五
死線
『グオオオオオオオオオオオ!!』
「な、なんてでけぇ鬼だ!!」
「怯むな!!
「おおーーーーッ!!」
人から鬼に変わった者達は、その全てが一直線にこの地を目指して進撃していた。
進行上にある家々は次々と破壊されていたが、幸いにも民は鬼の視界に入らねば逃げることは容易であった。しかし――。
「一陣!!
「けっども、こいつらみんな……元は町の奴らで!!」
「
「大鬼に刀は届かぬ! 槍、弓は大鬼を狙え! それ以外の者は、弓手に鬼を近づけるな!!」
だがしかし。ここ日枝神社にて前線を張る者たちに〝逃げ場はない〟。
町奉行の
数は多いが正規の武士は半数以下であり、その殆どが普段は町民でもある岡っ引きたちであった。
「ちくしょう!! お前ら、どうして鬼になんてなっちまったんだよぉおおお!?」
「陣を乱すな!! 心乱せば死が近づくぞ!!」
「急報!!
「なんだと……!? しかし、我らにもそのような余力は……っ」
すでに幕府も鬼の狙いが日枝神社であることには気付いていたが、
その上、長谷部老一派が踏み込んだ
「ぎゃあああああッ!?」
「た、助けてくれえええええ!!」
四方を鬼と炎に囲まれ、江戸を襲った災厄の中心点に馳せ参じた者たちの運命は風前の灯火。誰もがこのまま死を待つばかりであるかに見えた。しかし――。
「
だがその時。
絶命の死地にある一団の周囲に、季節外れの豪雪が舞い散る。
そしてその吹雪の中を
「お、鬼がみんな凍っちまった!?」
「おめぇまさか……江戸一番の青二才っちゅう……?」
「加勢します!! ここは僕に任せて、みなさんはあちらを!!」
もはや、お約束となった名乗りを上げる余裕などない。
それでも新九郎は刃を振り抜き、助けた者たちをちらと
『ガアアアアアアアアアアア!!』
(斬れない……!! この鬼を斬るわけにはいかない……!! この人たちは、
それは、新九郎が初めて身を投じた本当の
逃げ惑う人々。
限りなく現れる鬼。
鬼の群れに立ち向かう武家者たち。
火の粉舞い散る絶望の戦場で新九郎は今の己が持つ全てを燃やし、鬼へと変えられた者の命すら拾いあげ、一人でも多くの人々を救うべくその剣を振るった。
「はぁあああああああああああ――!!」
五体、十体、二十体と。
新九郎は次々と鬼を氷柱に封じ、あるいはその動きを止めて無力化していく。
その鬼気迫る戦い振りに、それまで決死の抵抗を続けていた武家たちは思わず息を呑んだ。
「信じられねぇ……あれがきゅうり侍の新九郎だってのか!?」
「だが、先日の神田ではあの者が鬼の群れを倒したと――!」
その剣はまさに絶人の域。
常人ではたとえ何年かかろうとも到達できぬ天の剣。
今の新九郎は間違いなく江戸一番の……否、日の本でも五指に入るであろう剣の冴えを見せていた。だのに――。
(〝守れない〟……!! このままじゃ、どう頑張ってもみんなを守れない……!! どうしたら……どうしたらいいんですか、奏汰さん……っ!!)
その心にあるのは焦り。
守れない。
防ぎきれない。
どんなに刃を振るおうと、どんなに集中を研ぎ澄ませようと。
このままでは、やがて迫り来る鬼の群れに押し潰される。
(やっぱり、今の僕じゃ駄目なんですか……!? もしも、僕が奏汰さんみたいに強かったら……奏汰さんだったら……!!)
新九郎はその剣才ゆえに、己が限界とそれを越える鬼の圧力を正確に感じ取っていた。
このままではやがて自分も力尽き、江戸を守り切ることなどできないと、そう手に取るように理解していたのだ。
「
「っ!?」
だがしかし。
新九郎が戦う場所とは別方向で、突如として幾筋もの雷鳴が
降り注ぐ無数の雷は次々と大鬼小鬼の
「おまたせ……他にもいっぱい助けてたから、遅くなった」
「
現れた雷鳴。それは新九郎の
「で、でも……この鬼も元は、みんな町の人たちで……!!」
「たぶん平気……あなたが殺さないのなら、わたしもそうするから……」
「はうぅ……!? ね、姉様ぁああ……っ!!」
緋華は漆黒の忍び装束に口元を覆う長い首巻きをはためかせると、その身に
「大丈夫……
「……はいっ!」
その緋華の笑みが、折れかけていた新九郎の心を再び燃え上がらせる。
新九郎は思わず浮かんだ喜びの涙を振り払うと、最愛の姉の思いに応えるように力強く頷いた。
「やるよ……吉乃」
「承知です……姉様っ!!」
再び群がる大鬼の群れに緋華は音もなく跳躍。
新九郎は再び二刀を握りしめて疾走する。
「
疾駆する新九郎の道を切り開くように、緋華の放つ無数のクナイめがけて朱色の雷光がのたうちながら絡みつく。
緋華の雷は飛び込んだ新九郎の行く手を阻む鬼をなぎ倒し、大鬼すら一撃で
『ガアアアアアアアアアア!!』
「――!!」
だがしかし、落雷の
その鋼のような肉体と威圧感は、かつての新九郎であれば一目で腰を抜かし、泣き叫んでいたであろう
「約束したんです……っ!! 奏汰さんと強くなるって……二人で一緒に強くなるって!!」
しかしすでに新九郎は前を向いていた。
人は突然強くなったりはしない。
死地は彼女の成長を待ちはしない。
だがそれでも……自分は前に進むことができると。
たとえ一人では難しくとも、誰かと共になら進むことができると。
「いざ――!!
その心に奏汰との約束を宿し、立ち塞がる剛力の鬼めがけ新九郎はさらに加速。
構えた二刀から氷柱の尾を引いて、
「――
一閃。
新九郎の二刀が天に導いた氷柱の道。
それはそのまま荒ぶる
「今はまだ弱くても……奏汰さんと一緒に戦えなくてもっ! 明日こそ……明後日こそ、その次の日こそ!! 僕はいつか必ず……もっともっと強くなってみせますっ!!」
それはまさしく、一人の剣士としての新九郎の覚悟と決意。
江戸を焼き尽くす炎。
その炎をかき消すように、覚悟の氷雪が舞う。
大鬼を封じ、着地した新九郎は迷いを振り払うように残心。
すぐさま次の鬼へときびすを返そうとした。
「危ない、吉乃!!」
「えっ?」
だがその瞬間。一条の閃光が新九郎を背後から襲った。
間一髪、新九郎は
しかし地面から顔を起こした新九郎は、そばで鮮血を流し倒れる緋華の姿を見た。
「う……っ」
「姉様!?」
『ククク……長谷部どもを蹴散らし、次は残りの
「鬼……!?」
現れたのは、巨大な〝八本の腕を持つ異形の鬼〟だった。
鬼は日枝神社の木々をなぎ倒して地響きと共に歩み寄ると、傷ついた緋華を抱える新九郎を見て醜悪な笑みを浮かべた。
『ほう……貴様は
「この鬼……僕を知ってる?」
「我こそは鬼神、
現れたのは、鬼と化した秋津洲主膳。
新九郎は知るよしもないが、かつて
『日枝神社の結界は間もなく墜ちよう……そうなれば、次はいよいよ
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