光の拮抗


 黒示救世教こくじきゅうせいきょうとその開祖、彼岸ひがんによる日の本全土を巻き込んだ災禍さいか。 

 その火の手はまたたく間に広がり、未曾有みぞうの恐怖と絶望をもたらした。


 今……祭りの灯ではなく、命を焼く炎が江戸を覆う。

 それは暗い夜空を赤く照らし、まるで御仏みほとけの教えにある地獄じごくをこの世に顕現けんげんさせたかのようであった。


「これ以上はやらせない――!!」

「ふふ……」


 だがこの時。

 絶望の闇が広がる漆黒の空を駆け抜ける光芒こうぼうが二つ。


 一つはその身に飛翔ひしょうの力、〝白の輝き〟をまとい飛ぶ超勇者――剣奏汰つるぎかなた

 そしてもう一方は、壮麗そうれい法衣ほういをはためかせ、ほの暗く明滅めいめつする〝灰の輝き〟と共に滑り飛ぶ天恵てんけいの勇者――彼岸。


 力強く闇を切り裂く奏汰の輝きと、まるで闇に溶けるかのように揺らめく彼岸の光。

 それはまるで、互いの魂と想いの有り様を示しているかのようですらあった。


「さあさ、どうしましたつるぎ様。勇者を越えた勇者――超勇者とまでうたわれた貴方の力、まさかその程度ではないでしょう?」

「こいつ……」


 月光輝く天と燃えさかる大地。

 二つの景色が互いの視界でめまぐるしく入れ替わり、双方の放つ光が螺旋状らせんじょうに渦を巻いて何度となく中空でぶつかり合う。

 夜を貫き迫る奏汰の一撃を、彼岸は錫杖しゃくじょうの聖剣アステリズムで見事にいなし、奏汰の聖剣を受けた錫杖ごとぐるりと回して体勢を崩しにかかる。


「この――!」

「おやおや、ふふふ……」


 しかし奏汰は崩れない。彼岸の起こした回転に身を任せ、そのままの勢いで彼岸目がけて魔王すらほふり去る回し蹴り一閃。

 だが彼岸はその蹴りには目もくれず、余裕の笑みすら浮かべて舞い踊るように旋回せんかい

 星空の海で漆黒の法衣をひるがえし、滑るように後方へ。


 それを見た奏汰はその身にまとう輝きを〝白から金色こんじきに〟切り替えると、虚空こくうの闇を蹴り飛ばして加速。彼岸めがけて追撃の飛び蹴りを叩き込む。


「なるほど……白い光は貴方を様々な〝物理法則から解放〟し、こちらの金色の光は〝無限とも言える力の増大〟をもたらす……カルマ様が言っていたとおり、貴方はいくつものスキルをお持ちのようですねぇ……」

「止めたか……!」


 だがしかし。隕石の衝突にも匹敵ひってきするであろう奏汰の一撃は、彼岸の掲げた錫杖から展開される湾曲空間に絡め取られてピタリと止まる。


「今もって私が把握する貴方の力は、青・赤・緑・紫・白・金の六つ……一見すると便利にも見えますが、どうやら貴方はそれらの力を一つ一つしか行使できない。そして何より……〝残るあと一つ〟以上の力はお持ちではないということ……」

