きゅうり侍の秘密


「本当にすみませんでしたぁああああっ!!」

「いや、その……俺の方こそ気付かなくてごめん……」

「…………」


 路地裏での戦いから半刻ほど後。

 かけつけた岡っ引きへの引き渡しを終えた奏汰かなた新九郎しんくろう

 そしてその場に突然現れた〝もう一人の女性〟の三人は、新九郎の住む粗末ないおりで向かい合って座っていた。

 引き渡しを終えたとはいえ、すでに夜半だったこともあり騒動の検分は明日に改めて行われる。

 だがもとより、奏汰と新九郎は昨晩の鬼の襲撃からここまで一睡もしていないのだ。

 二人にとっては、まさに嵐のような一日であったと言えよう。


「奏汰さんはなにも悪くありません……! 実は、さっきも僕から話そうとしたんですけど、邪魔されてしまったので……」

「そういえば、たしかになんか言おうとしてたな……」

「本当は、僕が〝美少年〟じゃなくて〝美少女〟であることは絶対に秘密なんです……でも奏汰さんは僕の大切な恩人ですし、隠し続けるのは心苦しくて……」

「そ、そうなんだ。ありがとな……」

「そ、そうなんです。はうぅぅ……」

 

 なぜか双方共に赤面し、座敷の上で正座のまま向き合う奏汰と新九郎。

 それもそのはず。奏汰は新九郎が女性だと気付く際、その身を無遠慮に抱きしめてしまったのだ。

 新九郎も奏汰の反応から大体の察しはついており、むしろ意識がなかったことでより気恥ずかしさが増す始末。

 戦場では決して揺るがぬ超勇者の奏汰も、このような事態にはまったくの不慣れのようであった。


「けど、なんで新九郎は男のふりをしてたんだ? いくら江戸時代っていっても、女の子が戦っちゃ駄目ってわけじゃないんだろ?」

「それは……」

「――そこまで」


 その時。まるで見合いの初顔会わせのような二人の様子に、それまで黙っていた三人目の女性がついに口を開いた。


「それ以上はだめ……この男は信用できない。殺した方がいい」

「〝姉様ねえさま〟……! でも、奏汰さんは僕の命を救ってくれてっ!」


 女性の言葉は針のように鋭く、氷のように冷たかった。

 彼女の黒く美しい髪は短く切りそろえられ、耳横から流れる髪だけが胸元まで長くなびいている。

 彼女の容姿は奏汰よりやや年上に見えるが、その佇まいは美しいと同時に抜き身の刃そのもの。

 新九郎への眼差しにはまだ暖かみが感じられたが、奏汰へのそれはまるで〝肥だめの糞〟を見るかのように凍り付いていた。


「命を救ってくれた……だから? この男はさっきの男と同じ穴のむじな。信じる方がどうかしてる」

「本当に全部見てたんだな……」

「姉様……っ」


 この女性の名は〝緋華ひばな〟。

 先ほどの戦いの後、奏汰の背後を取ったのも彼女である。

 奏汰から見てその理由はまだわからぬものの、彼女は常日頃より新九郎を影ながら見守っていたらしい。

 さきほどの奏汰への警告も、意識を失った新九郎の身を守るためだったというわけだ。


「それなら姉様も見ていたんでしょう!? 奏汰さんは僕だけじゃなくて、町のみんなも助けてくれたんですよ! それにさっきのあの人の誘いだって、きっぱり断わっていたじゃないですか!!」

「それでもだめ。わたしの大切はあなただけ……あなたに近づく危険人物はすべて消す。それがわたしの役目」


 緋華は新九郎の訴えにも耳を貸さず、浄瑠璃人形のような瞳で奏汰と新九郎を射貫く。


「えっと……そういえば、まだ二人のことを聞いてなかったよな。もし良かったら教えてくれるか?」

「そんなことを言って、あなたがこの子を手籠めにしようとしてるのはわかってる……春画みたいに」

「ぶふぉーーっ!? ちょ……なに言ってるんですか姉様ぁああああああ!? す、すみません奏汰さん……!」

「い、いや……俺は全然……」


 取り付く島もない緋華の態度に、困り顔となる奏汰。

 一方の新九郎もただ言われるままではなく、段々とその言葉に熱が入っているようであった。


「どうして信じてくれないんですか……!? 奏汰さんは今だって僕と一緒に戦ってくれて……また僕のことを助けてくれたのにっ!」

「だだをこねるのもいい加減にして。わたしはあなたのお母さまから、あなたを守るように頼まれた。こんな胡乱者へんたいをあなたに近づけるわけにはいかない」

「……っ! 奏汰さんは、そんな人じゃありませんっ!!」

 

 これもまた売り言葉に買い言葉。

 緋華のあまりにもぞんざいな奏汰への扱いに、新九郎の我慢もついに限界に達した。


「いい加減にするのは姉様の方ですっ! 姉様がなんと言おうと、僕はもう決めたんです……! 奏汰さんに隠し事はしないって!!」

「え……? まさか、この男にぜんぶ話すの……?」


 もはや我慢ならぬとばかりに前のめりとなる新九郎。

 その姿に、さしもの緋華にも焦りの色が浮かぶ。


「僕の気持ちだけじゃありません……僕は本日、町廻り同心の木曽きそ様から、直々に奏汰さんのお目付役を任されました。奏汰さんを僕の家に住まわせ、目を離すなと!」

「そんなの……あなたのお父さまに話せばどうとでもなる」

「いーえ! 父上の力は絶対に借りませーんっ! 目付の務めを果たすためにも……これから寝食を共にする奏汰さんには、僕の事情を包み隠さずお話しする必要があります! そうですっ!」

「そ、そうかな? 俺は別に、無理にとは……」


 奏汰は白熱する二人に困惑しきり。

 何度も首を傾げては、うむむとうめくことしか出来なかった。


「聞いて下さい奏汰さん! 実は――!」

「待って。だめ……吉乃よしの!」


 緋華は新九郎を制止しようと動く。

 しかしそれは間に合わず、新九郎の言葉は奏汰の耳に届いた。


「今ここにいる徳乃新九郎とは、何を隠そう僕が世を忍ぶ仮の姿……僕の本当の名は徳川吉乃とくがわよしの。この日の本を治める将軍、徳川家晴とくがわいえはるの娘なんですっ!!」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る