嘘つき


「行くぞ新九郎しんくろう……こいつらは絶対にここで食い止める!!」

「はいっ! 奏汰かなたさん!!」


 あと一刻もすれば夜明けという夜の底。

 つい先ほどまで静まりかえっていた月海院つきみいん前の路地は、いまや戦国の世の戦場いくさばもかくやという様相に変貌していた。


「やれ、鬼共よ!! 儂を虚仮こけにしたがき共を八つ裂きにしてしまえ!!」

「グオオオオオオ!!」

 

 金五郎かねごろうの号令を受け、鬼となった手下たちが奏汰と新九郎目がけて迫る。

 その姿はかつて奏汰が戦った小鬼よりも二回りは大きく、御伽絵巻おとぎえまきに描かれる鬼の姿そのもの。

 筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの肉体に鋭い牙と爪。先日の小鬼とは明らかに格の違う強さを感じさせる相手だった。


「この感じ……こいつら、〝鬼が人に化けてた〟んだな。それなら遠慮しないぞ!!」


 新九郎に先行した奏汰は瞬時に鬼の正体を看破すると、まずは先頭の鬼をその聖剣で上下泣き別れに。

 後に続く鬼の頭部を跳躍からの空中回し蹴りで粉砕すると、月海院前を埋め尽くす鬼の群れに自ら飛び込む。


「さっすが奏汰さん! 僕も負けてられません!」


 まさに一騎当千の武を示す奏汰の後方。

 たかたかと砂利道を走り抜け、奏汰の倒した鬼のむくろを越えて新九郎が跳ぶ。


「いざ、参ります――!!」

「ギャギャー!?」


 月明かりすら絶えた路地の闇に、二条の銀閃ぎんせんが互い違いに駆ける。

 新九郎の放った斬撃は、先行する奏汰に迫っていた二体の鬼を瞬く間に両断した。


「グオオオオオオオ!!」

「むむ!?」


 だがしかし。奏汰に続いて鬼の陣中に飛び込んだ新九郎の前に、周囲の家ほどの上背を持つ大鬼が立ち塞がる。

 見れば、先に倒された鬼の骸を己が肉体に取り込み、巨大化したようであった。しかし――!!


「ずいぶん大きいですね! それなら――!!」


 刹那せつな。新九郎は足を止めて二刀を両下段に構えると、その華奢きゃしゃな体からは想像も出来ぬほどの力強い踏み込みを大地に刻む。


天道回神流てんどうかいしんりゅう――陽炎剣ようえんけん


 そしてそれと同時。新九郎の周囲に美しくも激しい火の粉が舞い散る。

 現れた炎の華は一瞬にして彼女の持つ二刀に収束。闇夜すら焼きこがす灼熱の火柱と化した。


「――炎昇逆灯えんしょうさかあかり!!」


 一閃。

 現出するは、渦を巻いて昇華する閃熱の炎。


 上背で遙かに劣る新九郎の放つ地を這うような斬り上げは、見事大鬼の体躯を三枚に寸断。

 そしてその太刀筋を追って立ち昇る火柱は大鬼の巨体をぺろりと飲み込み、跡形もなく焼き尽くして見せたのだ。


「な、なんだと……!? あのきゅうり侍に、あのような剣が!?」

「だから何度も言ったでしょう! 僕の名は徳乃新九郎とくのしんくろう……お江戸を守る天才美少年剣士ですっ!!」


 この世の物とは思えぬ新九郎の絶技。

 その華麗かつ豪壮な剣技に、金五郎は驚愕と共に後ずさる。

 しかし忘れることなかれ。

 この戦場にはもう一人、異界からやってきた超勇者もいるのだ。


「片を付ける――!」


 新九郎が大鬼をその剣で滅ぼすのと同時。

 鈍色にびいろの聖剣リーンリーンを逆手に構えた奏汰が動く。

 奏汰は至近の鬼を反転しつつの蹴り上げで木っ端微塵に粉砕すると、〝青い輝き〟を帯びた聖剣とともに、その場の全てを置き去りにして〝超速の領域〟に飛び込んだ。


「ギャッ――!?」


 閃光。

 それは筆舌ひつぜつすることも出来ぬ超速の斬撃。

 

 奏汰が聖剣に青を灯した次の瞬間。

 月海院正面を埋め尽くしていた鬼はその全てがまったく同時に、小鬼大鬼の区別も、寸分の秒差もなく一斉に爆裂破砕したのだ。


「な、なにが起きた……!?」 

「〝疾風の青〟。発動すれば、普段の〝千倍の速度〟で動ける」

「は……?」


 奏汰が見せた圧倒的な勇者の力。

 全ての配下を失った金五郎は、あまりの絶望に青ざめる。


「見た感じ、もう鬼は出せないみたいだな」 

「さあさあ! 諦めてお縄につくといいですっ!!」 


 果たして、奏汰と新九郎の活躍により、金五郎の呼び出した鬼はものの数分で全滅の憂き目となった。

 残る金五郎はその全身から汗をびっしょりとかき、がたがたと震えて立ちすくんだ。そして――。


「――なるほど。この場での騒動、しかとこの目で見させて貰った」

「な……!?」


 そしてその時。


 立ちすくむ金五郎の背後に新たな人影が現れる。

 しかもその人影は一つや二つではない。

 手に手に提灯ちょうちん刺股さすまたを持ったその集団は、またたく間に金五郎の周囲を隙間なく包囲する。


板橋宿いたばししゅくの金貸し、金五郎で違いないな?」

「な……なな……!?」

北方定町廻同心きたかたじょうまちまわりどうしん木曽義幸きそよしゆきだ。江戸市中での乱暴狼藉らんぼうろうぜきのみならず、鬼を従え人を襲う悪逆……もはや言い逃れはできんぞ」

