新坊の剣


「さぁて……まずは軽くつついてみるとしますか!」

「どんな理由があろうと……世界を壊すやつは俺が止める!!」


 奏汰かなたとカルマ。

 二人の異世界勇者が、互いの聖剣を手に江戸の地で対峙する。

 すでに周囲にはざわざと人の気配が迫っている。

 先ほど両者が見せた聖剣の光は人目につきすぎた。

 人が集まれば、戦いの余波が思わぬ飛び火を招くやもしれなかった。


「ならば、僕も加勢します!」


 路上で剣が抜かれたこの状況。

 二人のやりとりを固唾を呑んで見守っていた新九郎しんくろうもまた、自らの腰に差した長短二刀をすらりと抜き放った。


「やれそう?」

「もちろんですとも! 僕こそは江戸一番の天才美少年剣士、徳乃新九郎とくのしんくろうですよ? 鬼も異界人も、まとめてけちょんけちょんに成敗しちゃいます! ふんすっ!」


 そう言って意気込む新九郎。

 奏汰はそんな新九郎の姿に何事かを考え、そして――。


「わかった。なら一緒にやろう、新九郎!」

「はいっ! やりましょう、奏汰さん!」


 果たしてなにを思ったか。

 もう奏汰は新九郎に〝下がれ〟とは言わなかった。

 並び立った二人は共に顔を見合わせて笑みを浮かべると、手にした得物を構え異界の勇者と相対する。


「へぇ……ただの〝ゲロ甘勇者〟じゃないってワケね」


 そしてその決断を見たカルマは感心したように口笛を一つ。

 貼り付けた笑みをさらに深めた。


「そっちの君――〝しんちゃん〟だっけ? 俺の邪魔さえしなけりゃいくらでも見逃してあげたのにさぁ……ほんと、どうしようもない馬鹿だねぇ!」


 その言葉と同時、カルマは懐から取り出した土塊を地面へと叩きつける。

 するとどうだろう、砕けた土塊から膨大な量の白煙が溢れ出し、煙に紛れた人影が新九郎めがけて襲いかかったのだ。


「うわあっ!? なんですかいきなり!?」

「この気配は、まさか……」


 襲いかかる凶刃を切り払った新九郎の眼前。

 足先から頭までをすっぽりと黒衣で覆った者たちが現れ、二人の前に立ち塞がる。


「〝しのび〟の者!? どうして!?」 

「この世界をぶっ壊したいと思ってるのは、俺たち〝よそ者〟だけじゃない……かなっちが守りたいって言ったこの世界の奴らにも、そういうのがいるってワケよ」

「くそ、一番面倒なパターンだな」


 狭い路地で多勢に分断された奏汰と新九郎。

 カルマの下に多数の現地人が従っている様を見た奏汰は、忌々いまいましげに舌打ちした。


「たしかに鬼は気軽にいくらでも使える。だけど馬鹿だし、いまいち融通がきかなくてねぇ。その点この人らは優秀よ。〝俺らの目的〟のためには絶対にかかせない。腕もそこらの鬼なんかよりずっと立つしね」


