素顔の決意
「なぜです!? なぜ私たちの助力を拒むのですか!?」
それは、無限に続く回廊の先。
闇に塗り込められ、曲がりくねった道の最果て。
時も場所も定かではない巨大な
「それについては何度も申し上げたはず……いかに
「待ちなよ彼岸ちゃん。だからって、俺たちにここで大人しく見てろってのは違うっしょ。前までならともかく、今はかなっちまで出張ってくるんよ?」
青年と彼岸の応酬を遠目からみやりつつも、やはり彼岸に異を唱えるのは、褐色肌に赤茶けたざんばら髪のカルマだ。
「後のことを心配するのもわかるけどさ、彼岸ちゃんが危ない目に遭う方が俺もエルミールもずっと嫌なワケ。わかるっしょ?」
カルマは相変わらずのへらり顔でエルミールと呼んだ青年の横を通り過ぎ、微動だにしない彼岸の前にしゃがみ込んで視線を合わせる。
「存じているからこそ、こうして念押ししているのですよ……
「だったら、なおさら無茶はだめだよ……この三年で必死こいてため込んだ君の力を全部ぶち込んで、ようやく一個の結界が壊せるかもってとこまできたんだろ? 変な意地張ってないでさ……俺たちみんなで、ど派手にやってやろうじゃねーの!」
そのカルマの言葉に、普段の茶化すような色は一切ない。
カルマは計画遂行を前に気を
「いいえ。もし皆様が私の意思を汲んで下さらないのであれば、私は此度の日程を変更し、独力で実行に移します」
「なんでさ!?」
「なにをそこまで焦っているのです!? これまで誰よりも慎重に計画を前に進めてきた貴方が、なぜ今になって急ぐ必要があるのです!?」
だがしかし。彼岸は
座敷の上に
「……〝超勇者と会った〟のだな」
「…………やはり、貴方に隠し事はできませんね、
その時。彼岸の背後から大きな人影がぬっと現れる。
それは派手な
時臣と呼ばれた大男は、そのままどっかと彼岸の目の前に腰を下ろすと、
「それほどの相手だというのか、あの男は」
「ええ、そうです。彼が現れなければまだ猶予もあったでしょうが……現れてしまった以上、時をかけるわけにはいきません。それに、気がかりは〝彼だけでは〟……」
だがしかし。
その際の彼岸の脳裏には、先日教団の屋敷で対面した
「ならばなおのこと、私たちの総力をもって彼を打倒し、その上で改めて結界を壊せば良いではないですか!?」
「はてさて……そうしたところで勝てる相手でしょうかねぇ? 私の見立てでは、あの方は今ですら私どもと互角か、それ以上かという底知れぬ強さをお持ちです……時が経てば、その力はいや増すばかりでしょう」
「今ならば、お前一人でも倒せるというのか?」
「一つだけ〝奥の手〟がございます……しかし私の奥の手は、敵味方の
時臣の射貫くような視線を正面から受け止め、彼岸は一切の淀みなく自らの覚悟を口にした。
「この三年、私はこの世の命から膨大な闇を吸い上げました。いかにあの方が勇者を越えた勇者……超勇者といえど、そう易々とは打ち破れぬはず」
「死ぬことは許さんぞ……たとえお前に〝帰る理由がなくとも〟、共に我らの大願成就を見届けると……そう誓ったではないか」
「死にませんよ……ここにいる皆さんを、無事に元の世界に送り届けるまではねぇ……」
「彼岸ちゃん……」
それは、仲間である勇者たちですら言葉を失うほどの壮絶な決意。彼岸はただまっすぐに前を向き、迫り来る己の運命にただ一人対峙していたのだ。
「どうか、私を信じてお任せ下さいませ……私はここで皆様と出会い、生まれて初めて心から安らげる日々を過ごすことができました。今の私がこうしていられるのも、皆様のおかげなのです……」
彼岸はそう言うと、その細い両手で自らの顔を覆う狐面に手を添え――ゆっくりと外した。
「みんな……今までありがとう。ずっと嘘つきだった私だけど……この気持ちだけは、絶対に嘘じゃありません。私が持つ〝
不気味な狐面から現れたのは、黒く長い前髪がなびく、かつて奏汰と新九郎の前で
前髪の下に隠された少女の瞳には、決して揺るがぬ勇気と決意の火が灯っていた――。
〝舞へ舞へ勇者
舞はぬものならば
魔の子や鬼の子に
踏み
生まれし世まで帰らせん〟
しゃらん。
しゃらん。
鈴が鳴る。
一人。
それは超勇者――
一人。
それは天恵の勇者――
共に生まれし世から神の手によって連れ去られながら、今日まで必死に生き抜いてきた二人の勇者の道。
そのどちらかが江戸の地で潰える時が、刻一刻と近づいていた――。
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