Chapter.1 ✿ 声優らしく
冷房の温度のひとつで言い争って、やっと落ち着いた21.5度の室温は少し肌寒く感じる。
それでも火照ったままの頬をより冷やしたくて。
冷えた手を、額に当てた。
ひんやりとして気持ちいいと感じるとともに、どうしてこうなったのだろうって冷静な気持ちにもなる。
これからに対する不安と、ともにいけない気持ちが浮かんで、身体の芯のほうから身震いのような寒気がくる。
そして、それを打ち消すほどの恥ずかしさが、また身体に熱をもたらす。
そんな繰り返し。
要するに、めちゃくちゃ恥ずかしい。わけだけど。
熱の理由は初夏のせいじゃなくて。
たぶん、隣で眠る彼女のせい。
まだ慣れないダブル以上のサイズのベッドと、隣から聞こえてくる息遣い。
その吐息の主は、先程までの喧騒はなんだったのかと言いたいくらいの寝付きの良さで、置いてけぼりにあった気分が抜けない。
――たしか、17歳だったかな。
ちゃんと本人から聞いたものでもないけれど、契約書にはそう書かれていた。
女子高生かー、なんて思ってその幼い寝顔に目を向ける。
蜂蜜のような金髪と、白い肌、すこしだけ赤らんだ頬。化粧なんて必要ないくらいのきめ細かな肌は、24歳になる私にはもうないもので。
まぁ……悔しくもあって。
「あー、もぅ……考えすぎても仕方ないしよくないよね」
でも知ってる。
一番私が失いつつあって彼女にあるものは、未来なんだと思う。
未来……夢……憧れ。
そういうやつ。
「……んぅ……藍里ぃ」
寝息一つで、その声の甘さにどきどきしてしまうのは。
きっと……、彼女の声が魅力的だからなんていう安易なものじゃなくて。
「ほら、なんでもないから。――おやすみ」
―――――――― Chapter.1 ✿ 声優らしく ――――――――
――というわけで、ソシャゲ版アイステ6週年を記念してお届けしてるわけなんですけど! アニメのほうは今年でなんと10周年!!
(……やっぱりアイステ初期メンの主人公だもん、出てくるよね。アカリちゃん役の椎名菜々さん。ということは、今回のゲストはリオ役の結子ちゃんと……セリナ役の実花ちゃんの3人かな)
――わーぱちぱちぱち! すごいよねっほんとなつかしー。すごく思い入れ強い私のデビュー作。ね? 実花もだよね
(やっぱり、結子ちゃんと実花ちゃん……か)
――うんうん。結子ちゃんも私もアイステからのデビュー組だったからねー、当時の収録では先にデビューしてた藍里ちゃんに助けてもらってばっかりだったんだよね
(え? 藍里……シア役の、水無月藍里)
――藍里ちゃーん? あれー? シア姉ー!
その小柄な姿には不釣り合いなくらいの大きなキャリーバックを転がしながら、ターミナル内を歩く少女。
雨季も終わりこれから本格的に夏がこようという季節のなか、まさにらしい薄手のシャツにショートパンツという出で立ち。
――え? あ。ごめん実花! ちょっと、物思いにふけっちゃってた
(なに、やってんのよ!)
それまでようようとした足取りをしていたが、突如立ち止まり耳にはめたブルートゥースイヤホンに右の手を添えた。
青色のピアスと襟足の金色に染められた髪が、太陽の光を受けてキラリと光る。
深く被ったキャップ型の帽子と、濃いティアドロップサングラスでその顔色から推し量ることはできないが、その場でこつこつと足を鳴らす姿から苛立ちのようなものを感じさせる。
それを証拠付けるかのように、少女は小さく下唇を噛んだ。
――もぅ、シア姉ったら! ちょっと、涙出ちゃってるじゃないですかぁ? ほんと懐かしいメンバーで集まりましたからね~。私も泣いちゃいそぅ! ということで、なつかしの曲を聞いてもらいましょうか!
ラジオの流れを戻すように、かつての主人公アカリ役であるベテラン声優菜々がMCをこなす。
少女はポケットにしのばせた喘息吸入器をとって口元に運んだ。
すー、と大きく薬剤と空気を吸い込んで。
吐き出す。
――i-Stella 一期OPより私たちSiriusの7人が歌う『 asterisk code ~未来への道しるべ~』聴いてください!
音声の最期は、メンバー全員での掛け声。
その声を合図に少女にとっても、聞き慣れたピアノのアルペジオとそれを追いかけるようなギターリフが流れだす。
その場でキャリーバックの上にすとんと腰をかけながら、流れ出したナンバーに聞き入る。音楽に合わせて小さく頭を揺らしてリズムをとる。
「……やっぱり、1期の曲はいいね」
「それにしても……ふがいない先輩だこと。んー……ま、いっか。アタシも声優は声優らしく。一芝居打って勝ちにいきますか」
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