四
少年の終わり
「あ、
静寂を取り戻した神田町の路地。
倒した忍たちを彼らが身につけていた帯でせっせと
「ひとまず俺の方は片付いたよ。怪我はない?」
「あったりまえじゃないですか! なんといっても、僕は江戸一番の天才美少年剣士! 悪党なんかに負けたりしません!」
簀巻き途中の最後の一人を雑に放り投げると、新九郎はたかたかと奏汰の元に駆けより、誇らしげに胸を張る。
「俺もちらっと見てたけど、まさか新九郎があんなに強いなんてびっくりしたよ。さすが、自分で天才って言うだけあるな」
「それをいうなら奏汰さんも、やっぱりとてもお強いです! あのお空から光がぶわーーっなるの、どうやってるんですか? 僕もしたいですっ!」
「えっ!? えーっと、あれはこう……勇者はみんな〝聖剣〟ってのを持ってて……それをああやって呼び出すと、スキルを全力で使えるように……せ、説明するの難しいな」
その緑がかった瞳を月明かりできらきらと輝かせ、懐いた猫のようにころころと笑みを浮かべる新九郎。
そんな新九郎の姿に、歴戦の勇者である奏汰も思わず頬をゆるめる。
「けど、それを言うなら新九郎もすごいよな。さっきのあの氷って、新九郎と同じ流派の人なら誰でも出せるの?」
「ふっふっふーん……! よくぞ聞いてくれました! 実はなんと……あのような芸当ができるのは、
「へえー! でもなんで新九郎だけ?」
「それについては僕にもさっぱり! 強いて言うなら、僕が江戸一番の天才美少年剣士だから……でしょうか? あははーー!」
「なんだそれ!? 自分でもわからないのに出してたの!?」
戦いを終えた二人の楽しそうな掛け合いが、人気のない路地に響く。
しかしそうしている間にも、騒ぎを聞きつけた人々の喧噪は徐々に近づき、はっきりと大きくなっていた。
「そろそろ人が来るな。この人たちはどうする?」
「もちろん、事情を話して同心様に引き渡します。さっきのあの人の話が本当なら、この人たちも鬼の出所を知っているはずですからね……!」
「わかった。けど鬼って江戸以外の町や村にも出るんだろ? そこにこんな奴らまで関わってるってなると、かなり厄介だな……」
新九郎の言葉に頷きつつ、奏汰は簀巻きとなった一人の忍の前に片膝をついた。
「どうしてですか? 僕もその話を聞いて驚きはしましたけど……つまるところ、悪党を一人残らず成敗すれば解決じゃないですか!」
「いや……きっとそうはならない」
そう言うと、奏汰は大きなため息を一つ。
真剣な眼差しを新九郎に向けた。
「俺も今まで色んな世界で戦ってきたけど、〝悪いやつを倒せば終わり〟なんて世界は一つもなかったよ」
「そ、そうなんですか……?」
「うん……本当はみんなで仲良くできればいいんだろうけど。簡単じゃないよな、そういうのって」
奏汰はたしかに百の異世界を救った超勇者である。
しかしそこでいう〝救った〟とは、あくまで異世界を管理する神々の目から見た場合の話だ。
奏汰が超勇者として食い止めたのは世界そのものが消え去るような〝絶滅災害〟であって、人同士の大規模な争いや、主義主張の違いによるいさかいを解決したわけではないのだ。
「他にもお金がなかったり、病気だったり、虐められたりさ。どんなに力が強くても、どうしようもないことってあるよ」
「たしかにそう言われると……でも、それならどうしたらいいんでしょう……?」
奏汰のその話に、新九郎は神妙な表情で頭を抱える。
だが奏汰はそんな新九郎の肩をぽんと叩くと、安心させるように笑った。
「大丈夫……新九郎やこの世界のみんなは、勇者なんていなくても今まで立派にやってきたじゃないか。これからも、みんなで力を合わせればきっとなんとかなる」
「みんなで、力を……? それは…………たしかにそうかもしれません。ううん……そんな気がしてきましたっ!」
奏汰が新九郎に伝えたその言葉と眼差しには、本当に良い世界を作るのは勇者ではなく、その世界に生きる一人一人の人々なのだという思いが言外に込められていた。
そしてその思いを〝ぼんやりと〟感じ取った新九郎もまた、奏汰の言葉に何度も何度も頷いて見せたのだった。
「よっし。それならまずはこの人たちを同心様に預けて、後はまた明日かな」
「ですねっ! っと……そういえばさっき、ここで〝へんてこな物〟を見つけたんです。奏汰さんにもお見せしますね!」
「へんてこなもの?」
新九郎はそう言うと、ずらりと並べられた〝簀巻き忍者〟の列から、おもむろに一体をひょいと持ち上げた。
「これなんですけど」
「ずいぶん軽そうだな?」
「そうなんです。最初は僕の打ち所が悪くて〝
新九郎はぐったりとした様子の忍を奏汰の前まで持ってくると、おもむろにその顔を覆う黒い頭巾をずらした。すると――。
「これ……人形か?」
「もしかして、これが噂の〝
首を傾げた新九郎は、不思議そうな表情のまま両手で忍法の印を結ぶ。
新九郎が奏汰に見せたのは、布地に綿の詰め込まれた〝へのへの人形〟だったのだ。
しかしそれを見た奏汰は、同時に〝かすかな火薬の匂い〟がその人形から漂っていることに気付く。
「っ!? ヤバい――!」
「えっ!?」
閃光。
それはまばたきの間の出来事。
新九郎が抱えていたへのへの人形がにわかに膨らみ、内側から火を噴いて炸裂したのだ。
己が敗れるときは死ぬときであり、そして死するときはより多くの者を道連れにせんとする。
新九郎の拾い上げた人形は、まさにそのための仕掛けであった。だが――。
「っ……! 大丈夫か新九郎!?」
もうもうと立ちこめる黒煙と粉じんの向こう。
そこに現れたのは傷一つない路地と簀巻きの忍たち。
そして〝紫色の輝き〟に包まれ、新九郎をかばうように抱きしめて地面に倒れ込んだ奏汰の姿だった。
「はうぅぅ……かなた……さん……」
「くそ、俺が焦って突き飛ばしたから……」
影鬼衆が仕掛けた最後の仕掛け。
本来であれば、それは一帯全てを吹き飛ばすほどの威力であったのだろう。
しかしその爆発は奏汰が展開した〝紫の輝き〟――あらゆる攻撃を防ぐ
同様に新九郎も奏汰の力で守られたのだが、爆心地にいたことで想定外の衝撃が及び、気を失っているようであった。
「むにゃむにゃ……すやすや……」
「よかった……怪我はしてないみたいだな」
なんとものんきに気を失う新九郎の姿に笑みを浮かべ、奏汰は新九郎の体を抱え直そうと、その
「ん……っ」
「あ、あれ……?」
なんの気なしに抱き上げた新九郎の体から伝わる違和感に、奏汰の顔色が変わる。
予想以上に細く、そして柔らかな丸みを帯びた体。
それは少年と言うよりも、明らかに――。
「お、〝女の子〟……? 嘘だろ……!?」
「――動かないで。動けば殺す」
「っ!?」
その驚愕の事実に奏汰が思い至るのと同時。
意識の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます