超勇者


 勇者。


 それは、人々の平和を脅かす邪悪な存在を倒すため、異世界を司る神によって召喚された戦士の呼び名である。

 勇者に選ばれた者は神から特別な勇者のスキルを与えられ、それをもって恐るべき邪悪と対峙する。

 現代社会に生きる平凡な高校生だった奏汰かなたもまた、異界の神によって召喚され、勇者として縁もゆかりもない世界のために命をかけて戦った一人だった――。


「最後だ大魔王! これが俺の……みんなの力だ!!」

「グワアアアアアア!? 大魔王であるこの我が、人間ごときにぃぃぃいいいいいい!?」


 奏汰は決して強い勇者ではなかった。

 戦いの才能も、運動神経も、特に優れていたわけではない。

 その上、勇者となった奏汰が覚醒した勇者スキルは〝応急治癒ファストヒール〟と呼ばれる外れスキル。

 それはただ傷の治りが早くなるというだけの、取るに足らない力のはずだった。しかし――。


「俺は負けない! 俺を信じてくれたみんなのためにも、絶対にお前を倒してみせる!!」

「グワアアアアアア!? 闇魔王であるこの我が、人間ごときにぃぃぃいいいいいい!?」


 しかし奏汰には〝理由〟があった。

 なんの縁もゆかりない異世界の人々のために、命をかけて戦う意思があったのだ。


 青の輝きは疾風の剣。

 赤の輝きは滅殺の炎。

 紫の輝きは不壊の鎧。

 白の輝きは飛翔の翼。

 緑の輝きは治癒の光。

 金の輝きは無限の力。

 銀の輝きは勇気の絆。

 

 数奇な因果と数々の死闘の果て。


 奏汰は僅か一年の間に、外れスキルのはずの応急治癒を基礎にした〝七つのチートスキル〟を自力で編みだし、その力をもって百を超える巨悪を滅ぼし、百を超える異世界に平和をもたらした。

 その驚異的な活躍と力は神々の間にも知れ渡り、いつしか奏汰は勇者を超えた勇者――〝超勇者〟と呼ばれるようになる。


「けど、そんな君とも今日でお別れか……寂しくなるね」


 それは、奏汰が勇者となって一年が経った日のこと。

 満足感と寂しさの同居した表情で荒野に佇む奏汰に、豪奢ごうしゃな法衣をまとった絶世の美男子が声をかけた。


「お前でも寂しいって思ったりするんだな」

「失敬な……私にとって君がどれだけ大事な存在かは、常日頃から口にして伝えていただろう? ……口にしなければ伝わらないと教えてくれたのも、君だったじゃないか」

「ん……そうだった。ごめん」


 現れた美男子の名はクロム・デイズ・ワンシックス。

 奏汰を現代から召喚した異世界の神であり、それから一年もの間、奏汰と共に数多の異世界を駆け抜けた相棒でもある。


「どうしても帰るのかい? 元の世界に帰ったところで、君を待っている者はもう〝誰もいない〟というのに……」


 尊大な態度ながら、クロムのその言葉には嘘偽りのない寂しさがありありと浮かんでいた。

 クロムは自らの美しい銀髪を指先でいじりながら、なんとも言えない悲しげな眼差しを奏汰に向ける。


「わかってる……けどそれでも、俺の父さんと母さんはあの世界にいるんだ。早く戻って、安心させてあげたい」

「そうか……」


 そのクロムの問いに、奏汰はどこまでもまっすぐな笑みで答えた。しかしその笑顔は、神であるクロムの心をより一層締め付ける。


 奏汰がクロムに見いだされ、異世界に召喚される直前。

 彼は不運にも、家族と共に壮絶な事故に巻き込まれた。

 間一髪でクロムに召喚された奏汰は助かったものの、彼の両親はそうではなかったのだ――。


「恨んでいるかい……? 私が〝君だけしか〟救うことが出来ず、それどころか、そのまま勇者として戦わせたことを」

「いいや……助けて貰ったのも、勇者の力でみんなを助けられたのも、どっちも感謝してるよ。今までありがとな……クロム」

 

 クロムと共に旅した数多の異世界。

 奏汰はそこで魔王を倒し、邪神を滅ぼし、虚無を砕き、絶望を燃やし、狂気を癒やした。

 無数の異世界が抱える様々な問題や憎しみは全て置き去りに、ただひたすらに破滅の結末を叩き潰してまわった。

 その過酷な旅の中で、奏汰とクロムの間にはたしかな絆と友情が芽生えていた。


「私が知る限り、百を越える異世界を救った勇者は君だけだ。だから、最後にもう一度だけ聞かせて欲しい。君はなぜそこまで……?」

「嫌だったからだ。辛い目にあって、泣いてる人を見るのは嫌なんだ。誰かが悲しくて泣いてるのを見たら、俺も泣いちゃうからさ……」

 

 奏汰とて、初めから割り切れていたわけではない。

 異世界に召喚される間際、奏汰はその目で両親の命が尽きるのを〝見ている〟のだ。

 クロムによって救われた後も、そのあまりの痛苦と悲しみに涙は涸れ果て、声も干上がり、自ら命を絶とうと思ったことも数え切れぬほどあった。

 

 しかしそれでも――異世界とは名ばかりの、自分となにも変わらぬ人々が生きる世界を守るために、やがて奏汰はその手に剣を取った。


 まぶたを閉じれば、今でも色鮮やかに浮かびあがる。

 いつだって優しく奏汰を包んでくれた父と母の姿。

 そして、もう二度と戻らない二人のぬくもり――。


 その喪失の辛さを、誰にも味合わせたくなかった。

 もう誰一人として、辛い目にあって欲しくなかった。


 ただそれだけ――。

 ただそれだけのために、奏汰はずっと戦い抜いてきたのだ。

 

「母さんがいつも言ってたんだ……俺の信じる道を、胸を張って生きろって。だからそうした……それだけだよ」 

「奏汰……」


 奏汰のその言葉に、寂しさはあっても迷いはなかった。

 今の奏汰は、もはやどこにでもいる平凡な高校生ではない。

 星すら砕く邪悪を滅ぼし、億千を越える命を背負って戦いに戦い抜いた歴戦の超勇者――それが今の彼だった。


「ありがとう……ならせめて、君が元の世界に帰るための道案内は私に任せて貰えるかい?」

「道案内? それは嬉しいけど……そっちの世界はどうするんだ?」

「私の世界は君のおかげで十分平和になったじゃないか。それに君は、万年ぼっちだった私に初めて出来た友達なんだ。これくらいはしてもいいだろう?」

「そっか……なら、あと少しだけどよろしくな!」

「もちろん! 君のことは神であるこの私が、責任を持って送り届けてあげようじゃないか! ありがたく思うといい!」


 だがしかし――。

 そのクロムの言葉が果たされることはなかった。


 無数の異世界が浮かぶ超次元を移動中。二人は突如として謎の力に引き寄せられ、そのまま深い闇に落ちた。

 

 先導役のクロムとはぐれた奏汰は江戸の空へと飛ばされて落ち、鬼に囲まれて腰を抜かした新九郎しんくろうと出会ったのだった――。

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