Chapter.2 ✿ 声優やめちゃおうかな

 見知らぬ街並、見知らぬ駅のホーム。知っているのは自販機の中のラインナップくらい。

 そんなことを考えながら、私、水無月藍里はその投入口に硬貨をいれていく。


「……あ!」


 十円玉が指先から溢れて、丁度縦に転がっていく。

 追いかけようにも目線を向けた先で点字ブロックを華麗に飛び越えて、そのまま線路へと落ちていった。

 あーあ……。


「ツイてないなぁ……。幸先悪いし、不安しかないわ全く」


 ため息をつきながら代わりの硬貨を入れようとするも、持ち合わせがなく千円札を投入した。

 あまり崩したくなかったのだけど。と思い点灯する飲料のなかから商品を選ぼうとした。そんなとき手提げ鞄のなかでスマホが振動をしていることに気づいた。


「あー、えーっとプロデューサーですか? おはようございます」

『おはようございます。これから向かうのですよね』

「はい、えっと。はい。そうなんですけど、あのちょっと待っていいですか? ちょっといまお茶を……あ」


 点灯していた自販機のボタンはすっと消え、投入口からお札が戻り、同時にお釣りの返却口にそのまま硬貨が落下する。


『いま、都合悪かったでしょうか?』

「いえ……ぅぅ、大丈夫です」

『そうですか? えっと、今日これから家には向かわれるのですよね』

「ええ、ちょっと不安ですけどね。いま新居へ向かってるところです」


 飲み物を買うのは諦めて、スマホを片手にしながら、不自由なもう片方の手でなんとかお札とお釣りを回収する。


『心機一転、ですね!』

「……なんだか新人の頃に戻った気分です。良いことなのかわからないですけど。ところで、メールで見たところ新人の子とご一緒の企画なんですね」

『そうらしいんだよね。僕もあとから聞いたけど、嫌でしたか?』

「いえいえ、嫌とかじゃないんだけど、どういう子かなーって」

『聴いたところ、お茶を濁されまして……ただ、結構な問題児らしいという噂があってですね。若い、まだ女子高生くらいの歳の子だったはずですけど』

「問題、児?」

『ええ、実は今年の全国新人声優オーディションの受賞者で、長編アニメ映画の役も決まってたらしいんですが』


 有望な子なんだ――、そう思いながらも気になるのは問題児という紹介の仕方で、訝しげにもプロデューサーの言うこれからの仕事の相方のことに耳を傾ける。


『大きな声では言えないのですが、結構な大御所の方と揉めちゃったようで、お話が流れたらしく、だから声優の卵として事務所でも調整中というか……まぁ、通常のデビューは当面難しいらしくて』

「え? そんな問題ありありな子と私が同居するわけ?」

『ごめんなさい。でも藍里さんは新人の子のフォローの面でもこれまでも定評があったので、白羽の矢がたったのかと』


 結果的に、その後輩たちのほうがどんどん先いっちゃってしまったんだけどね。

 そこまで話をしたところで、ホームには列車を待つ人だかりができていることに気づいた。時刻の電光掲示板に目を向けるともうすぐのようだった。


「わかったわ。まずは、会って話してみる。もしかすると噂と違って良い子かもしれないし、ね。じゃあ、そろそろ電車がくるみたいだから」

『はい、頑張ってくださいね。詳しいことはメールにも書いていた通り、契約書面が本日中にはバイク便で届くとのことですので……』


 はい、いつもどおり頑張りますね。

 そう私はいつものように返したが、半分は本心で半分はヤケになってのことだった。誰よりも先にホームに着いたというのに、列の後ろに並ぶことになった。

 それを自身の境遇と重ねながら、何度めかのため息をつく。


 こうやって、見知らぬ電車を待つことになったのも、きっかけとなったのはラジオ出演後のプロデューサーからの電話だった。




―――――――― Chapter.2 ✿ 声優やめちゃおうかな ――――――――




 生放送のラジオ番組への出演を終え、控室へと戻った私は大きく項垂れたままソファーにもたれかかっていた。まさか、生放送中に意識がほかにいっちゃうなんてね。

 失態中の失態だと思う。

 シリーズを通して10周年を迎えた長寿アニメのお仕事。

 アニメi-Stella、略してアイステ。その第一期のメインキャストの一人として東紫亜役を務めた。そのキャラクターが他のメインメンバーよりも年上の先輩キャラだったこと、そして声優としてのデビューが他の子たちよりも早かったこともあり後輩たちからはキャラ名をとって”シア姉”と呼ばれ慕われてきた。


 当時はまだ私も14歳ながらすでに声優としてデビューをしていたのだから当然のことかもしれない。でも、それは特別自身に才覚があったとか、仕事が天職だったとか、そういうのではなくただ早熟で機会に恵まれただけだったと、10年経ったいまひしひしと感じてる。

 主役の菜々は当然として、結子も実花も、今季のアニメで主役級はってるし……私だけ置いてけぼりだ。アイステのソシャゲはまだ続くと思うけど、もう世代交代で、三期ユニットメインだし。

 私の出番は無さそう……ほかの出演作品も軒並みサ終だし


 ネガティブな考えが逡巡すればするほど、そろそろ潮時かなと結論を急ごうとする。そんな頭の考えを振り払おうと、スマホに手をのばした。


『水無月藍里 近況』

『シア 声優 なにしてる』


 開いたブラウザに残る履歴が目につく。

 自身で検索した内容ではあるが、気分のいいものではない。


「……はぁ、エゴサしても仕方ないことなんだけどね、あー、もう! 声優やめちゃおうかな。いっそ」

 

 グチグチと口にしながらもくり返し指先がエゴサに向かうのを止めたのは、自身の意思ではなくプロデューサーの佐伯からの通話だった。

 ちなみに、水無月藍里で続く言葉に『死亡』とまで書かれていたのには落ち込むどころか腹がたった。


 佐伯の用件はお仕事のことだった。

 カレンダーに空きが目立つようになった私にとってはそれは良いことではあったのだが、その内容が問題で……。

『ひとつ声優としての仕事ではないんだけど、お仕事の話があってね』


(――噂には聞いてたけど、脱げってこと?)


 そんなことが藍里の脳裏に浮かぶなか方向はまた違うものだった、それも噂には聞いたことがある程度のことではあった。


「……どういうお仕事ですか?」 


『あ、安心して! ちゃんと、声を使ったお仕事ではあるから! Vtuber……、バーチャルアイドルの中のひと、やってみない? もう一度リスタートを切るつもりで』

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