始末の朝


「――君の予想どおりだったよ。この世界に現れる鬼の正体は、〝異世界のモンスター〟だ。それも、本来この世界には存在しないはずの、別の異世界で生まれた者たちのようだね」

「やっぱりそうか……」


 朝焼けの江戸。

 奏汰かなたの放った〝滅殺の赤〟によって鬼の力を焼かれ、金五郎かねごろうは今度こそ全ての力を失って倒れた。

 念のため鬼の気の消滅をもう一度確認した奏汰は、金五郎の身柄を義幸よしゆきに委ね、日の出と共に月海院つきみいんから出てきたクロムと神妙な面持ちで話し込んでいた。


「まったく、この世界の神よりも先に別世界のモンスターに出くわすなんてね……どうやら、ここは私の想像以上に厄介なようだ」


 奏汰の前で腕を組むクロムの横顔は、すでに日頃見せていた小生意気なわらべのものではない。

 神の身でありながら勇者である奏汰に同行し、共に数多の異世界を救った〝管理者〟のそれであった。


「……金五郎さんを鬼に変えた力もそれか?」

「わからない……あの時感じた力は、モンスターから感じた力とは別の気配がしたんだ。あれはむしろ、私たち〝神の力〟に近い……もちろん、私が探し求めている同胞の神とは別の力だけどね」

「神の力か……もしかしたら、俺が戦った勇者がなにかしたのかもしれないな」

「そういえば、ここには私たち以外の異世界人も流れ着いているんだったね。やれやれ……まさか私と君が共に戦う〝最後の相手〟が同じ勇者とは。皮肉なものだね……」

「……そうだな」


 管理者たる神の不在。

 暗躍する異世界の勇者。

 そして、世の外より流れ込む魔物――。


 奏汰とクロムが共に旅をして一年。

 百の異世界を渡り歩いた歴戦の二人ですら、このような世界は初めてのこと。

 今までにない恐るべき闇の予感に、超勇者と神は互いの眼差しのみで覚悟を確かめ合う。

 

「ところで、ルナさんはどうしてる?」

「ルナなら、君たちが連れてきたこの町の〝治安維持組織〟の相手をしているよ。あの様子では、今日の朝食は私が作らねばならないだろうね」

「そっか、ルナさんもこれで落ち着けるといいな」


 義幸の話では、脅し取られた沽券こけんは金五郎の取り調べが終わるまで地主の元に戻ることはないそうだ。

 とはいえ、そもそも土地を奪おうとしていた金五郎が御用となったのだ。あのような脅しが起きることは、しばらくはないだろう。


「クロムはルナさんのところでお世話になるのか?」

「ま、まあね……! 聞いた話だと、君とあの徳乃とくのとかいう剣士の家は、とんでもない〝ボロ屋〟だそうじゃないか。高貴な神の住まう場には相応しくないだろうからね!」


 ルナにはクロムが神であることを打ち明けてはいない。

 クロムが金五郎の捕り物現場に姿を現わさなかったのも、そのようなことをすれば、ルナが心配するであろうことが理由だった。


「とにかく、私は私でこの世界について調べてみるつもりだよ。すでに敵の勇者と接触した君と違って、私の素性はまだ掴まれていないだろうから」

「俺との交信は〝再接続〟したんだよな?」

「もちろんだとも。今後私の身に何かあれば、また以前のように問答無用で召喚するから、そのつもりでいたまえ!!」

「わかった。気をつけろよ、クロム」

「君もな」


 そう言って頷き合うと、クロムは朝の準備のために月海院へと戻っていった。


「あのクロムが他人のために料理か……よっぽど先生のことが気に入ったんだな」

「あの……奏汰さん」

「ん?」

 

 その時。

 クロムを見送った奏汰の背に、普段に比べると相当に神妙な面持ちの新九郎しんくろうが声をかけた。


「新九郎? そんな顔してどうしたんだ?」

「いえ、その……実はさっきのことで、岡っ引きの皆さんに怒られちゃって。もっとちゃんとしろって……」


 新九郎は言うと、そのまま奏汰に向かって深々と頭を下げた。


「先ほどは、僕の油断のせいで本当に申し訳ありませんでした……!! この徳乃新九郎とくのしんくろう、なんとお詫びすればいいか……!!」

「そういうことか……でもそれなら、謝るのは俺の方だよ」


 すっかりしょげかえり、奏汰の前で頭を下げる新九郎。

 そんな新九郎の姿を見た奏汰は、なんとも言えない表情で彼女の肩にぽんと手を置く。

 そして折れ下がった新九郎の上半身をぐいと立たせると、意気消沈する彼女の瞳をまっすぐに見つめた。


「はわわ……っ? か、奏汰さん……?」

「ごめんな新九郎……あの時、俺は新九郎に〝気をつけろ〟って言わなかった。あの人が嘘をついてる確信はなかったんだけど、それでも注意はできたはずだろ……? だから、本当に悪いのは俺なんだ……っ!!」

「え……? えええええっ!? そ、そんなことありませんよ!! そもそも、僕があんなことをしなければよかっただけの話で……!!」


 言って、奏汰は消沈する新九郎をさらに上回る悲壮さを醸し出す。

 そんな奏汰に、新九郎は大慌てで奏汰のせいではないと言葉を尽くした。だが――。


「そうかな? じゃあ、これからはお互い気をつけるってことで、またよろしくな!」

「ほえっ!?」


 だがそれまでの悲壮な表情から一転。

 奏汰は即座にさっぱりとした笑顔を浮かべ、新九郎に頷いて見せたのだ。


「もうやっちゃったことは仕方ないよ。岡っ引きのみんなだって、新九郎のことが本当に心配だったから怒ったんじゃないか?」

「それは……すっごくそう思います……」

「なら、これからはもっと気をつければいい。今回は駄目だったけど……新九郎の優しさで助かる人だって沢山いる。ここに落ちてきた時の、俺みたいにさ……」

「奏汰さんも……?」


 そう語り聞かせる奏汰の表情には、はっきりと新九郎への羨望と尊敬の念が込められていた。

 当の新九郎は一切気付いていないが、あの時彼女が見せた純粋すぎる思いやりと共感は、かつての奏汰が過酷な戦いの中で〝失っていった物〟でもあったのだ――。


「だから、これからは俺も新九郎と一緒に気をつけるよ。そうすれば、どっちかがうっかりしてても安心だもんな」

「はい……っ!」


 励まされた新九郎は、ようやくその表情に笑みを取り戻すと、もう一度奏汰に向かって深々と頭を下げたのだった――。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る