 カルマはそう言ってくつくつと笑う。

 そうしている間にも、忍たちは油断なく奏汰と新九郎をけん制した。


「カルマ様……この青二才は我ら〝影鬼衆えいきしゅう〟にお任せを」

「無理はしなくていいからね。君らが頑張ってる間、俺もさっさとケリつけてくるからさ――!」

「来るか――!!」


 もうもうと立ちこめる白煙の中。ついにカルマが動いた。

 カルマは畳四枚の距離を秒とかからず詰め切ると、禍々まがまがしく湾曲した聖剣で奏汰の命を刈り取りにかかった。


「奏汰さんっ!!」

「――行かせぬ」


 カルマの繰り出す怒涛の連撃。それを受ける奏汰に加勢しようとした新九郎を、再び忍の者が取り囲む。


「我ら影鬼衆――命に代えてもカルマ様の邪魔はさせぬ」

「お主のことは、とうに聞き及んでおるぞ」

「お調子乗りの青びょうたんが、小鬼を倒していきがりおって」

「そこをどいてください! 貴方たちは、自分がなにをしているかわかってるんですか!? なぜ鬼の味方をするんです!?」


 影鬼衆。

 そう名乗ったこの者たちは、みな徳川幕府成立初期に表舞台から追いやられた忍の一族の末裔まつえいである。

 徳川幕府お抱えとして召し上げられた伊賀忍士いがしのびさむらいは、幕府成立から二百年以上経った今日こんにちでも忍士しのびさむらいの頂点として権勢をふるっている。

 しかし本来、日の本には伊賀者以外にも多くの忍の里があったのだ。

 そしてそれら名もなき里に属する多くの忍たちは、徳川太平の世でかえりみられることはなかったのである。


「だからって、なんの罪もない江戸の民を襲うなんて!」

「我ら忍の誇りを虚仮こけにした世に、未練などなし」

「徳川、滅びるべし!!」


 上下左右。縦横無尽に襲いかかる忍の刃。

 あるものは空中で向きを変えて斬りかかり、ある者は距離を取って鋭利なクナイを投げ放つ。

 影鬼衆の繰り出す技の数々は、全てが致命の一撃となりうる手練れの猛攻だった。


「江戸者など、みな徳川の傘の下でしか生きられぬ弱者ばかり」

「お上の顔色うかがいばかりが取り柄の腐れ役人」

「それらを生んだ愚かな幕府」

「すべて我ら闇の手でちゅうするべし」

「誅するべし!!」

「このっ……! 勝手なことばかり言って……!」


 カルマの言葉通り、影鬼衆の力量は並の雑魚鬼とは比較にならぬ程だった。

 しかし新九郎は己の小柄さを生かして身を屈め、時にはころころと地面をころげながらあっちへ飛び、こっちへ飛び。

 そうかと思えば見事な足運びで迫り来る刃を受け、止め、流す。

 冗談なのか本気なのかもわからぬ有様で、全ての刃をやりすごして見せたのだ。


「おのれ、ちょこまかと!」

「貴様のような青びょうたんが剣士などと」

「それこそが天下腐敗のなによりの証!!」

「きゅうり侍は味噌にでも漬かるが似合いよ!」

「むかっ! へーそうですか……そこまで言うなら、仕方ありませんねっ!!」


 そうして忍との問答を続けた後。

 ついに堪忍袋の緒が切れた新九郎は足を止めて向き直ると、その手に握る長短二刀を共に下段に構えた。


天道回神流てんどうかいしんりゅう――清流剣せいりゅうけん

「なに!?」


 その時。

 勢いづく忍たちの眼前。

 まもなく夏の盛りを迎える皐月さつきの終わり。

 構えた新九郎の周囲に、季節外れの氷雪が舞った。


「――天花てんか霜貫しもつらぬき


 一閃。

 続くは氷華爛漫ひょうからんまん


 反撃に転じた新九郎の二刀がその場でぐるりと渦を巻き、彼を囲む忍の群れの狭間を縫うようにしてはしる。

 そしてそれと同時。現れた光景は、夢でも幻でもない。

 新九郎の振るう二刀の軌跡に〝氷雪の華〟が連なり咲き、取り囲む忍たちを一瞬にしてその場に縫い止めたのだ。


「ば、ばか……な……っ!」

「お主……かような、剣を……!?」

「ちょっとひんやりしますけど、峰打ちです。大人しくお縄についてくださいね」


 新九郎は忍たちを一瞥いちべつし、流麗な所作で残心。

 すると周囲に咲いた雪の華が一斉に砕け、意識を失った忍たちもばったりと倒れた。


 徳乃新九郎とくのしんくろう


 江戸でも一、二を争うお調子者の青二才。

 しかしてその才は、まがうことなき天の剣。


 江戸の誰からも呆れられ、愛されるこの〝きゅうり侍〟こそ。破邪の力を宿す古の守護剣術の免許皆伝にして、その正当伝承者なのだ。

 

 異界の勇者を前に共に戦おうと言ったあの時。

 奏汰はすでに新九郎の力を見抜いていた。

 カルマの不意打ちに己と同じく反応して見せた、この天才剣士の真の強さを――。 


「これにて一件落着! ではないですけど……とにかく成敗! 成敗です! どやっ!」


 まだ戦いが終わったわけでもないのに、得意満面となってどやを決める新九郎。

 その可憐で危なっかしい立ち姿の周囲に、彼自身の剣が生んだ名残雪なごりゆきがゆるゆると、静かに舞い散っていった――。

 

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