願いの行く果て
「同心様! 金五郎さんが亡くなったって……!」
「…………」
神田から日本橋に続く
「……なぜお前たちまで来た?」
「えっ?」
だがしかし。義幸からの返事はそっけないもの。
いつになく厳しい物言いには、明確な苛立ちが滲んでいた。
「ここでお前たちにできることはなにもない。引っ捕らえられたくなければ、即刻立ち去れ」
「で、でも……っ!」
「いや……同心様の言うとおりだ。行こう、新九郎」
義幸の厳しい言葉を受けた奏汰は、なおも食い下がろうとする新九郎を制すると、ここまで連れてきてくれた岡っ引き三人衆に頭を下げる。
「〝すまんな〟……追って手の者から報せを送る。
「はっ!」
「が、合点承知でさ!」
「ほいさっ!」
三人の岡っ引きを引き連れ、義幸は足早に奏汰と新九郎の元から去って行く。
しかしその去り際に見せた短いやりとりに、奏汰は義幸に〝なんらかの意図〟があったことを察していた。
この時の二人には知るよしもないが、金五郎殺害は徳川二百余年の歴史にあって〝ほぼ前例のない一大事〟であったのだ。
金五郎は鬼と関わりを持っていたが故に、
しかし金五郎はそうではないのだ。
厳重な護衛をつけられ、幕府直属の〝上級役人〟すらその聞き取りに参加していた。
にも関わらず、鬼にまつわる重要な参考人を為す術無く殺害されたとあれば、それ即ち幕府そのものの権威を汚すことと同義であった。さらに――。
「なにもあんな風に言わなくても……奏汰さんなら、もしかしたら何かわかるかもしれないのに……」
「……多分だけど、同心様は俺たちをこの件から遠ざけたいのかもしれない」
「遠ざけるって……どうしてでしょう?」
「……とりあえずここから離れよう。同心様も、落ち着いたら連絡してくれるって言ってたしさ」
そう言って、奏汰は新九郎を連れてその場を後にする。
しかしその二人の後ろ姿を、警戒する武家に紛れてじっと見つめる影が複数――。
「おい……見たか?」
「ああ、間違いない……」
果たして、義幸の危惧は的中していた。
このような厳重な警護下にあった金五郎を害せる者――つまり人知の及ばぬ超常の力か、もしくは〝幕府内部の手の者〟か――という危惧である。
「神田の
「急ぎ
江戸ではそうそうみかけぬ見事な体格を持つ奏汰と、誰もが振り向く端正可憐な容姿の新九郎。
あまりにも目立つ二人の姿に、それを見た何人かの武家が、そそくさと闇の中に消えていったのであった――。
――――――
――――
――
「けどやっぱり許せませんよ! たとえどんな悪党でも、刑が下るまではいくらでも悔い改める機会があったはずなのにっ!」
「あの人は、鬼の力を誰かから貰ったって言ってた……もしかしたら、今回の件はそいつの仕業かもしれないな」
番所から家への帰り道。
神田屋で夕食を取ってから、とうに
あたりはとっぷりと日が暮れ、街道沿いに軒を連ねる店店も、間もなく店じまいの頃合いが近づいていた。
「僕にはわかりませんけど……金五郎さんには、そうまでしてしたいことがあったんでしょうか……? 自分を鬼に変えてまで、叶えたいなにかが……」
奏汰の推理に、新九郎はぽつりと呟いてうつむく。
彼女の持つ真っ当な
「そうだな……あの人がどうかはわからないけど、俺だっておいしい食べ物はいくらでも食べたいし、やっぱりいつかは故郷に帰りたいとも思ってる。新九郎だって、したいことは一杯あるだろ?」
凶報に胸を痛める新九郎を慰めようと、奏汰はつとめて明るく語った。
「そりゃあもう! 僕も江戸一番の人気者になって、行く先々でみんなからちやほやされたーいって常日頃から思ってますっ!」
「あははっ! 新九郎はもうとっくに人気者だよ」
「ええっ!? ほんとですかっ!?」
奏汰の言葉に、新九郎は身を乗り出してその緑がかった瞳をきらきらと輝かせた。
「したいことが沢山あるのはいいことだよ。駄目なのは、そのために他の誰かを平気で傷つけることだ。そういうのって、回り回って自分に返ってくるからさ」
「ですねっ。僕ももっと人気者になれるように、地道にこつこつ頑張りますっ!」
さすがは江戸でも一二を争うお調子者である。どうやら、早くも
『役立たずの神は殺せ。無能なる仏は殺せ。民より銭搾り取り、なにせむお上は滅ぶべし。
「なんだ、あれ?」
二人の進行方向のちょうど正面。
横並びとなった黒装束姿の異様な集団が、不気味な文言を唱えながら歩いてくるのが見えた。
「あれは……最近江戸で噂になってる、
思わず呟いた奏汰に、江戸の事情通でもある新九郎はすかさず答えてみせる。
「それって、本当に叶うのか?」
「聞いた話だと、どうもそうらしいです。お名前は忘れちゃいましたけど、開祖の方がもの凄い神通力をお持ちだそうで。どんな怪我も病も、たちどころに治してしまうそうです」
『我らの神、いと猛々し真皇様を迎えへむ。真皇様のご加護を授かりし、彼岸様を称えへむ――』
新九郎の話を聞いた奏汰は足を止め、目の前を通り過ぎていく一団を見送る。
「でもそういえば、奏汰さんにも弥兵衛さんを治した不思議な力がありますよね。あーあ、僕にもそんな力が使えたらなぁ~……」
「不思議な力か……念のため、クロムに確認してみるか」
砂利粒の上にひらひらと舞い落ちた紙を拾いあげると、奏汰は去って行く一団の背を射貫くように見つめた――。
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