「けッ! この前はよくもやってくれやがったなぁ!? きっちり借りを返しに来てやったぜぇ……くそ金貸しがよぉ!!」


 頃合いと見てその場に現れたのは、黒紋付袴くろもんつきはかま姿の木曽同心。

 さらにその左右を固めるのは、手に提灯を掲げた小兵こひょう弥兵衛やへえ、巨漢の為三郎ためさぶろう、堅物の伸助しんすけ以下、十名を越える選りすぐりの岡っ引きたちだ。


「な、なぜ同心様がここに……!?」

「お前がこの土地に執着している事は、弥兵衛とそこの二人から知らせを受けていた。となれば、これは悪知恵の働くお前を捕える千載一遇せんざいいちぐうの機会……逃す我らではない」

「ば、馬鹿な……っ!? そんな、馬鹿なぁあああ……!!」


 万策尽きたとは正にこのこと。

 ついに金五郎はその場にくずおれ、砂利粒じゃりつぶに顔を埋めて嗚咽おえつを漏らした。


「ちくしょう……! ちくしょう……!! わ、儂は……いったいどこで間違っちまったんだ……? これじゃあ、あの世にいる〝おっかあ〟にも顔向けできねぇ……!」


 法外な高利貸しに脅し揺すりだけならまだしも、鬼と関わりを持ったとあればもはや死罪は免れまい。

 金五郎は外道となった己を嘆き、亡き母を思って悔いるように泣いたのだ。


「お母さん……?」

「どうした、新九郎……?」


 しかしその時。

 そんな金五郎を見た新九郎の表情がにわかに変わる。

 

「くそほど貧しくても……おっかあは儂を育てるために必死に働いてくれた……儂もはじめは、そんなおっかあに楽をさせてやろうと奉公ほうこうに出たんだ……! それが、なんだってこんなことに……!?」

「……大丈夫ですよ、金五郎さん」

「お、おい新坊しんぼう! お前、なにやって……!?」


 果たして、それは憐憫の情だったのか。

 金五郎の言葉に心動かされた新九郎は、ついに金五郎の前に歩み寄ると、うずくまる金五郎の背にそっと手を添えた。


「金五郎さんは、たった今そのことに気付いたじゃないですか。やってしまったことは消えませんけど……きっとお母さんも見てくれてるはずです……!!」

「……ぐふ、ぐふふ!」

「……あれ?」

 

 だが、それこそが金五郎の狙いだった。

 うずくまる金五郎の体が一瞬にして膨張し、突如として醜悪な化け物へと変わる。

 そしてそのまま、油断していた新九郎は逃げる間もなく怪物の腕に掴み取られてしまったのだ。


「し、新坊! 新坊が化け物に捕まっちまった!!」

「金貸しの野郎……改心した振りをしてやがったな!?」

「ええ!? ええええええええええええっ!? な、なんで!? どうして!? さっきまであんなに泣いてたのにっ!? お、お母さんに申し訳ないって……!!」

「ガハハハハハハ! これだから馬鹿と阿呆を虚仮にする商いはやめられんわなぁ!! なーにがおっかあだ……おふくろの顔なんぞ、かけらも覚えとらんわ!!」

「そんな……僕を騙したんですね!? ひどいですよっ!!」


 ついにその身も心も冥府魔道めいふまどうへと落ちた金五郎が、醜悪しゅうあくな雄叫びを江戸の町にとどろかせる。

 まんまと騙された新九郎はその瞳に涙を浮かべ、刀を取り落とした手で丸太のような怪物の腕をぽかぽかと何度も叩いた。


「これぞ儂があのお方から授かった真の力よ! さぁおめぇら、こいつをひねり潰されたくなけりゃ、大人しく儂の言うことを――」

「――そこまでだ」

「ぎえ!? げ、ぎょ……!?」


 だがしかし。

 金五郎の高笑いがそれ以上続くことはなかった。


「か、奏汰……さん?」

「ごめん……〝判断が遅れた〟。新九郎なら〝この人の心も助けられるかも〟って……ちょっと思っちゃったんだ」


 新九郎を掴む怪物の腕に、赤い閃光が奔る。

 それは新九郎を掴む怪物の腕を豆腐のように切断し、宙に浮いた新九郎の体は、一瞬にして奏汰の腕に抱き留められていた。

 

「な、なんだこの光は!? わ、儂が授かった力が……儂の体が、燃えていく……!?」

「〝滅殺の赤〟だ。俺が殺すと決めた物は必ず殺す……それを使って、お前の中の〝鬼の力だけ〟を殺した」

「どうなってやがる!? 化け物になった金貸しの野郎が、また人に戻ってくじゃねぇか!?」


 それは先の新九郎が起こした炎とは全く違う。

 奏汰が放った全てを殺す滅殺の炎だった。

 炎は鬼と化した金五郎を一瞬にして焼き尽くし、逆回しのように人の姿へと戻していく。


「ギャアアアアアアア!? 儂は、あのお方から力を……あば、ば……!!」

「正直……今のはかなり〝頭にきた〟。後は、ここの人たちに裁いてもらうんだな」


 炎が消えた後。そこには気を失って倒れる金五郎の姿。

 それを見た奏汰は義幸に頷き、腕の中にあった新九郎の身をそっと離した。


 夜の深奥は抜けた。


 白み始めた江戸の空の下、今度こそ全ての力を失った金五郎の身にお縄がかかる。


「ご、ごめんなさい奏汰さん……! 僕……っ!!」

「謝る必要なんてない。新九郎が無事で、本当に良かった……」


 岡っ引きたちが金五郎を縄に捕らえる様子をみやりながら、奏汰は隣に立つ新九郎に安堵の笑みを向けたのだった――。



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