25 絶体絶命の中、目覚める力


(※ユウ視点)


 魔法の縄で拘束されているエリィ。

 俺はただそれを見ているしかなかった。


「もう姉さんは相変わらず呑気なんだから」

「にゃはは、ちょっと楽しんでただけにゃ~」


 近くでは吸精種の姉妹が能天気な会話をしている。

 俺はそれを、ただ椅子に縛られている格好のまま、黙って見ているしかなかった。


 俺は何のために兵士になったんだ!

 シシィを守るため? お世話になった魔王様一家に恩返しをするため? 俺の周りの人たちを守るため?

 駄目じゃないか、俺! こうして大切な仲間のエリィが傷つけられているのに、それを黙って見ているしかないなんて!

 俺は何のために兵士になったんだ!?

 悔しい……悔しくて涙が出そうだ。

 俺はこんな時の為に兵士になったのだろう? なのになんで俺は今なにも出来ないんだ!?


『悔しいか?』


 男の声がした。

 周りを見る。だけど誰もそれを発声した者はいない。


『泣くほど悔しいか? 辛いか? 怒りを感じるか?』


 でもやはり幻聴ではない。

 その声は俺のほかには誰も反応していない。俺しか聞こえていないようだった。


『なら抗え! 抵抗しろ! 考えろ! そして怒れ! どうすればこの事態から免れるのか、その足りない頭でよく考えろ!』


 そう声が俺を激励する。

 よくは分からない。声の正体が味方なのか敵なのかもわからない。だけど俺は今、この声に試されているのだと、心のどこかで感じた。

 そのおかげで、少し頭の中が整理することが出来た。


 今この場にいるのは敵のサキュバス姉妹の二人。

 床にはマインドが尽きる寸前まで吸われて、その上縛られているエリィ。

 そして椅子に縛られて、身動きできない俺。


 この状態でいったい何が出来るのだろう?


 ギシギシッ。


 すると、少し身動きしたからか、椅子が軋む音がするのに気付いた。

 ゆっくりと身体を動かし、椅子の軋みを確認する。

 よく見ると、この椅子グラグラして激し目に動けば壊れてしまうほどに脆い。

 これならいける!


「それで、この雌はどうするにゃ~?」

「んー、ちょっと面倒だけど、この子も一緒に連れてとんずらしちゃいましょう」


 サキュバス姉妹もエリィに気が向いており、こちらに気づいていない。

 これならいける! このうちにやっちゃおう!


 バキッ!


 全体重を掛け、椅子を破壊する。音が辺りに響いた。


「な、なんだにゃっ!」

「え!?」


 サキュバス姉妹は突然の出来事にポカンとした顔を浮かべていた。

 俺はそんな姉妹へと突進した。


「にゃっ!?」

「ちょっ!?」


 しかし姉妹は二人して俺を避けた。

 俺はそのままエリィの元へと。


「って! うわっ!」

「え……え!?」


 勢いを殺すことが出来ず、俺はそのままエリィの方へと突っ込んでしまった。


「ぎゃっ!」

「きゃっ!」


 そして俺はエリィと衝突。


「い、ったたた……」

「なんなのよ、もう……」

「ごめん……」


 エリィに突進してしまった俺。顔を上げる。


「……!?」


 そして気づいた。

 触れてしまっていたのだ、エリィの胸に。


「な、ななな――」


 エリィも事の次第が分かったのか、顔を真っ赤にさせる。

 

 しかし残念なお知らせがある。

 胸に触れたという感触が思っていたよりも少なかった。

 無くはない。少しの膨らみはある。

 だけど、俺の理想の膨らみではない。


「ちょっ! あっ! あっ!」


 柔らかさの確認の為に少し揉んでみる。

 そのたびにエリィが声を上げるが気にしなかった。

 柔らかさはOKだ。しかし、この慎ましい膨らみ。

 揉んで少し残念と思ってしまった。65点。


「いつまで揉んでるのよ!!」

「ぶごっ!」


 エリィの膝が俺の鳩尾にクリーンヒット。

 エリィの怒りはもっともだ。俺は胸を堂々と揉む女の敵だ。ぶたれても文句は言えない。


「いつまでいちゃいちゃしているの?」

「そうにゃっ! 爆発しろ! リア充!」


 サキュバス姉妹から野次が飛ぶ。

 なんだろう? このほんわかしたムードは……。


「……え?」


 すると、なぜだろう? 俺の身体が光始めた。


「え? な、なに? うっ!」


 どくんっと心臓の鼓動が脈打つ。

 そして俺の手の甲に現れた謎の模様。

 どうなってるんだ、俺の身体は……。


「あ、あの模様は、まさか……!」


 俺の姿を見て、信じられないといったような眼差しのサキュバス妹。


「ふ、ふん! なんなのにゃっ! あれは!」


 それとは逆に敵意を丸出しにするサキュバス姉。


「ま、まさか、あの方は、『喰らいし者』!?」

「運命の雄の癖にビビらせやがってにゃ! 精気を限界まで吸い尽くしてやるにゃ!」

「ま、待って姉さん!」


 サキュバス妹の制止を振りほどき、俺に襲い掛かる姉。

 俺は対処しようと、何となく拳を振るう。

 ただそれだけの動作なのだが――。


 ドガンッ!


 謎の勢いが拳にかかり、サキュバス姉の背後の壁が崩れた。


「にゃ、にゃ~……」


 恐る恐るといった様子で、背後を見るサキュバス姉。その顔は冷や汗がだらだらと流れている。


 な、なんだ、このパワーは!? 俺、今謎パワーに目覚めちゃっているのか!?


「え? な、なに? どうしたの、ユウ……?」


 そんな俺を見て、エリィも困惑している。

 そりゃそうだよ! 俺も今すごく困惑しているよ!


「て、撤退しましょう、姉さん! この方を相手にしてはいけない!」


 ひどく慌てた様子のサキュバス妹。しかし、そんな妹に姉は。


「いやにゃっ! ここで逃げては良い女の名折れだにゃっ! みゃーはここで戦って、見事に散って見せるにゃっ!」

「散っちゃだめ!?」


 徹底抗戦の姉に対して、とっさにそれを突っ込む妹。

 なんだかんだで仲が良いよな、この姉妹。


 だけどそうか、姉の方は戦いを選ぶのか……。

 この姉は、さっきのエリィとの戦いを見ていたけど、流石のやり手だ。俺も覚悟を決めて挑まないと……――。


「……あれ?」


 そう思った矢先ふっと俺の身体から力が抜ける。

 またエリィの上に覆いかぶさるように倒れた。


「ちょっ! ユウ!」


 力が入らない。なんで……?


「ふん! なんにゃ、見栄を張って仕舞にはガス欠かにゃ? やっぱりお前はアホにゃ!」


 体が動かない。

 もうここまでのようだ。


「く、くそ……こうなったらエリィだけでも……」

「ユウ……」


 エリィだけでも逃がそう。あとは俺がどうなろうと構わない。

 そう、決心した時だった。


 ドガンッ!


 突然壁が壊れた。

 壊れた拍子に砂塵の霧が舞う。

 砂塵が晴れた先に現れたのは、仁王立ちのシシィの姿があった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る