幕間1 逃亡者



(※ラーニャ視点)


 私の名前はラーニャ。たった今敗れ敗走しているサキュバスだ。

 きっかけは、姉のマーニャが都市にいた雄たちを拉致したのが始まりだった。

 姉は雄たちの精を吸う(性行為ではない。決して性行為ではないわ!)為だけに都市中から雄たちを拉致して、都市郊外にある廃塔に置いて、そこを拠点としていた。

 しかし姉はやりすぎた。拉致した雄の数が多すぎたのもそうだし、よりにもよってあの方を拉致してしまうとは……。

 我が姉ながら不覚。恥ずかしながら不覚だわ。

 まさか我が一族の古の盟約を忘れるなんて……。


 そしてシスティア姫が突入、暴れた時に塔は崩壊、その混乱の中で何とか逃げだしことは出来たのだが、姉とははぐれてしまった。

 まぁ、姉の事だから何とかするだろう。あの人は天然ではあるが、私以上に適応力があるはず、気を見て探し出すのが良いと思う。

 今はとにかく逃げるしかなかった。夜の闇の中、誰にも見つからないように。


 しかしそんな時だった。


「ふふふ、このまま逃げられると思いですか?」


 突然の声。

 声の正体を探す。辺りを見回した。

 夜の闇に紛れているのか、誰も見当たらない。

 心の焦りが止まらない。鼓動が止まらない。


 その瞬間、私の身体にロープが巻かれ、そして一気に縛られる。


「くっ!」


 手際よく拘束されてしまった。

 どこからロープを? 気配は感じられなかったのに?

 この拘束は魔法ではない。魔素は発生していない。


「ごきげんよう、サキュバスの方」


 すると突然暗闇の中から人が現れた。

 その人はメイド姿の、ただの召使とは思えない綺麗な顔の女。

 気配なんてものは何も感じなかった。しかも私は誰にも追いつかれないように、全速力で、しかも隠密で走り抜けていたはずだ。だから捕捉されるなんてことは無かったはずなのに。

 しかしこの女には気づかれていたというのか?

 女の異様なその立ち姿に、私の背筋が凍る。

 絶対ただ者ではない。


「わたくしからは逃げられませんので、観念して諦めてください」


 メイドが淡々と述べる。


「わかったわ。あなたみたいなバケモノとやっても仕方ないしね」

「バケモノとはとんだ言い草ですね。それにしてもやけに諦めが良いですね」

「あなたからは絶対に逃げられないと思ったし、それに知らなかったとはいえ、私たちは『喰らいし者』に手を出してしまった」

「『喰らいし者』? どこでその話を」

「ただのおとぎ話よ」

「……これはしっかりとお話を聞かなくてはいけなくなりましたね」


 ぎりっとロープが体に食い込む。

 そのきつさに、思わず声を上げそうになった。


「とりあえずこのまま城の方へとお連れしますね」

「わかったわ」


 私は縛られたまま、メイドの言葉に素直に従う。


 ごめんなさい、姉さん。どうか無事でいてね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る