救いの真実
「さあさあ、今夜はお祭でとても賑やかですけれど、クロムさんはもうお休みの時間ですよ」
「こ、子供扱いしないでくれたまえっ! 私は一人でちゃんと寝れるし、
「ふふ、そうでしたそうでした。クロムさんは、とっても偉い子ですよ」
「ぬぬぬ……」
時はわずかにさかのぼる。
ここは
綺麗に並べられた布団でルナに寄り添われたクロムは、口では色々といいつつも、まんざらではない様子で頬を赤らめた。
外では今も祭りの
わらべにとって睡眠がいかに大切かをルナに諭されながら、クロムはその内で周囲の気配に神経を尖らせてた。
(教団が動くとしたら、間違いなく今夜だ……
クロムは知っている。
百の異世界を救った奏汰が、それぞれの世界でどれだけの命を〝救うことができなかった〟かを――。
諸悪の根源が仕掛けた恐るべき
人知の及ばぬ自然災害。
人と魔による絶滅戦争。
いかに超勇者とはいえ、それら全てからあまねく命を守りきることなど不可能なのだ。ゆえに――。
(だからルナは私が守るんだ……! 自分の命を……大切なものを守るのは、その世界に生きる一人一人の役目だ……それは、人も神も変わらない!!)
それこそがクロムの覚悟。
奏汰が心を許し、奏汰と心から信頼し合う神の気概。
クロムは薄明かりの中で横になるルナをじっと見つめ、何があっても対応できるように神経を張り詰めさせていた。
「ルナ……君のことは、必ず私が守る」
「あらあら、うふふ……ありがとうございますね。それなら、まずはちゃんとお休みして、健康でいなくてはいけませんよ」
「なっ……わ、私は本気で君を……!!」
微笑むルナに自らの言葉が冗談と受け取られたと感じたクロムは、すぐさま身を乗り出して抗議の声を上げる。だが――。
「――っ!? ルナ、明りを消すんだ!」
「え?」
「これは、勇者の力……? いや、そんなはずはない……ここまで〝巨大な力〟が勇者のものなんて……絶対に考えられない!!」
瞬間。クロムの小さな体に震えが走る。
「鬼だあああああああ! 鬼が出たぞおおおおおおお!」
「た、助けてくれえええええ!」
「鬼だって……!?」
外から聞こえる祭りの歓声が悲鳴へと変わる。
そっと戸を開けて様子をうかがったクロムの視界に映ったのは、まさにこの世の地獄とも言える
「うちの婆様が、いきなり鬼になっちまったああああああ!!」
「いやあああああああ! 坊やが、坊やがあああああああ!!」
「これはまさか、人が鬼になっているというのですか……っ? どうしてそんなことが……っ?」
「これが
人が鬼に変わる。
それまで笑い合っていた家族が、恋人が、友が。
突如として人の姿を失い、醜い鬼へと変わる。
鬼へと変じた者達はみな、この三年の間に
その数――総勢三万人。
すでに彼岸の奇跡が終わり、目覚めぬ体となっていた者も。
救いを
日の本中に広がっていたその全てが一斉に鬼となり、目に見えるもの何もかも破壊しながら、一直線に〝日枝神社めがけて進軍を開始した〟のである――。
――――――
――――
――
「みんなに何をした?」
「わかりませんか? 私がこれまで救済と称して力を与えた者すべて……我がしもべとして鬼に変えたのですよ」
「う、嘘でしょう……!? なんてむごいことを……っ!!」
天上に放たれた
その光が収まった時。
そこには、もはやそれまでの気弱な少女の姿はなかった。
そしてその手に神々しい
「みんなを元に戻せ……今ならまだ間に合う」
「ふふ……この期に及んでまだそんなことを口走るとは。本当に甘いお方ですねぇ……?」
勇者の象徴たる聖剣を召喚した彼岸に対し、奏汰は丸腰のまま最後の説得を試みる。
しかし彼岸は狐面の下でくつくつと笑うと、掲げた錫杖に明確な殺意を宿した力を一瞬で収束させた。
「っ!」
「ひえっ!?」
錫杖から放たれた閃光。
その狙いは
しかしその光は、即座に〝紫色の輝き〟を灯した奏汰の拳によって止められた。
「か、奏汰さん……血がっ!?」
新九郎の眼前。彼岸の閃光を弾いた奏汰の手の甲から白煙が上がり、鮮血が滴る。
奏汰は絶対防御の力である〝
にも関わらず傷を負ったと言うことは、聖剣を持つ彼岸の力が、丸腰の奏汰を〝明確に上回っている〟ことを意味していた。
「……どうしてもやるつもりなのか」
「元より、引き返すつもりなど
「そうか……」
揺るがぬ彼岸の決意。
それを受けた奏汰は、新九郎を残して前に出る。
「ま、待って下さい奏汰さん! 僕も一緒に……!!」
「駄目だ……この人は、この前のカルマとは〝格が違う〟」
「……っ!」
一緒に戦うと。
自分も奏汰の力になると。
そう口に出そうとした新九郎を、奏汰は語気を強めて制した。
それは、新九郎が初めて突きつけられた奏汰からの拒絶。
自分は守られてばかりだと。
だからもっと強くなりたいと。
そう決意した矢先の、明確な〝戦力外通告〟だった。
「か、格が違うって……それでも、僕にもなにか……!!」
「新九郎は町のみんなを守ってくれ……新九郎なら、きっとみんなを助けられる」
奏汰は新九郎を振り向かなかった。
いや、振り向くことが出来なかったのだ。
射貫くように彼岸を見つめる奏汰の姿に、新九郎は今の己では絶対に踏み込めぬ力の差を、その天剣ゆえに理解する。
「わかり、ました……っ!」
奏汰の言葉になおも新九郎は何かを言おうと口を開き……ぎりと奥歯を食いしばってその言葉を飲み込んだ。
「
「頼む……絶対に死ぬなよ」
「奏汰さんも……っ!」
別れの時。
最後まで振り向かなかった奏汰に背を向け、新九郎はその胸中に痛みすら感じるほどの〝悔しさ〟を抱えて走り出した。
(くやしい、くやしい……くやしいっ!! 今の僕じゃ、奏汰さんの邪魔になる……っ! 今の僕じゃ……奏汰さんと一緒に戦えない……っ! 今の、僕じゃ……っ)
しかしそれでも新九郎は走った。
自らの弱さなど百も承知。
自らの甘さなど百も承知。
しかしそれでも、自分には鬼と戦う力があるのだと。
大切な命を守る力があるのだと。
他ならぬ奏汰から、その役目を任されたのだと。
悔しさと無力感に
「賢明です。私としても、
「静流さん……俺には、君にどんな理由があるのかはわからない。だけど――!!」
刹那。奏汰はその手を江戸の夜空に向けた。
「来い! リーンリーン!!」
黒煙昇る江戸の空に光が
漆黒の夜空から降り注いだ光の柱は、奏汰の眼前で瞬時に
閃光から現れた己が聖剣を掴み取り、奏汰はこの地を覆う全ての闇を切り裂くようにして、勇気の刃を振り払った。
「たとえどんな理由があろうと……俺は絶対に君を止める!!」
「どうぞ、やってごらんなさい。できるものならねぇ――!!」
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