Chapter.4 ✿ 言い返すくらいの根性見せたら?

――p2p所属のアタシたち『もか』と

――『ここあ』の姉妹が全力で百合ってく

――そんな、誰得チャンネルなのですけど、少しでもいいなーとか思ってくれたらチャンネル登録、高評価! ぜひ、よろしくおねがいしますね


 リビングのテーブルのうえ、スタンドで立てかけたタブレットを操作して初回放送のタイムシフトを流す絵梨。

 内容は事務所から与えられている設定の通り、絵梨の扮する『もか』と私、藍里が扮する『ここあ』という恋愛カンケイにあるバーチャルアイドルのトークだった。

 初回ということもあり、放送時間は短いながら事務所の知名度もあってか同接数は高く、チャット欄の盛り上がりも上々だった。


 私が全然トークが下手で噛みまくっていたことを除けば。




―――――――― Chapter.4 ✿ 言い返すくらいの根性見せたら? ―――――――




「何回、再生するのよ、もう……」

「信じらんない! なにあれ。地声? 噛み噛みだし声作れてないし」

「それも、さっきから何度も聞いたし、ごめんって言ったじゃない。こんな放送はじめてだったし、チャット追うだけでも必死だったし――」

「はじめてって! 藍里はいままでラジオ収録とかテレビ出演とか、色々やってたでしょ。あー、もう。現役声優って聞いてたからちょっとは期待してたのになー、アタシの相手がこんな棒読みちゃんだったなんて」


 呆れたと言わんばかりのジェスチャーのあと、荒々しくティーカップに手を伸ばす。啜りながら、再度タイムバーを指で戻して、1から再生し直す。


「絵梨!」

「なに? 怒ったの?」

「……べつに」


 私は机の下で握りこぶしを強く握りながら、俯いて唇を噛む。

 プライドを傷つけるような絵梨のもの言いに対して、言い返したい気持ちをぐっと抑える。


「言い返すくらいの根性見せたら? そんなんだからっ……! いや。やっぱりいい。あんたのことにかまける時間はアタシにはないし」


 絵梨は言いかけた言葉を飲み込んで、ぱたりとタブレットのカバーを閉じた。

 動画の音がなくなったことで部屋は一気に静けさを得た。

 食器の擦れあう音と、壁掛け時計の秒針の音。


「ねえ」


 先に口を開いたのは絵梨のほうだった。


「なんですか」


 これ、アタシの地元のお土産。そう言って絵梨は紙袋を差し出す。

 それは焼き菓子の詰め合わせが入っていた。

 なんでこのタイミング? 

 とか、思いつつもそれは絵梨なりのバランスのとり方なんだとも思った。


――ここで簡単に心を許すようじゃ舐められる。


 だから、不機嫌なフリのままで、「ありがと」とだけ、口にした。


「ぜんぜん、気持ちこもってないんですけど?」

「……ありがと!」


 声を作って、演じているキャラクターのように私は今一度声をだした。


「え? ……わ、いい声」

「へ? いまあんた、私のこと褒めたの」

「なんでもない……! いいから早く開けて!」 


 がさがさ、と紙袋から取り出して、封を開ける。

 半透明のプラスティックの蓋越しに、クッキーやシガレットといった焼き菓子がとりどりに詰められていた。

 絵梨に最速されるままに蓋を開けた途端鼻腔をつく甘い香りがして、心の天秤はあっさりと彼女を許す方向へと傾いた。


「いい匂い。……お茶、淹れなおしてくるね」

「アタシ淹れてくるから、藍里は座ってて。あのね、とりあえず。始めちゃったものはもう仕方ないし。これからふたりでやっていくんだから、ちゃんと声ツクっといてくださいね」


 席をたった絵梨は私に背を向けながらそう口にして、居間の端に併設されたキッチ台へ向かう。


「あと」

「?」

「寝てるときの寝相わるすぎ。アンタの足がうっとうしくて寝れないの」

 変な契約のせいであって、私も好きで同じベッドで寝ているわけではない。だから、そんなことを文句着けられても……。


――コメント欄:えーガチの百合じゃん。一緒に寝てたり?

――コメント欄:なんか、やらしい!


 たしか配信中もそのことでコメントをもらっていたけど。

 ガチ、ではないし。やらしさもない。わけで。

 

「そんなの、絵梨だって!! お風呂長いし、芳香剤のこだわり強すぎだし。口うるさいし……てゆか、そもそも設定なんだから一緒に寝なくても……それに同居だったしなくてもアバターごとに合成させるわけだから……」

「契約だから。あと入浴中が一番集中できるから、なかで本読んでるだけ。嫌なら先に入るようにしたら?」

「本? ふやけない?」

「べつに、アタシだけのものだからいいの。……ほんとに大事なものまでは持っていかないし。はい、お湯湧いたからカップ貸して」


 色々思うところはあるにしても、この初回放送に至るまでの数日、つねに絵梨と一緒にいることになる。共同生活も、最初はぎこちなかったものの、絵梨の相変わらずな傲慢さを私が受け入れる形で収められていた。


「どう?」

「美味しい、すごく」

「でしょ? この店行きつけだったんだ。に食べてもらいたくて」

「え?」

「違うの、ちがうの! 藍里に! 藍里に食べてもらいたくて」


 でも、よかったー、と付け足しながら絵梨が笑顔を見せる。


 日頃の目つきの悪さも影をひそめ、こういうときの表情は年相応のあどけなさを孕んでいる。なによりその声の做られていない感じが、彼女の素がいまのこの感じなのだとわかってしまった。


 絵梨は、口は悪いけど、その分努力をしてる。放送で失敗したのは私のミスだ。

 彼女は完璧に仕事をこなしてた。

 本のこともたぶん、その間で勉強してるんだろうし……

 問題児っていう感じはないよね。生意気なところだって十代の子なら……まぁ私も経験あるくらいだし。


――なんで役をクビになったりしたんだろう。


「ねえ、なんで絵梨って――」


 そこまで言って出かかっていた言葉を飲み込む。

 穏やかな笑みを見せるいまの彼女をみていると、まだ聞かなくてもいいと感じたから。だから、さらに奥へ奥へと流し込むように、まだ熱いままの紅茶を一気に喉の奥へと流し込んだ。


「わわ、そんな慌てて飲まなくても! 熱かったでしょ、大丈夫? 喉、大事にしないとダメじゃない! 商売道具でしょ!」

「あはは、ごめんごめん。絵梨のクッキーがお茶請けに最高だったから、つい」


 つい。二人でいることを、楽しいと感じてしまっているのかもしれない。

 そんなの、口が裂けても言わないけど。

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