異界人の戦


「ほらほら、よそ見してる場合じゃないっしょ!」


 新九郎しんくろう影鬼衆えいきしゅうに阻まれているのと同時。

 カルマの速攻を受けた奏汰かなたは、地面すれすれを滑るように後方へと跳躍。

 一歩の踏み込みで畳数枚分の距離を稼ぐと、追いすがるカルマの刃に自身の聖剣を叩きつける。


「さぁてどうすんの!? ぐずぐずしてると、あっちのしんちゃんが死んじゃうかもよ!?」

「平気さ。俺は新九郎を信じてる!」

「ハハッ! ご立派、ご立派よかなっち!」


 一瞬の拮抗。そして炸裂。

 双方は互いの刃から火花を散らして矢のように離れると、周囲を囲む屋根と言わず木戸と言わず、次々と足場を変えては跳ねるように激突を繰り返す。


 奏汰の剣術は力任せの荒削り。

 剣だけでなく拳や蹴り、頭突きまで飛び出す喧嘩剣術である。

 一方のカルマは研ぎ澄まされた暗殺剣だ。

 その刃の切っ先は、正確に奏汰の致命を狙っていた。


「しかしわかんないね。どうしてかなっちはそこまで頑張ろうとするん? せっかく強くなったんだから、ハーレムとかざまぁとか無双とかスローライフとか、もっと楽しいことすればいいじゃん?」


 カルマの聖剣カルニフェクスが、その湾曲した刀身を利用して変幻自在の斬撃を次々と叩き込む。

 対するは奏汰の聖剣リーンリーン。

 その外見はなんの変哲もない両刃の長剣だが、奏汰はそれを手足のように使いこなし、襲い来るカルマの猛攻を的確にさばき、打ち落とす。


「楽しいことならいつだってしてる……今日だって、新九郎のおかげでめちゃくちゃ楽しかった。この町のおかげで、すごく懐かしい気持ちになれたんだ!!」


 しかし何度目かの激突の後。

 激しい剣戟けんげきを制したのは奏汰だった。

 その刃に〝金色の輝き〟を灯した奏汰の斬撃が、それを受けた聖剣ごとカルマの体を地面へと叩きつけたのだ。


「が、は……ッ!? な、なんつー力だよ……!?」


 それはまるで、巨大な山にでも押し潰されたかのような万力。

 にわかには信じがたい奏汰の怪物じみた膂力りょりょくに、それを受けたカルマの目が驚愕に見開かれる。


「殴るぞ」

「うえっ!?」


 大地へと叩きつけられたカルマの眼前。

 その全身に金色をまとい、拳を振り上げた奏汰が迫る。

 砂にまみれたカルマはすぐさま地面に手をついて跳躍。

 それまでカルマが倒れていた位置に奏汰の拳が突き刺さり、金色の閃光と共に蜘蛛の巣状の地割れを引き起こした。


「ワンワンッ!?」

「な、なんでぇこの揺れは!?」

「こんな晴れの夜に雷かい!?」

「馬鹿言え! 地震に決まっておろう!?」


 放たれた奏汰の一撃に、周囲の家々から家主たちの慌てふためく声が木戸越しに木霊こだまする。


「えッッッッぐ!? それがかなっちのスキルってワケ!?」

「さあな」


 あまりにも圧倒的な光景に背筋を凍らせるカルマ。

 カルマは冷や汗を流して奏汰から距離を取り、すかさず周囲の空間から〝数百を超える短刀〟を出現させた。


「そんなに強いってのに、本当にそれで満足なん? 世の中もっと楽しいことがいっぱいあるよ? 他人なんか気にしないで、好き勝手しちまえばいいのにさぁ!」

「何が楽しいかは俺が決める……お前だってそうだろ!!」

「そーいうところがご立派だって言ってんの。俺も今まで色んな勇者と会ってきたけど、かなっちくらい真面目な勇者は初めて……いや〝二人目〟か。どっちにしろ、レアよレア!!」

 

 言いながら、カルマは注意深く奏汰との間合いを計る。

 ここまでの交錯こうさくでカルマはすでに悟っていた。

 奏汰の持つ驚異的な身体能力、そしてその圧倒的戦闘経験。

 闘争の場において決定的な差を生むこの二つの要素において、奏汰はカルマを遙かに上回っている。

 その上さらに、奏汰はまだ己の持つスキルの全貌すら見せていないのだ。まともに戦ったところで、カルマに勝機はない。


「けどね……そんなもんとっくに想定済みよ!」


 しかしそれでもカルマは仕掛けた。

 カルマは周囲に出現させた数百にも及ぶ様々な形状の短刀を自由自在に操ると、それを四方八方から奏汰へと撃ち放つ。


「俺の勇者スキルは〝スティール〟ってんだ。なんでも奪い、なんでも俺のもんにできる……こんな俺にぴったりの力ってワケ。この剣もみんな、俺が今までに集めたお気に入りでねぇ!」