「そうだな!」

「おっと、危ない危ない……!」


 瞬間。彼岸の障壁に止められた奏汰の蹴り足が〝滅殺めっさつの赤〟を帯びる。

 赤の光芒こうぼうは彼岸の障壁を瞬時に焼き尽くすが、その時にはすでに彼岸は遙か上空。

 天上に昇った彼岸は奏汰が背負う炎上する江戸の夜景を眼下に見おろし、狐面きつねめんの裏でほの暗い笑みを浮かべた。


「ふふ……では、これは受けきれますか?」


 高空へと距離を取った彼岸の背に、〝星系のしるべを模した光輪こうりん〟が顕現けんげんする。

 同時に灰色の光は輝きを増して白熱となり、彼岸の周囲に数千を超える光の弾丸を生成。それを眼下の奏汰目がけて一斉に振り下ろしたのだ。


「わかっているとは思いますが、避ければ〝江戸が消し飛びます〟よ」

「避けるか――!」


 迫る無数の光弾は、たとえ一発でも直撃すれば城一つ吹き飛ばすことなど容易たやすいほどの力を秘めていた。

 それを見た奏汰は瞳に〝紫の輝き〟を宿し、己が聖剣リーンリーンをかかげてその力を解放。

 自身を中心としてあまねく破壊を防ぐ〝不壊ふえの障壁〟を展開し、江戸のみならず、〝関東平野全域〟をすっぽりと覆い尽くして見せる。


 閃光。

 激突する光と光。

 炸裂する数多の爆炎。


 江戸の夜空を埋め尽くす爆発と衝撃が一斉に花開く。

 その衝撃波は一瞬にして滞空する雲の群れを消し飛ばし、星の反対側まで到達するほどの烈風れっぷうを巻き起こした。そして――。


「〝青〟だ――!」


 瞬間。いまだ爆風収まらぬ業炎ごうえんの渦を〝青の閃光〟が駆ける。

 〝通常の千倍という超高速〟に加速した奏汰が、自らを青き雷光と化して天上に座する彼岸めがけて飛翔する。


「なんという速さ……でしたら、私もより趣向を凝らしてお出迎えしなくてはねぇ……!」

「っ!」


 しかし彼岸は目にもとまらぬ奏汰の初撃しょげきを周囲に展開した障壁で弾くと、次の瞬間には〝数千もの自らの分体〟を生み出し、超速の奏汰に対抗する。


「私が持つスキルは〝アセンション〟――他者の持つ負の感情を浄化し、それを力として〝万能の奇跡を発現させる能力〟。尽きぬ闇さえあれば、私に成せぬ事はありません。ところで……私がこの地で浄化した負の感情の総量は、いかほどかおわかりになりますか……?」

「なんでもありってわけか」

「では、参りますよ……超勇者様」


 閃光再び。


 通常の千倍――つまり〝音速の五十倍〟で縦横無尽じゅうおうむじんの戦闘機動を見せる奏汰と、速度は変わらぬままにその身を数千体に増した彼岸。


 奏汰は無数の彼岸が繰り出す光弾を次々と上空にはじき返し、彼岸は超速で迫る奏汰の聖剣によってまばたきの間に百、千と切り裂かれ、しかし斬られたそばから新たな分身体が出現する。


 両者の激突は再び拮抗を見せ、それはあたかも大軍勢同士の激戦が江戸の空で巻き起こったかのような凄絶な様相を呈した。


「どうしてこんな酷いことをした!? 静流しずるさんたちの願いは、こうまでしないと叶えられないものなのか!?」

「カルマ様から聞いているのでしょう? 私たちは皆、この世に迷い込んだ哀れな虜囚りょしゅう……皆が生まれた故郷に帰るためには、この世そのものの破壊がどうしても必要なのです」

「ならこの世界はなんなんだ!? どうして俺たちはここに落ちた!? なんでこの世界だけこんなことに!?」


 夜空にあまねく無数の彼岸。

 その全てに向かって奏汰が叫ぶ。

 彼岸は奏汰と鋭い剣戟けんげきを続けながら、その狐面の下で何事かを思案しあんするように目を細めた。


「……いいでしょう。ここまで道をたがえては、真実を知ったところで何が変わるということもないでしょうが」


 問答もんどうを仕掛けながらも、双方の激突は一瞬たりとも収まることはない。

 まるで稲妻のように駆け抜ける青の光と、明滅する灰色の光。

 またたいては消える色つきの衝撃波は、先ほどまで江戸の空を照らしていた希望の花火に良く似ていた――。


「よくお聞きなさい超勇者。私たちが今いるこの世界の正体……それこそは、異世界の神々が力を増した勇者を葬るために生み出した牢獄ろうごく――〝勇者の処分場しょぶんじょう〟なのです」

「処分場だって……!?」

「そう……そしてこの世界には、私たち以外にも〝数万を越える勇者たち〟が今も永劫えいごうの闇に封じられている……そのかなめとなる結界の基点きてんこそが、この江戸なのですよ……!」

 


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