迎える狐面
「――
「あ、見て下さい
やってきた奏汰と
すでに屋敷の周囲を囲む田畑はその体を成しておらず、あぜ道沿いには彼岸との面会を望む人々を相手にする出店まである始末。
並びに並び、待ちに待ってようやく屋敷の前まで辿り着いた奏汰たちは、人混みの中でふうと安堵の息をついた。
「本当に凄い人の数でしたね……僕たちも朝一番で来たのに、もうあんなに日が高くなってます」
「けどその間に色々見れたのはよかったよ。教団が回りからどう見られてるのかも大体わかったし」
今回、直接彼岸と対面するのは〝新九郎のみ〟だ。
そもそも、彼岸に会うためにはなんらかの〝闇〟――身体的な困難や、精神的な痛苦、悲しみを抱えている必要があるのだという。
奏汰は自身の闇には大いに心当たりがあるものの、それに対して今さら負い目を持ったりはしていない。
言ってしまえば、すでに克服済みである。
そこで新九郎が『それなら、この僕に任せて下さいっ!』などと自信満々に言い出したため、今回は新九郎が赴くことになったのだ。
「本当に大丈夫か……? 何かあれば、すぐに〝俺の力〟を使って逃げるんだぞ」
「わかってますって! 奏汰さんがくれた、この〝変な文字が刻まれた石〟を強く握れば良いんですよね?」
「そのとおりだ。その石には奏汰の〝白の光〟――どんな場所でも一瞬で移動できる〝瞬間転移の力〟が込められている。それを使えば、どんな状況からでも一瞬で奏汰の元に逃げることができるというわけさ」
「とっても心強いです……ありがとうございます、奏汰さんっ!」
胸元から取り出した小石をつまみ上げると、新九郎はまるで宝物でも見るかのようにその目を輝かせた。
「たとえ異世界とは無関係でも、警戒するに越したことはないからね。特に、どうやら彼岸とやらの神通力は本物のようだ……さっきも、私たちの横を彼岸に傷を治して貰ったという者が通ったからね」
「その人たちから〝勇者の力は感じなかった〟んだよな?」
「だね……だから私は、
そう言って、クロムはその見た目に似合わぬ大人びた表情を見せる。
実のところ、ここに来るまでの間にもクロムは何度となく力の感知を試みていた。
しかしその試みは全て不発――勇者の力は愚か、魔術や呪術のたぐいすら感知することはできなかったのだ。
「それならそれで、俺の考えすぎだったってことでいいんだけどな」
「助けて貰ったっていう皆さんも、本当に嬉しそうですし……なんだか、疑ってる僕の方が悪い気がしてきちゃいました」
「ふん……たとえそうだとしても、私は〝私以外の誰かが崇められている〟のはひじょーに気にくわないっ! 必ず化けの皮をはいでやるさ!」
そうして、ついに長い長い列の先頭に奏汰たちが立つ。
宗教施設独特の異様な雰囲気はありつつも、心から感謝を述べて去って行く人々の姿からは、この教団が悪どいことを裏でしているようには見えなかった。
「次の者、こちらに」
「あっ、はい! ではお二人とも、ちょっと行ってきますね!」
「ああ。頼んだぞ、新九郎」
「うまくやりたまえ! 幸運を祈る!」
屋敷入り口からやってきた信徒に促され、新九郎は自信満々で黒示救世教の本部へと入っていく。
残された奏汰とクロムは左右に立つ信徒に頭を下げると、そのまま立ち去る振りをして帰路とは別の方向へと紛れていった――。
――――――
――――
――
「どうぞこちらへ。彼岸様への失礼あらば、即刻面会は終いとなりますゆえ、
「は、はい……――あ、忘れてたっ! あいたたた……腰が……持病の腰がいたいんです~~! な、なんとかしてください彼岸様~~っ! こんなに腰が痛いと、闇がどんどん増えてしまいそうです~~っ!」
「…………」
屋敷内の薄暗い廊下。
それまで背筋をぴんと伸ばしていた新九郎が、思い出したように腰を折り曲げて痛がり出す。
しかしそのわざとらしすぎる演技にも信徒は顔色一つ変えず、薄暗い屋敷の奥にある個室へと新九郎を案内した。
「彼岸様……次の者をお連れしました」
「はいはい、どうぞお入り下さい」
「あたた……こ、腰が~~……!」
杖もないのに杖を突くような姿勢を取ると、新九郎はふらふらとした足取りで部屋に入る。
板張りの室内は思いのほか狭く、四方にはろうそくの火が灯り、正面には白い絹のかけられた
座敷の上には分厚い座布団が置かれ、その対面には
「おや……? ……ようこそいらっしゃいました。それで、本日はどのようなご用件で?」
「あ……えーっと……じ、実はその……腰が悪くてですね……」
「へぇ~~?」
「ひえっ!?」
哀れ、新九郎の三文芝居もそこまで。
狐面の下から覗く、全てを見透かしたような彼岸の眼光に射すくめられ、新九郎はおずおずと正面の座布団に正座した。
「ご、ごめんなさい……やっぱり、腰は悪くないです……」
「おやおや。これはまた、なんとも面白い方ですねぇ……」
対面して即座に芝居を白状する羽目となった新九郎は、しゅんと肩を落して謝罪した。
そんな新九郎の姿に彼岸は肩を揺らし、狐面の下でくつくつと笑い声を零す。
「本当にすみません……ちまたであなたのお噂を聞いたので、一度お会いしてみたいなと思って……」
「ふふふ……正直な方は好きですよ。そうですね……そんな正直者の貴方には特別に、貴方自身も気付いていない〝本当の願い〟を叶えて差し上げてもよろしいのですよ……?」
「本当の願い、ですか……?」
彼岸はそう言うと、狐面からわずかに覗く目元に笑みの色を見せた。
「ええ、そうです……こうして見たところ、今の貴方の心に闇と呼べるような物は欠片もございません……ですが、〝過去の貴方〟であればどうでしょうかねぇ……?」
不可思議な彼岸の言葉に、思わず言葉を失う新九郎。
彼岸はそんな新九郎のすぐ目の前まで身を乗り出すと、そっと――その美しく白いうなじに己の手を添えた。
「〝可哀想に〟……たとえそれが遠い過去の出来事でも、貴方の心は今もその闇に囚われている……それは、まさしく深い深い永劫の闇……これほどの闇が残っているのなら、必ずや〝貴方の望み〟は叶いましょう……」
まるで、地の底から伸びる無数の手腕によって絡め取るかのような彼岸の言の葉。
いつしか新九郎は彼岸の言葉に耳を傾け、狐面の奥に光る瞳から目を逸らすことが出来なくなっていた。そして――。
「貴方の〝亡くなられたお母様〟……この彼岸の手で、現世に蘇らせて差し上げてもよろしいのですよ……?」
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