじかれ、肉体を失わずにすみました……しかし多くの勇者はあらがうことすらできず、今も闇に封じられています……私は彼らのため、そして共に戦う仲間のために、この地獄を破壊しなくてはならないのですよ……!!」


 その彼岸の言葉には、明確な決意がにじんでいた。

 少なくとも彼女は本心からそのために戦い、こうして多くの命を踏みにじるような行為に手を染めている。

 その話に違和感を感じる奏汰にも、それだけは確信を持って理解することができた。


静流しずるさんの戦う理由はわかった……けど本当にそうだとしても、ここに生きるみんなを苦しめていいことにはならない。ここがごみ溜めでも、見捨てられていても……この世界で生きているみんなの命は、〝夢でも幻でもない〟からだ――!!」


 刹那せつな。それまで続いた拮抗を破るべく奏汰が動く。

 すでに音と光の狭間はざまに到達していた奏汰がさらに加速、聖剣リーンリーンに切り裂かれた彼岸の分身体ぶんしんたいがまたたく間にその数を減らしていく。


「貴方ならそう言うと思っていましたよ……だからこそ、カルマ様も最初から貴方を味方に引き入れることを諦めたのでしょうからねぇ……!」


 迫る奏汰の猛攻。

 それを見た彼岸もまた、互いの雌雄しゆうを決すべく己が聖剣アステリズムを天にかかげ、その背に輝く星系せいけい光輪こうりんがまばゆい光を放つ。

 そしてそれと同時、それまで不規則に現れていた彼岸の分身体が江戸の夜空に巨大な星雲せいうん軌道きどうを描き、〝極大きょくだいの奇跡〟を顕現させるべく力を収束しゅうそくさせた。


「〝千年〟――この地に落ちた数多あまたの勇者たちは、千年もの間この地獄を抜け出そうとあがき続け、ようやくこの牢獄の破壊まであと一歩というところまで辿たどり着いたのです……私は、こんな私を救ってくれた大切な仲間たちのために……今度こそ〝みんなの願い〟を叶えてみせる!!」

「――っ!!」


 星がまたたく。

 夜空に溢れる星の光、その全てが一斉に奏汰めがけて流れる。


 それは、彼岸が願った究極の奇跡。

 自らの願いを阻む超勇者を欠片も残さず消し去るという、自らのために願った奇跡の力。


 その圧倒的破滅の奇跡に、奏汰の青い雷光は逃げ場を失ってのたうつ。

 しかし無限にも見える星の光に追われた奏汰の青はやがてその光の直撃を一つ、二つと許し、ついには全ての閃光をその身に叩きつけられた。

 

 閃光。

 炸裂する星の光。


 彼岸が三年にも及ぶ時をかけ、数万もの人々から吸い上げた闇。

 そのほとんどを振り絞って創造そうぞうした〝奏汰抹殺まっさつの奇跡〟は、神の御業みわざとも言える破滅をその場に光臨こうりんさせたのだ。だが――。


「――悪いけど、〝その願いは通せない〟」

「まさか……っ!?」


 彼岸の願った奇跡、そのまばゆいばかりの光に〝亀裂〟が走る。


 彼岸が放った奇跡は、その亀裂の先から現れたもう一つの〝巨大な赤の光〟に飲み込まれ、まるで〝初めから存在していなかったかのように消滅〟する。


「そ、そんな……っ!? あ、ああ……ああああ――!?」


 それは奏汰の持つ赤の力。

 奏汰が殺すと決めた全てを殺す、〝滅殺の赤〟の力だった。


 彼岸の奇跡を消し去った〝赤〟は、そのまま夜空に鎮座ちんざする彼岸の分身体をもまとめて焼き尽くし、あわてて防御障壁ぼうぎょしょうへきを展開した彼岸の実体すら、す術もなくその身を焼かれてボロ布のように弾かれた。


「うぐ……っ! まさか……今までは手を抜いていたとでも……!?」

「赤は〝扱いが難しい〟……だから俺も動きながら、ぎりぎりまで〝赤の範囲を絞って〟撃つタイミングを狙ってたんだ」


 恐るべきは奏汰の赤。

 奏汰はあえて口には出さなかったが、滅殺の赤は何も考えずに垂れ流せば、この〝宇宙すら消滅させる〟確殺の力だ。

 他の力とは違い、奏汰は常に赤の力を〝できる限り小さく〟、その出力をギリギリまでせばめて行使していた。


「もう一度言う……鬼に変えたみんなを元に戻すんだ」

「ふ、ふふ……このに及んで、まだそんな甘いことを……」


 超と天恵てんけい

 その勝負は決した。


 奏汰の赤によって灰色の光と素顔を隠す狐面きつねめんを砕かれ、背負う光輪すら一撃で半壊はんかいした彼岸の前に、聖剣の切っ先を向けた奏汰がゆっくりと迫る。

 

「あんなに怪我や病気の大変さを俺たちに教えてくれた静流さんが……ここで生きるみんなを殺して、それで平気なわけがない」

「……っ」


 なおも錫杖を構え、戦う意思を失わぬ彼岸。

 奏汰はそんな彼岸に向かい、静かにつぶやいた。


「平気ですよ……先にも言ったとおり、私にとってこの世の命などどうでもいいのです……我らの大願たいがんが叶えば、はかなく消える些末さまつな存在なのですから……」

「〝嘘だ〟……君はさっき、助けた子猫が怪我をしないように逃がしたって言ってたじゃないか。本当に命をどうでもいいと思ってる人は、そんなことはしない……」

「…………」


 その奏汰の言葉に、彼岸の――否、静流という名の少女のまぶたいるように閉じられる。

 二人が対峙たいじするはるか下方。眼下に広がる江戸の町では今もあちこちから炎が上がり、耳をませば絶望の悲鳴が聞こえてくるようであった。


「そっちにもゆずれないものがあるのはよくわかった……けど静流さんは、本当はこの世界のみんなだって守りたいんじゃないのか? だったら俺も喜んで協力する……捕まってる勇者のみんなも、この世界のみんなも、どっちもなんとかする方法を俺と一緒に探そう」

「〝つるぎさん〟……あなたは、こんなわたしに……まだ――」


 気付けば、静流のすぐ目の前に奏汰の手があった。

 それは、静流が今日までに誰かから差し伸べられた〝二つの目〟の手だった。


「ありがとうございます……そして、ごめんなさい」

「――っ!?」


 二つ目の手。


 それゆえに……静流は奏汰の手を取ることはなかった。

 彼女はすでに、始めに差し伸べられた手を取っているのだから。


 同時に、それまでとはことなる〝漆黒しっこくの力〟が静流の身からあふれ出し、それは差し伸べられた奏汰の手を傷つけながら、彼が静流に伝えた想いを〝明確めいかく拒絶きょぜつ〟した。


「やめろ静流さん! 君は――っ!!」

「これが、私の〝奥の手〟です……剣さん、もっと早くにあなたと……みんなと会いたかった。わたしが、もう嘘をつかないって決める前に……勇者になんて、なる前に……――」


 静流を中心として現れた闇。

 奏汰には、それが一体なんの力によるものかが〝わからなかった〟。


 闇、闇、闇。

 あふれ出すは、闇に闇を重ねた窮極きゅうきょくの闇。


 百の異世界で数多の邪悪と対峙してきた奏汰ですら、一度も見たことのない〝真の闇〟、その深奥しんおう

 全てを塗りつぶす闇そのものが今、江戸の地に現れたのだ――。 


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