「盗賊っぽいスキルだな!」

「なはは、よく言われるわ! 俺の称号は〝無法の勇者〟っていってね。まあぶっちゃけ、盗賊みたいなもんよ!」


 それはまるで刃の雨。

 奏汰に襲い来る無数の刃は、ただ直進するだけでなく各々が意思を持つかのように追従、阻害、幻惑、必殺と挙動を変える。まさに死と惨殺の領域だった。


「腕っ節だけで強さが決まるなら、俺みたいな雑魚が魔王を倒すなんて無理だったろうさ。けど俺はこのスキルで魔王の武器も、魔力も、命も全部奪ってやった。かなっちもそうしてやろうか!」

「命まで奪えるのか?」

「安心しなよ、さすがに即死ってわけじゃねぇから!」


 カルマは支配下に置いた刃の雨で巨大な防壁を構築。

 自らはその壁に隠れて奏汰との接近を避け、己の得意とする必殺の戦型に持ち込もうと試みた。だが――。


「なら、行く先は正面だ!!」

「なっ!?」


 しかしその動きを見た奏汰は一気に加速。

 刃の雨から逃れるのではなく、あえて塵殺じんさつの嵐へと自ら飛び込んだ。


「マジかよ……! 覚悟決まりすぎじゃね!?」

「そんな厄介なスキル相手に、のんびりするわけないだろ!」


 鬼気迫る奏汰の特攻に、カルマが思わず後ずさる。

 しかしそうしている間にも、奏汰は無数の刃を力任せに切り払い、時には拳で直接打ち払いながら一瞬にしてカルマとの距離を詰めきった。


「捉えた……!」

「くそが……!」


 無数の刃を越えた先。

 その身を無数の刃に切り裂かれ、全身血濡ちぬれとなった奏汰が再びカルマを間合いに収める。

 しかし驚くべき事に、奏汰が負った傷は彼の聖剣に宿る先ほどとは別の光――まるで穏やかな森林を思わせる〝緑光の輝き〟によって、またたく間に回復してしまったのだ。


「な、なんだよそれ……!?」

「これが俺のスキルだ。一つ目はさっきの金色。二つ目がこの緑。〝他にあと五個〟ある」

「はぁああああああああああ!? どんなチートだよッ!?」

「お前もな!」


 緑の光によって全快となった奏汰が攻める。

 カルマが頼みとする短刀操作も、もはや奏汰は事もなげに切り払い、かえり見ることすらしていない。

 これでもまだ全力ではないという超勇者の力に、仮面に覆われたカルマの顔にじっとりと冷や汗がにじんだ。


「もう一度言うぞ! 今すぐここの人たちに迷惑をかけるのをやめろ。そうすれば、俺もお前と一緒に帰る方法を探すから!!」

「な、なに言ってんの!? まだ戦いはこれから――!」

「ここで戦いを止めないのなら……次こそ俺はお前を斬る!!」

「うぐっ!?」


 果たして。それは甘さか残酷さか。

 有無を言わせぬ奏汰の一方的な降伏勧告に、カルマはまず驚きの色を見せ、そして――笑った。


「……そんな簡単に諦められるなら、俺もかなっちみたいに〝立派な勇者〟をやれてたかもねぇ……」

「諦めろなんて言ってない……! なんの罪もない人の命を奪うなって言ってるんだ!!」

「黙れよ超勇者……俺はアンタとは違う。俺一人のことでもいっぱいいっぱいだってのに、他人の……しかも異世界の奴らのことなんて、どーでもいいんだよねぇ!!」


 その時。

 カルマは着物の懐から先の土塊つちくれとは異なる宝玉を取り出すと、それを地面へと叩きつける。

 するとどうだろう。地に落ちた宝玉はまばゆいばかりの閃光を放ち、一瞬にして奏汰の眼前からカルマの姿を隠し、消し去ってしまったのだ。


『けど……俺は他の仲間みたいに真面目じゃねぇからさ。かなっちもここで止めたら許してくれるって言ってるし……お言葉に甘えて帰るわ!』


 閃光が収まった先。

 それまでの死闘が嘘のように静まりかえった薄闇の路地に、カルマのへらりとした声だけが響いた。


『他の仲間にも、かなっちの言ってたことはちゃんと伝えておくよ。伝えたところで、止めたりはしないと思うけどね』

「わかった……その時は、また俺が止める」

『ま、せいぜい頑張ってみなよ。じゃあね、かなっち――』


 その言葉を最後に、無法の勇者カルマの気配は途絶えた。

 奏汰は鈍色にびいろの聖剣を握りしめたまま江戸の空に輝く月を見上げ、徐々に近づいてくる人々の喧噪けんそうに耳を澄ませた――。


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