江戸の再会
「それで、
「それなら、昨夜神田屋の旦那さんがいつでも来いって仰ってました!
新橋の武家地からほど近く。
同心屋敷での聞き取りを終えた奏汰と
「神田屋だぁ~? やめとけやめとけ、飯屋仕えじゃいざってときに火元から離れられねぇ。せっかく鬼とやりあえるくらい強えってのに、宝の持ち腐れになっちまう」
「そっか……しかも神田屋は天ぷらだもんな」
「なるほどー! さっすが弥兵衛さんっ!」
岡っ引きである弥兵衛が、このように二人に同行しているのにはわけがある。
聞き取りの後、奏汰が江戸での職を求めていることを聞いた
いまだ立場の定まらぬ奏汰に、幕府の役人である義幸が直接給金を与えることは難しい。
しかし人望ある同心の名が証人となった奉加帳を用いれば、江戸になじみのない奏汰でも、より穏便に元手を集められるであろうという
「つっても、そんな
「助かります。本当に、なにからなにまで……」
「かーっ! そう改まるんじゃねぇやい。こっちこそ、昨日はいきなりふん縛っちまって悪かった。あんときは気が立ってたもんでなぁ」
弥兵衛はそのぎざぎざの
「せっかく
「たとえばどんな?」
「〝水売り〟なんてどうよ? ちょうど
「水売り? そうか、江戸時代だとまだ水が売れるのか」
弥兵衛の提案に、奏汰はなるほどど頷く。
「おうよ。おめぇの上背なら、くそ重い水を運ぶにも申し分ねぇ。奉加帳の集まり次第じゃ、船を買って川沿いに水を売り回ってもいいかもしれねぇな」
「それいいですね! 僕も一度で良いので、お船に乗ってどんぶらこしてみたかったんですっ!」
「たしかに、水まで売れるなら商売の方法はいくらでもあるよな……うん、なんだか楽しくなってきた!」
肩を並べ、ああでもないこうでもないと商売のねたを話し合う三人。
奏汰と新九郎が住む庵の改修問題も。
当面の暮らしを安定させるための元手も。
そして奏汰の江戸での商売も。
奏汰の前途には無数の問題が山積していたが、それはどれも戦いとは関係のない、日々の生活をよりよくするためのごく当たり前の苦労――。
人里に暮らす者ならば誰しもが抱える難題の数々は、異世界で戦い通しだった奏汰の心に活力となって染み渡り、年相応の人間性を蘇らせる原動力にもなろうとしていた。
「もし僕のように用心棒をされるなら、神田上水を越えた先にある
「なーにが用心棒だ、また調子の良いこと言いやがって。おめぇがやってるのは、せいぜい酔っぱらい同士の喧嘩の仲裁だろうに」
「ぎくっ!」
弾む話の最中。得意となって口にした新九郎の話を、弥兵衛はすぐさま鼻で笑い飛ばした。
「喧嘩の仲裁は駄目なの?」
「駄目ってわけじゃねぇが、そんなもんは用心棒の仕事じゃねぇよ。だいたい、まじもんの刀騒ぎや裏交渉に、誰がこんなきゅうり侍を連れてけるかってんだ」
元盗っ人である弥兵衛は、今も江戸の裏事情に精通している。
当然、用心棒のような危険な仕事は彼の目と耳の最も得意とする界隈。
新九郎が普段どのような活躍をしているかも、弥兵衛の耳にはしっかりと届いていたらしい。
「そんなもんだからよ、こいつはいっつも金欠で同心様に助けてください~って……」
「ひゃわーー!! ちょ……そ、それ以上はだめですよ弥兵衛さん! 僕が奏汰さんの前で必死に築き上げてきた、華麗な天才美少年剣士という〝粋でいなせな姿〟が露と消えちゃいますーーっ!!」
「ど……どうだろうな。今もあんまり、俺は新九郎のことをそういう風には思ってないというか……どっちかっていうと、猫とかレッサーパンダとかそういう……」
弥兵衛によるまさかの暴露にうろたえる新九郎。
実際のところ、新九郎が日の本屈指の剣の使い手であることを知る者はほとんどいない。
新九郎が
「まあつまりよ。おめぇと同じで、こっちのきゅうり侍もろくに仕事なんざしてねぇのさ。この際、二人で水売りもいいかもな。かっかっか!」
「二人でか……それもいいかもな。新九郎はどう思う?」
「え!? そ、そうですね……正直に言うと、なんだか考えるだけでとっても楽しそうというか……!! むしろ望むところ――」
『
だがその時である。
街道沿いに歩く三人の耳に、威勢の良い〝
『さあさあ、これなるは今より二晩前の鬼騒動。神田町に現れたる雲霞の如き鬼の群れを、見るに勇ましき紅着物のかぶき者が撃退せしめたるときた! その者の上背、塀よりも高き
読売は足を止めずに次々と瓦版を人々に売りさばいては、風のように三人の前を過ぎ去っていった。
「今の話に出てたかぶき者って……もしかして奏汰さんのことじゃありませんか!?」
「そうなの?」
「一昨日の襲撃にゃ、お上の検分が入ってたからな。二晩経って、ようやく読売に瓦版の許しがでたんだろうぜ」
一時唖然とした後。新九郎はどこぞの誰かが投げ捨てた瓦版にひょいと手を伸ばした。しかし――。
「――み、見つけた。ようやく見つけたよ!!」
「え?」
「あれ?」
読売が去って行った方向の逆。
ちょうど奏汰たちの背後から、幼い〝わらべの声〟が聞こえてきたのだ。
「えぐ、えぐえぐ……っ! うわあああああああん! 奏汰ああああああああっ! 会いたかったよおおおおおおおおっ!!」
「だ、誰だよ!? いや……もしかしてお前、クロムか!?」
その声に振り向いた先。
奏汰たちがその声の主をみとめるよりも早く、
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